第17話 買い物という名のデートが始まりますっ♪

「ふんふんふ〜ん♪」


 傍から見ても機嫌がいいとわかる鼻歌を奏でている少女がいた。そう、俺だ。


 ついに、この日を迎えたんだ。


(……デート当日~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!)


 頭の中でスタンディングオベーションが巻き起こっている。


 楽しみ過ぎて頬が緩んでしまう……えへへ。


 デートのお誘いを受けてからの数日間。この日をどれだけ待ち望んでいたか。


 そんな俺が今いるのは、最寄りの駅前にある噴水の前だ。


 待ち合わせの時刻は十時。


 朝が苦手な俺も、今日だけに関しては三時間早い七時に目が覚めた。


 そして、遅刻しないように気を付けた結果、待ち合わせの時間の一時間前に着いてしまった。


『気合十分だね』


 エッヘンッ! あ、今のうちに……


 天霧さんが来る前に、スマホを鏡代わりにして前髪をチェックする。


 妹曰く、前髪命らしい。


 今回のために、髪型は美桜、服装は母さんに協力してもらった。


(やっぱり、変わったよなぁ……)


 ヘアアイロンで色々してもらい、パッと見ただけでも髪型が変化していた。


 うまく言えないが、クルンっとなっている。


 そして最後に、


『頑張ってね、お姉ちゃんっ!』


 明らかになにかを勘違いしている美桜に見送られて、ここへとやって来たのだった。


(あぁ~緊張する~~~~~っ)


 ドキドキと胸の高鳴りを感じながら、ふと目を下に向けた。


(変、じゃないよな……?)


 ここに来てから何度も身だしなみも確認していた。


 半袖の黒系のカットソーにデニムのショートパンツというコーデ。


 母さんの提案では、最初はスカートを履くことになっていたのだけど。学校以外で履くことに少し抵抗があったため、ショートパンツに決まった。


 それにしても…――


『ふふっ、どれにしようかしら♪』


 まるで自分がデートに行くのではと言わんばかりに、母さんは服選びに夢中になっていた。


 さらに、母さんは服選びだけに止まらず、メイクなど、デートのためにフル回転だった。


 メイクの知識は皆無だったから、正直助かった。


『ハナちゃんも、ちょっとはおしゃれに興味を持ったんじゃない?』

「そうかもしれないな」


 ハナちゃんになってからというもの、おしゃれを楽しんでいる美桜の話をよく聞くようになった。一真のときならあり得なかったことだ。


 奥が深すぎるんだよな、おしゃれって。


『だよねー。あ、練習しなくていいの?』

「練習? なんの?」

『笑顔の練習♪』

「? ……あ」


 そういえば、デートのときは笑顔が大事って、母さんが言っていたな。


 俺は徐にスマホの画面で自分の顔を見た。


「……やっぱり、可愛い」


 おめかしした自分につい見惚れてしまう。


(笑顔……笑顔……)


 ニッ、ニコ~…………


(え、可愛くない……だと?)


『ハナちゃんw それは笑顔と言うより……ププププッw』

「…………っ」


 笑われても言い返せない。


 肩に力が入っているのか、もう一度ニコッとしてもどこか表情がかたい。


『リラックス~リラックス~♪』

「うぅーん…――」


 イッ……イヒッ…………。


 こ、怖ぇ……。


「天道さん」


「……うん?」


 名前を呼んだ声の方を見ると、思わずポカンと口を開けてしまった。


 眩しい日差しを浴びながら、一人の少女がこちらに向かって手を振っていたからだ。


 天霧さん……。


 目の前の光景に名前を付けるとしたら、『女神が地上に降り立った』はどうだろう。


「待ちましたか?」

「俺……わ、わたしも今来たところ……ですぅ」


 最後変な語尾になってしまったが、それも無理もないだろう。


 だって、今日の天霧さんの格好が制服ではなく私服なのだから。


 制服姿しか見たことがなかったから、とても新鮮だ。


 白のブラウスとベージュのフレアスカート。ヒールのサンダルにはワンポイントとしてリボンがあしらわれている。


 清楚な印象の彼女にとてもよく似合っている。


「…………」


 そして、俺が注目したのは、


「眼鏡?」


 そう、天霧さんが黒縁のメガネをかけていたのだ。


「あぁ、これは他の人にバレないための変装みたいなものです」

「そうなんですね」


 当たり前だけど、有名人は大変だな。プライベートもあって無いようなものだし。


 すると、天霧さんは徐に指でクイッと眼鏡を上げた。


「ふふっ、どうですか?」

「!!」


 その仕草に、キュンとしてしまう自分がここにいた。


「とてもよく似合っています……」


 かっ、可愛すぎるーっ!!!


 ザワザワ……ザワザワ……。


 うん?


 周りを見渡すと、行き交う人たちがチラチラと天霧さんの方を見ていた。


 やはり、その美貌は嫌でも注目を集めてしまうのだろう。


 もしかして……バレたんじゃ……。


『おい見ろよ、あの二人』

『可愛い~っ。モデルさんかな? それとも姉妹?』


 いやっ、これは……


『ていうかあの眼鏡かけてる方の子、天霧遥香に似てね?』

『そんなわけないじゃーん。あ、でもちょっと似てる?』

『だろ?』


 ギクッ。


「あ、天霧さん、行きましょう!!」

「はっ、はい。 ……あ、そういうことですか……」


 どうやら、天霧さんも周りを見渡して察したようだ。


「眼鏡だけではダメだったみたいですね」


 隠し切れないオーラを放っているのだから、しょうがないのかもしれない。


「天霧さん、ボディーガードは任せてくださいっ」


 と言って、俺はポンっと胸を叩いた。


「ふふっ、頼りにしていますっ♪」

「えへへ……っ」


 俺は頬をポリポリ掻きながら、並んでショッピングモールへと歩き出したのだった。




「ここですか?」

「はいっ」


 天霧さんたっての希望でやってきたのは、ショッピングモール内にあるサブカルを専門に扱っているというフロアだった。


 確か、去年オープンしたってテレビで言ってたっけ。


 すると、隣で目をキラキラと輝かせている天霧さんが説明をしてくれた。


 このフロア全ての店が漫画やアニメなどのグッズを取り扱っている専門店になっているようで、全国でも屈指の品揃えらしい。


 ここに来れば、探している物は大体見つかるとのことだ。


「さぁっ、行きましょう!」

「あっ。天霧さん、待ってくださいっ」


 百合漫画を語っているときのようなテンションで先へと行く彼女の後に、俺は慌てて付いて行ったのだった。


 ……。


 …………。


 ………………。


「それにしても……」


 今日が休日ということもあって、すごい人の数だな。


 油断したら抜け出せなくなるぞ。


 そんな人混みの中を、天霧さんに手を引かれながら進んで行く。


(あ、天霧さんと……手を握っちゃってるんですけど……っ!?)


 手から伝わってくる体温に、胸はドキドキ、心はポカポカだった。


 まだ店にも入っていないのに、この満足度の高さ。このフロアを作ると決めた人に賛辞を贈りたい。


 それからある店の中に入ると、漫画やラノベ、グッズ、CDなどがズラリと並べられていた。


 初めて来たけど、こういう雰囲気なんだな。


「天道さんは、ここは初めてですか?」

「聞いたことはあったんですけど、初めて来ました」

「そうですか、なら一緒に楽しみましょう♪」

「!! はいっ!」


 そんなやり取りをしながら、『百合』と書かれたプレートが貼られている本棚の前で脚を止めた。


 部屋の本棚とは比較にならないほどのその数に、思わず圧倒された。


「すっ、すごいですねっ」

「…………」

「? 天霧さん?」


 返事がないため隣を見ると、


「百合の世界がたくさん……」


 恍惚こうこつとした表情で本棚を浮かべていた。


 どうやら俺とは別の意味で圧倒されていたようだ。


 あははは……。


「あっ」


 すると、天霧さんは徐に本棚から一冊の漫画を手に取った。


「天道さん、これ面白いですよっ。私のおすすめです」


 と言って渡してきたのは、表紙に女の子二人が並んで描かれた漫画だった。


 パッと見て可愛らしい内容なのかと思ったけど。裏面を見ると、二人はなんと、恋人つなぎをしていた。


 この、禁断の恋って感じがまた……う~ん、気になるなぁ。


 天霧さんのおすすめなら是非読んでみたい。


「読んでみますっ」


 俺は手に持った漫画を脇に抱えた。あとでカゴを取ってくるとしよう。


 それからというと、


「天道さん、これも面白いですよっ。最近アニメ化が発表されましたし」

「へぇ~っ」


 俺と天霧さんは、時間を忘れて店を見て回ったのだった。

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