第16話 神様チャレンジ

「ルンッ、ルルンッ♪ ただいま~っ」


 いつも以上のテンションの高い声を上げて家に帰ってきた俺は、スキップしながら部屋に入った。


「あはははっ♪」


 ガチャリと扉を開けて中に入ると、カバンを放り投げてベッドに飛び込んだ。


「……やっ、やったぁぁぁあーっ!!!!!」


 デートに誘われちゃった~っ♪ はぁあああ~生きててよかった~♪


 嬉しさのあまり、枕に顔を埋めて脚をバタつかせた。


「えへへへっ♪」


 おめかししなきゃ♪


「………………」


 待てよ……女の子ってこういうとき、どういう服を着て行けばいいんだ?


 美桜と買い物に行ったときみたいな方がいいのか? それとも、ばっちり決めた方がいいのか?


 まぁ、兎にも角にも――


『ハナちゃんは嬉しさのあまり、ダンスを踊り出したっ!』

「……はい?」


『盛り上がってるかーいっ?』

「イェーイッ!」


『声が小さいっ! 盛り上がってるかーいっ!?』

「イェェェーイッ!」


『踊れぇぇえーーーっっっ!!!!!』

「イェーイッ! フゥゥゥーッ!!!」


 ――それから十分後。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 つ、疲れた……。


 額の汗を手の甲で拭い、空いている手でシャツをパタパタ。


 風が通ってとても気持ちいい。


「えへへっ♪」

『私のおかげだということをお忘れなく~っ』

「ヨッ! さすが、神様っ!」

『エッヘン! もっと褒めてもいいんだよー?』

「すっご〜い♪」

『そんなに褒められたら調子に乗っちゃいそう〜』

「乗っちゃえ〜♪」

『いいの〜? ……ぐふふっ』


 一瞬、怪しい笑い声を聞いた気がするけど。


 まぁなんでもいいやっ。


「デート♪ デート♪ あぁ〜楽しみぃぃぃい〜♪」




 その日の夜。


「あはははは~っ♪」


 風呂から上がり、廊下をバスタオル姿でスキップしながらリビングへと入った。


 ここ何日かでバスタオル一枚だけの方が楽ということを知った。


 女の子がこんな格好で家の中を歩いているのを想像したら……おっと、この先は止めておこう。


 ハナちゃんになって以来、妄想がはかどってしょうがない。


 そんなことを考えながらリビングに入ったが、そこには誰もいなかった。


 美桜は部屋、母さんは俺と入れ替わりで風呂に入っているからだ。


「そういえば、牛乳ってまだあったっけ」


 かわいていた喉を潤すために、冷蔵庫から出したパックの牛乳を一気に口の中に流し込んでいく。


「ぷはぁぁあーッ!!!」


 やっぱり風呂上がりはこれに限るっ。


 あ、なにを着ていくのか考えないと。


 俺はソファーに腰を下ろして腕を組んだ。


「うーん」


 すると、リビングの扉が開いて美桜が入ってきた。


「お姉ちゃーん、お父さんからケーキ買ったって連絡が……って、なにしてんの? 風邪引くよ?」

「うーん……。なぁ、美桜……デートって、なに着て行けばいいんだ?」

「デート? そんなの一番気合いの入った服に決まって……デ、デート……ッ!!?」

「声が大きいなぁー」

「そんなこと言ってる場合じゃないじゃん!!」


 そう言って、美桜は駆け足でリビングを出て行った。


 あいつ、どこに行ったんだ?


 ……。


 …………。


 ………………。


「お母さぁぁあーんっ!!!」


 美桜は、母さんが入っている風呂の扉をバァンッと開けた。


「美桜? いきなりどうしたの?」


 丁度湯船に浸かっていた母さんはコクリと首を傾げる。


「お姉ちゃんが……あのお姉ちゃんが……デートに行くって!!!」


 驚きのあまり大きな声を上げた。それを聞いて母さんはというと、


「あらあらっ♡ ハナも、もうそんな年頃なのね~っ」


 頬に手を添えて「ふふっ」と微笑んだのだった。




 それから数十分後。


 ケーキを買って帰ってきた父さんは、リビングの真ん中で呆然と立ち尽くしていた。


「デート……? ハナが……デート? …――ぐはっ」


 ばたりっ。


 父さんは力なくその場に倒れ込んでしまった。


 どうやら、『デート』という言葉がクリーンヒットしたようだ。


 そんな父さんに慌てて駆け寄る美桜。


「お父さん……お父さぁぁぁあーんっ!」


 …………なにこれ? 映画の撮影でもしているつもりなのか?


 それから数分間、二人のやり取りをジト目で眺めていると、


「ねぇ、ハナ」


 肩をツンツンされて隣を見ると、母さんがニコッと笑みを浮かべていた。


「うん? なんだよ」

「うふふふっ♪」

「?」




「ふわぁ~……」


 眠気を知らせる大きな欠伸が口からこぼれた。


 今の時刻は、日をまたいで深夜の一時過ぎ。もうこんな時間か。


 読んでいた漫画を棚に戻してパチッと部屋の電気を消すと、俺はベッドに寝転がった。


 本当なら明日も学校があるから、早く寝ないといけないのだけど。


 デートのことを考えたら~楽しみ過ぎて眠れないんだよね~。


 でも遅刻したくないし、素直に寝るとしよう。


 そう思って目を瞑ったとき、


『ハナちゃ~ん、ちょっといい~?』

「んっ……んん? ここは……」


 目を開けると、そこは自分の部屋ではなく、初めて神様と出会ったときの真っ暗な空間だった。


『ここにはもう慣れた?』

「慣れる訳ないだろ」


 宙に浮くという経験がそもそもないからな。


 地面がないだけで、こんなに不安になるものなのか。


「そんなことより、俺をここに呼んだ理由はなんだ? 神様のことだから、なにかあるんだろ?」

『その通りなのデース♪』

「……嫌な予感しかしないんだけど」


 直感という名の自分の中のセンサーが反応している。


『実は、今度の遥香ちゃんとの買い物について、一つ提案があるんだ~』

「提案?」

『時間が勿体ないし、早速発表するね』

「お、おう……」


 ……さて、なにを言ってくるのかな?


 自然と身構えていると、神様は高らかな声で言った。


『ご褒美ゲットのチャンスを無駄にするなっ!』


 うん?


『手に入れるためならどんなしかばねも超えていけっ!』


 はい?


『第一回っ! 神様チャレンジ〜〜〜〜〜~~~~~♪♪♪』


 ワァァァァアアア〜〜〜〜〜ッ♪


 すると、どこからか歓声が巻き起こった。


「…………」


 姿は見えないけど、今絶対、決めポーズをキメてるだろ。


『ええぇー今回は、ハナちゃんにとあるミッションをクリアしてもらいますっ』

「……ミッション?」

『そう、ミッション♪』

「どうして俺が?」

『ハナちゃんが調子に乗っていいって、言ったから♪』

「え? ……あ」


 あのときだ――。


「すっご〜い♪」

『そんなに褒められたら調子に乗っちゃいそう〜』

「乗っちゃえ〜♪」

『いいの〜? ……ぐふふっ』


 ――しっ、しまった……。俺としたことが、つい話の流れで……。


『ぐふふっ』

「…………っ」


 それから話を聞くと、どうやらこれから出題される三つのミッションを、今度のデート中にクリアすれば、ご褒美が貰えるらしい。


『今からその三つを教えるねっ』


 と言った瞬間、突然宙にフワッとスマホが現れた。


「っ!!」


 俺のスマホ……。


 恐る恐る手に取って画面を見ると、そこには『神様』という名前が表示されていた。


「いつ連絡先を知ったんだよ」

『この世界の神だからねっ、私』

「…………」


 それはそうだけど……って、なんだこれ?


 トーク画面を開くと三つの項目が並んでいた。


●一緒に服を選ぶ! (下着でもいいよ♪)


 まぁ買い物だから難しくはないのかな? 次は……


●口に付いたソースを拭いてもらう! (こっちが吹いてあげてもOK♪)


 うぅーん、これはちょっとハードル高くね? そして、最後は……


●好きって伝える! (好きと言われてもミッションクリアだよ~♪)


 ………………。


 嫌な予感がしていたけど、やっぱりかぁ……てか、『好きって伝える』ってなんだよ!?


『そのままだけど?』

「そうじゃなくて、急過ぎないか!? まだ出会って一か月も経ってないんだぞ!?」

『それがなにか?』

「あ、あのなぁ……せっかくのデートを邪魔しないでもらえますかねー?」

『えぇ〜。だって、面白くないって思ったんだもんっ!』

「…………」

『それに、デートと言っても買い物でしょー?』

「そ、そうだけど……いいじゃん! 解釈は人の勝手だろっ!」

『いいねいいねぇ~。もっと色んな表情を見せて~♪』

「…………」


 また向こうのペースに乗らないためにも、ここは無表情だ。

 

 無表情……無表情……。




 しーーーーーーーーーーんっ。




「なんか言えよっ!! まったく……なぁ神様、周りから『変人』って言われたことないか?」

『そうだねー。変人、変態、ある意味天才。その中でも私のお気に入りは、ある意味天才かなっ♪』


 そうだよな。


 俺と同じことを他の神様たちが思っていたことに、思わず嬉しくなった。


 神の中でも異質なんだろうな。本人は気づいてないけど。


『いやぁ~天才という響きがなんとも~……っ。心の声、丸聞こえだよ~』

「…………」


 やっぱりバレてたか。


『まあ一旦、この話は置いといて……ミッションの内容はわかったかなー?』

「……わかってなくてもやるんだろ?」

『もちろんっ!』

「はぁ……」


 どうやら、デートという名の挑戦チャレンジが始まるようだ。


 寝よっかな……お休み。

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