第15話 ブルマって、いいよね?

 次の日。


「ご、ごきげんよう……あのー…――」


 ……。


 …………。


 ………………。


「はぁ……」


 どうして俺が、部員集めのために休み時間を全部使わなきゃならないんだ?


 廊下を進みながら、つい愚痴をこぼす。


 今日だけで『ごきげんよう』と何度言ったことか。


 言い慣れてないから恥ずかしくてしょうがない。


 まだ慣れていない学校の中を歩き回りながら、学年関係なく見つけては話しかけることが続いたのだが、


(もう疲れたよ……。帰ったら、溜め込んだお菓子を爆食いしてやるっ!)


 数時間後のことを頭に浮かべていると、丁度目の前の扉が開いた。


「あっ、天道さん」

「え?」


 なんと、その扉から天霧さんが出てきた。


 扉のプレートには、『生徒会室』と書かれている。


 どうして天霧さんが? と思っていると、中からもう一人出てきた。




 ――――――――――――――――――――――――。




 漆黒の長い髪が宙を舞った。


 綺麗……。


 目の前の光景と見る者の心を奪うその美貌に、俺は見惚れた。


 身長は凪羅ぐらい高い。ということは、百六十後半と言ったところか。


「ごきげんよう」

「!! ご、ごきげんよう……」


 だっ、誰だ? この人?


 これこそ、お姉さん。という大人の雰囲気を醸し出している謎の人物は「ふっ」と笑みを浮かべてこっちを見てきた。


「あの……えっと……」

「初めまして。この学校の生徒会長をしている――」


「――くしゅんっ!」


 なに今のくしゃみ、可愛い〜っ。


「天霧さん、風邪ですか?」

「い、いえ、少し鼻がかゆくなっただけです。ご心配には及びませんっ」


 と言う、天霧さんは恥ずかしそうに頬を赤らめていた。


 ……って、せ、生徒会長!?


「いっ、一年の天道ハナですっ!」

「一年生ということは」

「はい、天道さんは私と同じクラスです」

「そうなのですね」


 それを聞いて納得したのか、生徒会長は扉を閉めて鍵をかけた。


「またなにか聞きたいことがあったら、いつでも言ってください」

「はい、今日は本当にありがとうございました」


 と言ってペコリと一礼する天霧さん。


 美人が二人並ぶと、なんというか……絶景だな。


『もう少しちゃんとした感想は言えないの?』


(……う、うっせぇなぁ。語彙力が無くて悪かったな!)


 それから生徒会長は俺の方を見ると、


「楽しそうですね」


「え」


 ……なにが?


「ふふっ。部員集め、応援していますよ……天道ハナさん」


 漆黒の髪をなびかせて、生徒会長は去っていった。


 それにしても、オーラのある人だったな。


「ところで、部員は無事に集まったのですか?」

「え。いや、その……まだゼロです……」

「そうですか……大変ですね。私にもなにかお手伝いができれば…――」

「その気持ちだけで十分頑張れます。それより、天霧さんはどうして生徒会室ここへ?」

「あぁそれはですね、実は生徒会に興味があったので、今日はその見学に来てたんです」

「へぇー」


 天霧さんが生徒会に……


『天道さんっ! 校則違反ですよっ!』

『ごっ、ごめんなさーいっ』

『そんなイケない子には、お仕置きが必要みたいですね♥』


 ……想像しただけでよく似合っているのがわかる。


 えへへへっ。


「とはいえ、まだ入るとは――」

「――わっ、わたし、応援します! 応援させていただきますっ!」

「!! ふふっ」

「あっ。…………っ」


 恥ずかしさを誤魔化すために頬をポリポリ掻く。


 すると、


「いたいたっ。おぉーいっ」


 廊下の向こうで凪羅がこっちに向かって手を振っていた。


 あの満面の笑み、もしかして、


「はぁ、はぁ、はぁ」

「部員になってくれる人が見つかったの!?」

「ううん、全然っ!!」


「………………」


 内心では、そうだろうなとは思っていたけど。


 全学年で探し回っても見つからないということは、部員集めはほぼ不可能と言っていい。


「まぁーまだまだ時間はたっぷりあるし、次行ってみようーっ!」


 と言うなり、凪羅は光の速さで走り去っていった。


 光の速さは言い過ぎか。


 キーンコーンカーンコーン。


「戻りましょうか」

「そうですねっ」


 部員集めはまた次の休み時間だな。いつ集まるのやら。

 

 そういえば、どうして生徒会長、俺が部員を集めようとしていることを知っていたんだろう?


『………………』




 それからこれといった成果はなく、部員集めは一旦休憩になった。


 昼休みを使っても収穫はゼロと……。


 とぼとぼ廊下を歩く俺が脇に抱えているのは、体操着だ。


 そう、次は入学してから最初の体育の授業。


 ということはもちろん、体操着に着替える必要があるのだが……。


 俺の足は、ある部屋の前で止まった。


「………………」


 目の前にある部屋、それは…――更衣室。


 足をちょっとでも入れようものなら、高校生活が一瞬にして終わりを迎えることになる。


 だけど、今って俺女の子じゃん? だから入っても…………いやいやいや! さすがにこの中で着替えるのは色々マズいだろ!?


(……こっそりトイレで着替えよう)


 そう思い、体を方向転換しようとしたとき、


「天道さん?」


 正面に天霧さんが立っていた。


「あ、天霧さん……っ!?」

「どうしたのですか? 更衣室はここですよ?」

「あぁ……その……」


 言えるわけない。見た目はハナちゃん、中身は俺だということを……。


「もしかして、体調があまり――」

「たっ、体調は別になんでもないです……っ!!」


 慌てて言ったものの、まだ心配そうな表情でこちらを見ていた。


「本当になんでもないですからっ! ほ、ほら、早く入りましょう!!」


 さっきまでの決意を無視して、俺は扉のノブを回して中へと入ってしまった。


(あ、しまった…――おおぉぉぉ……)

 

 視界一面に広がる、その眩しい光景。


 こ、これが……本当の花園なのか?


 談笑しながら着替える人もいれば、鏡の前で髪を整えている人など様々。


 女子更衣室の中って、こんな感じなんだなぁ……キラキラと輝いて見える。


『気のせいだよ、きっと』


 それに、どことなく花のいい香りがする。恐らく、高級なシャンプーでも使っているのだろう。


「…………」

『鼻の下伸びてるよー?』


(……伸びてないっ)


『ふぅ〜ん、ふぅ〜〜〜ん』


(…………っ)


 俺の勝手なイメージかもしれないが、女子更衣室ってもっとキャッキャウフフなのかと思っていたけど、どうやら違っていたようだ。


 お嬢様学校だから? もしくは出会ってまだ日が浅いからか。


『胸の話や着ている下着の話を聞きたかったのかな?』


(そうなんだよ……じゃなくてっ!!)


 つい言ってしまったが、別に期待していた訳では……ない。ほんとです。


 それにしても、学校の体操着が『ブルマ』だったと知ったときは、びっくりしたものだ。


 絶滅したんじゃないの?


(ここの体操着がブルマなの、神様の趣味だったりしてw)


『…………』

「え?」


 すると、着替え終えた人の方からパチンッと音が鳴った。


 どうやら、ブルマの袖の位置を戻すために指で引っ張ったときに鳴ったようだ。


 その仕草と音が、男心をいい具合にくすぐるんだよなー。


『これを、フェチシズムと言います』


(……わかってるよ、それくらい)


 そんなこんなで空いているロッカーを探していると、


「………………………………………………………………………………」


 な、凪羅……?


 ズーンとおもっ苦しい空気を漂わせている凪羅がいた。


 周りに誰一人いないところを見るに、恐らくあの空気を察したのだろう。


「はぁー………………」


 あれだけテンションが低いあいつを見るのは初めてだ。


なぎ……塔子とうこ、大丈夫?」

「んん……? ああぁ……大丈夫……大丈夫」


 全然大丈夫じゃないな、これは。


 こちらが気を遣うと逆に向こうが気を遣う気がするし、いつも通りでいよう。


 俺は特になにも言わず、隣のロッカーを開けて中に体操着を置いた。


 そして、首の紐タイを外してからワンピースを脱いでシャツのボタンを外していると、


「ひゃ……っ!?」


 後ろから忍び寄る手に思いっ切り胸を揉まれた。


(だ、誰だ……っ!? というか、これだよっ! 俺が待っていたキャッキャウフフは……っ!!)


 慌てて振り返ると、そこには、


「ハナっち~♡」


 お前かぁぁぁあああーっ!!!


 俺は胸を隠すようにしてバァッと離れた。


「と、塔子っ!」

「今のあたしには……癒しが必要なんだっ! おっぱい……あたしにそのおっぱいを……!!」


 と言いながら、いつの間にか背後に回っていた凪羅が手をワシワシとしていた。


「ッ!!?」


 本能的な恐怖を感じて後退あとずさると、


「凪羅さん、天道さんが困っていますよ?」


 隣で着替えていた天霧さんが注意してくれた。


 天霧さん……。


「癒しが欲しいのなら、仕方ありません……私の胸を揉んでくださいっ」


 天霧さん……っ!? えっ!? 天霧さんって、こんなにノリいいの!? そ、それに……天霧さんの下着姿がなんとも……っ。


 油断したら鼻血が出てしまいそうだ。


 最初会った日に保健室で見たあのガーターベルトは、今日は付けていなかった。


 どうやら体育のある日は付けないようだ。


 ブルマから太ももに沿って伸びるガーターベルトの線……いいねぇ~。


 そんなことを考えている間に、更衣室には俺たち以外、誰もいなかった。


「ヤベッ、早くしないと遅刻しちゃうじゃん。二人とも急いだ方がいいぞっ」


 凪羅が体操着に着替え出したので、俺と天霧さんも慌てて着替えを再開したのだった。


 ……。


 …………。


 ………………。


 着替え終えたのはいいのだけど。これが、ブルマ……こんなに落ち着かないものなのか。


 初めての体験にドギマギしながら更衣室を出ようとしたとき、


「あ、あの、天道さん」


 天霧さんがいつもより高いトーンの声で俺を呼び止めた。


「はい、なんですか?」

「…………」

「天霧さん?」


 口をモゴモゴしながらなにか言いたそうな表情を浮かべているけど。


どうしたんだろう?


 それから、時間がないことに気づいたのか、なにかを決心した真剣な顔でこっちを見た。


「……こっ、今度の日曜日、一緒に買い物に行きませんか!?」




 ――――――――――――――――――――――――。




「へっ?」

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