第14話 伝説のスリーピースバンド

 ある日の休み時間。


 職員室に入部届を出しに行く凪羅なぎらに付き添って、一緒に廊下を進んでいた。


「ついにアタシも……えへへっ♪」


 朝のホームルームからずっと、こんな感じが続いていた。


 こんな嬉しそうな顔を見ていると、なんだかこっちまで嬉しい気持ちになる。


 そんな凪羅の手にある入部届には、何度も書き直した跡があった。


(……ふっ)


 俺がわざわざ言う必要はないかもしれないが、


「応援してるよ」

「ハナっち……サンキュー♪」


 そんなこんなで廊下を進んでいると、ふと気になったことを尋ねた。


「ねぇ、塔子。ギターを始めた理由って、聞いてもいい?」

「いいけど、あれ? 話してなかったっけ?」

「……ないよ」

「そうだっけ~? あははは~っ!」


 こういうところ、どこかの誰かさんに似てるよな?


『……ヒュッ、ヒュ~ヒュ~』

「…………」

「あたしがギターを始めるきっかけを……って、おぉ~い」

「!! なっ、なに?」

「ぼーっとしてたけど、なにか考え事?」

「べっ、別になんでもないよ?」

「そう? うんじゃあ、仕切り直しで」


 オッホンと一度咳払いをしてから、凪羅は言った。


「あたしがギターを始めるきっかけをくれたのが、なにを隠そうこの学校の軽音部なんだーっ」


 それから、凪羅は遥か遠くを見るような瞳で話し始めた。


「小さい頃、親戚の人がこの学校に通っててさ。あるとき学園祭に招待されて家族で行ったんだけど、あたし迷子になっちゃって」


 と言って後頭部を撫でる凪羅。


 大方おおかた、テンションが上がって先に行ってしまったパターンだな。


『一真も小さい頃――』


 ……うっせぇ。


『ふふっ』


 むぅ……おっと、話に集中しないと。


「そんなあたしを心配して駆け寄ってくる人もいたけど、怖くなって逃げちゃったんだよね」

 

 まぁ、周りが自分より大きい人たちばかりなら、怖くもなるよな。


「そしたら、体育館の方から大きな音が聞こえてきて、入ってみたんだ。でも、中は真っ暗ですぐに出て行こうとしたんだけど……」

「したんだけど?」

「突然、パァッ! って、ライトに照らされた舞台に立っていたのが、あの人たちだった!」


 凪羅は立ち止まると、天井に向かって大きく両手を広げた。


「引き込まれるサウンド! 響き渡る大歓声! 今思い出しても鳥肌が立ってくるっ。アタシにはそれが衝撃的で、気づいたら一番前で見てた」


 凪羅の目には、当時の光景が見えているのだろう。


 すると、


「「ごきげんよう」」


 前の方から来た二人の生徒が挨拶をしてきた。


「ごっ、ごきげんよう」


 俺が挨拶をする横で、凪羅はまだ両手を上げていた。


 廊下の真ん中で思い出に浸るのはいいけど、横を通り過ぎる人たちが見てるぞ?


「そ、それで、その後どうなったの?」

「体育館に探しに来てた母さんたちと無事合流できたんだ」


 凪羅曰く、それからお小遣いを貯めて子ども用のギターを買って以来、常にギターがある生活が始まったらしい。


 怖い思い出といい思い出の両方を体験した一日だったようだ。


「あれから何年か経って知ったことなんだけどっ。この学校って元々軽音部がなかったんだってー」

「え、そうなの?」

「教師陣が厳しかったみたいでさ、バンドなんて野蛮だとか思ってたんじゃない?」


 ああぁー。お嬢様学校だから風紀が乱れるとか言ってそう。


「……あれ? でも、学園祭で演奏してたってことは、部はあったんでしょ?」

「そう、そこがミソなんだよっ!」

「は、はぁ。……?」

「聞いた話なんだけど、あの人たちはその圧倒的なパフォーマンスを披露して、教師陣を納得させたらしいんだよ」

「そして、正式な部として承認されたってこと?」

「そういうことっ♪ アタシはあの人たちに憧れて、この学校に通うことを決めたんだー」


 なるほど、大体のことはわかったぞ。


 俺たちは階段を下りて、職員室のある階へとやってきた。


「あの人たちって言ってるけど、名前はなんて言うの?」

「知らな〜い」

「へっ?」

「だって親戚の人に何度聞いても、教えてくれないんだもん」


 教えられない理由があるのか?


 この学校に初めて軽音部を作ったバンド。


 なにか面白そうな匂いがする。そんな気がした。




 それから職員室へとやって来たのだけれど……。


「け、軽音部が……無くなった……っ!!? ど、どういうことなんですかっ!?」

「おっ、落ち着いて、凪羅さん……っ!」


 凪羅が問い詰めているのは、軽音部の副顧問を担当していたという……えーっと……


笹崎ささざき先生』


 そうそう、笹崎先生っ!


『……授業受けてるんだから、名前くらい覚えておこうよ』


(す、すいません……。どうして神様に謝ってるんだ、俺?)


『笹崎先生の解説、聞いとく?』


(……一応)


笹崎果穂ささざきかほ。ハナちゃんのクラスの国語担当。普段の優しい笑顔と教え上手なこともあって、生徒からの人気が高い。だけど実は…――料理は苦手だけど〜お酒がだ〜いすきな、二十ピー歳♡ 絶賛、彼氏募集中〜っ』


(ピーって、なんだよ?)


『本人のプライバシーを考えた結果だよ』


(あーね)


 そんなやり取りをしていると、部が無くなった経緯を説明してくれた。


「じ、実は今年卒業した子たちの代で、部員がみんな卒業しちゃって……」

「えぇぇぇぇえーっ!?!?!? そ、そんなぁ……じゃーアタシは、なんのためにここに……」


 凪羅はその場に膝から崩れ落ちてしまった。


 ここまで落ち込んだところを見るのは、初めてだ。


「………………」


 はぁ……。


「部員が集まれば、部として活動できるんですよね?」

「え? あ、そうですね。最低でも三人集まれば…――」

「三人っ! 三人でいいんですか!?」


 さっきまでの落ち込みようが嘘のようにバァッと立ち上がった。


「はっ、はい。あ、でも――」

「……ッ!! よっしゃー! 集めるぞーっ!!!」


 と言うなり、凪羅は職員室を飛び出して行った。


「凪羅さんっ!? ちょっと待って……行ってしまったようですね」

「そうみたいです……」


 すると、廊下の方から「廊下を走ってはいけませんっ!」という怒号がこっちまで響き渡った。


「「あははは……」」


「あっ、先生。さっき『でも』って言ってましたけど、なにを言おうとしていたんですか?」

「ああぁ、それはですね。部活は部員が集まればいいというわけではないんです」

「もしかして……顧問の先生がいない、とか?」

「……はい。今年この学校を辞められて……」


 顧問がいなくなり、部員もいなくなれば、部として成立しなくなる。


「? 笹崎先生が顧問をすればいいんじゃないですか?」

「実は今年から別の部の顧問をすることになったので……」


 なるほど、そういうことか。


 前途多難だな、これは……。


 頑張れっ、凪羅。




 その日の夜。


 部屋の電気を消して、俺はベッドに寝転がった。


 目覚まし代わりのスマホの画面を見ると、時刻はもうとっくに夜の一時を過ぎていた。


 じゃっ、おやすみーっ。


「………………う〜ん……」


 目を瞑っても、眠れそうにない。


 それはなぜか。


「なぁ、神様」

『…………』

「? 寝てるのか?」

『…………Zzz』

「寝てないな?」

『……あっ、バレてた?』

「バレバレだよっ、まったく」


 徐々に神様の性格? がわかってきた気がする。


 姿は見えなくても、会話をする中で人物像が出来上がってきたのかもしれない。


 そんなことをぼーっと考えながら暗い天井を見つめていたとき、俺はポツリと呟いた。


「……どうして、軽音部が無くなるようなことにしたんだ?」


 あそこまでタイミングがぴったりということは、神様が操作した以外に考えられない。


「どうなんだ?」

『……そうだよ?』

「どうしてそんなこと……」


 すると、神様は『まぁ』と一拍置いて、言った。


『あれぐらいの試練があった方が面白いと思ったから、かな』

「相変わらず、いじわるなことするよな」

『私の思うままだからね』

「世界を自由に……か」


 忘れかけていたけど、全ては神様の気分次第、だもんな……。


『ふふふっ。……伝説のスリーピースバンド。彼女たちは、これから少しずつハナちゃんたちに関わっていくことになるからっ、お楽しみに♪』

「関わっていく?」

『うん。でもそれは、もう少し先のお話』

「勿体ぶらないで教えてくれよ。……てか、『あの人たち』とは言ってたけど、三人だったんだな」

『ボーカル、ベース、ドラムだね』


 だから、伝説のスリーピースバンドなのか。


『その通りっ♪』


 ……人の心を勝手に読むなっての。


『じゃあ許可があればしていいの~?』

「……言わなくてもわかってるよな?」

『えへへっ。あ、そういえば、家に帰って来てからなにをぼーっと考えていたの?』

「教えてくれないから言わない」

『まぁまぁ、そう言わずに~っ』

「……言わなくても、心を読めるんじゃないのか?」

『ヒュ~ヒュ~』


 ……まぁ、この世界を創った張本人だし、しょうがないか。


「……凪羅あいつのギターに対する想いを知って……。あれだけ一つのものに情熱を注げることができるのは、正直羨ましいって思った」

『それに気づけただけでも、大きな成長だよ』

「そうか?」

『そうだよ。心の底から応援したいと思ったんでしょ?』

「ああぁ……」


 いつか、俺にもあんな風に夢中になれるものが見つけられたらいいな……。


 ………………。


 段々、意識がぼんやりとしてきた。やっと眠気が訪れたのかもしれない。


 そんなことを思いながら、俺はゆっくりと目を閉じたのだった。

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