第13話 美桜、姉を疑う
数日後。
「〜〜〜っ♪」
ここ最近、心がルンルン♪ なのは、この前の放課後からだろうか。
天霧さんと漫画談義で意気投合して以来、百合漫画を読むことが、すっかり日々のルーティンになりつつあった。
家に帰ってからも、ご飯を食べてからも、お風呂に入ってからも、はたまた寝る前など、百合漫画が生活の一部になっているのは間違いない。
(早く帰って続き読もう〜っと♪)
楽しみがあるからこそ、一日を頑張れると言えるっ。
「ふんふんふ〜んっ♪」
軽やかな足取りで歩いていると、帰り道の途中にあるコンビニが見えてきた。
「なにか買って帰ろっかな」
あまり寄り道をしないが、今日は気分がいいし寄っていくとしよう。
ウィィィーン。
開いた自動ドアを通って中に入ったとき、ヴゥゥゥーっとカバンの中でスマホが揺れた。
カバンから出してスマホの画面を見てみると、そこには『美桜』の文字。
「? なんだ?」
俺は、画面をタップしてトーク画面を開いた。
『コンビニ寄るならアイス買ってきて〜♡』
『あとそれから』
と続けて、ファッション雑誌の表紙らしきスクショが送られてきた。
『今日発売日だからこれもよろしく〜っ♪』
「…………」
注文の多い妹だな。というか、タイミング良すぎじゃね?
周りをキョロキョロと見渡したが、妹の姿はない。
……ってことは、
(……神様。あんたの仕業だな?)
『てへっ♪』
(なにが、『てへっ♪』だよ。ちっとも可愛くねぇー)
『ほほぉ〜? ハナちゃんも、すっかり言うようになったじゃないかっ』
(最初っからだぞ?)
『あれれ? そうだっけ?』
(……なにが言いたいんだ?)
『ヒュッ、ヒュ〜ヒュ〜』
また下手な口笛で誤魔化されてしまった。
「……はぁ」
相手にするのも時間の無駄だし、さっさと買い物を済ませて帰ろう。
「ただいま〜」
買い物袋を持ってリビングに入ると、
「あっ、お姉ちゃんおかえりーっ」
ソファーの方からダラけた声が聞こえた。
見ると、美桜がソファーに寝転がってスマホをいじっていた。
「はぁ。お待ちかねのアイスと雑誌だぞー」
「おっ、待ってました〜っ♪」
美桜は、ソファーから飛び跳ねるように起き上がってこっちへとやってきた。
ちなみに、美桜にはバニラのカップアイス、俺はコーラとポテチという王道のコンビをチョイスした。
あとは、適当にチョコ系を中心にお菓子を買ってきたのだった。
「ほらよっ」
「ありがとうー♪」
満面の笑みとはこのことだな。
「あっ、ちょっと待った」
俺は、渡したものをソファーへと持って行こうとする美桜を呼び止めた。
ギクッ。
「……な、なに?」
「アイスと雑誌のお金、払ってくれるか?」
店で買うときに払ったのは俺だが、頼んだのは美桜だ。
奢ったわけではないのだから、貰うのは当然のことだろう。
「……そ、それは、その……」
じーーーーーっ。
「か、可愛い妹へのサービス的な?」
じーーーーーーーーーーっ。
「あっ、ああぁ……」
次の瞬間。
美桜は素早い動きでソファーの上で正座になると、深々と頭を下げて言った。
「今度のお小遣いの日まで待っていただけないでしょうかーっ!!!」
「…………」
こうなるだろうとは思っていたけれど。
「しょうがないなぁー」
「!! じゃあ――」
「――と言ってから、今まで払ってくれたことあったっけ?」
「……ヒュッ、ヒュ〜ヒュ〜」
お前もかっ!
「はぁ。次のお小遣いから引いてもらうから、それでいいな?」
……コクリ。
「うむ、よろしい~」
……。
…………。
………………。
「やれやれ……」
それから、自分の部屋のローテーブルに買ってきたものを置いた。
コーラもよしっ、ポテチもよしっ。準備万端だなっ♪
気分良く部屋で着替えていると、コンコンと扉からノックする音が聞こえた。
「お姉ちゃーん」
「うん?」
ガチャリと開けた扉から美桜が入ってきた。
どうやら、昨日貸した漫画を返しにきたようだ。
最初は、内容的に中学生の女の子に見せて良いか迷ったけど。
女の子の成長は早いようで、普通に読んでいたのだった。
「あぁー、そこに置いといてくれ」
俺がローテーブルを指さすと、「はぁ〜い」と返事をして漫画を置いた。
……のだが、
「…………」
部屋からは出ず、なぜか俺をじーっと見ていた。
「? なんだ?」
「お姉ちゃん、最近ずっと漫画読んでるけど、漫画ブームでも到来した?」
「ブーム? うーん、まぁ、そう言われればそうかなー」
「やっぱり〜。昨日もずっとニコニコしながら読んでたもんね」
………………。
どうやら自分でも気づかない間に、顔に出ていたようだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。この前、『百合漫画の会』? を作ったって言ってたよね?」
「そうだけど、それが?」
「それに、私も入れて〜♪」
「ダ〜メッ!」
「えぇーいいじゃん、一人ぐらい増えても〜」
「…………」
面白いと思ったものには取り敢えず手を出してみるのが、美桜の特徴と言っていい。
だが、俺と天霧さんだけの空間に入れると思ったら大間違いだ。
「ねっ、いいでしょ?」
「……さっきの代金をこの場で払ってくれたら、考えてあげないでもない」
と言った途端、頬をぷくぅと膨らませた。
こういうところは、まだまだ子供だな。
思わず笑ってしまいそうになったが、ここは我慢するとしよう。
そんなことを考えていると、
「あ、これ続き出たんだー」
俺が読もうとしていた漫画を手に取って、ペラペラと読み出したではないか。
あのー、先に読まないでもらえるかなー? ……って、
「知ってるのか?」
ふと浮かんだ疑問を尋ねた。
「知ってるもなにも、お姉ちゃんが『絶対に読んだ方がいい!』って言ってきたじゃん」
「え? 俺が?」
じーーーーーっ。
「な、なんだよ?」
「ううん、なんでもない」
美桜は扉の方に振り返って部屋を出て行った。
ガチャリ。
「? どうしたんだ?」
訳がわからないまま、俺は少しの間、扉を見つめていたのだった。
夕食後。
ソファーでスティック状のチョコのお菓子を食べながら、料理初心者の三人の芸能人が色々な料理に挑戦する番組を見ていた。
俺も初心者だからとても参考になっている。まぁ、
「お姉ちゃん、一つちょうだ〜い」
美桜は小袋から一本取って口に入れた。
「あ」
「やっぱり定番はこれだよねー」
と言って、もう一本。
「あ」
「えへへっ〜」
早くも一袋(八本入り)の内の二本を食べられてしまった。
「じゃあもう一つ……」
「………………………………………………」
もうあげないぞっ、という意志を込めた視線を向け続けると、美桜は袋に伸びた手を引っ込めた。
食べ物の恨みは、時としてなによりも恐ろしいということを覚えておいた方がいいぞ、妹よ。
心の中で呟く俺の隣で、当の本人である美桜はスマホをいじっていた。
(まぁいいや。あ、そういやぁ……)
普通、このくらいの年頃の女の子って、思春期ならではのツンツンな態度になるはずだ。
それなのに、美桜に関してはその対象に当てはまらない気がする。
(もしかして珍しいケースなのかな?)
比較できないから、なんとも言えないけど。
俺が兄ではなく姉だから?
「うーん…………え」
ふとテレビに目を向けたとき、俺は番組の途中で流れ始めたCMに釘付けになった。
「天霧……さん?」
そう。画面に映っていたのは、化粧水の入ったボトルを持って柔和な笑みを浮かべている天霧さんだった。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「み、美桜っ! 天霧さんがっ! あの天霧さんが、CMに――」
「え? あっ、遥香ちゃんだーっ♪」
「しっ、知ってるのか!?」
「知ってるもなにも、人気若手女優の天霧遥香ちゃんじゃん」
「女優!?」
確かに、綺麗な人だなーとは思っていたけれど。
まさか女優だったなんて……。
『説明しよう!』
(わぁっ、急に大きな声出すなよっ)
『天霧遥香は子役からテレビに出ていて、今も売れっ子女優として活動している』
「そうなのか!?」
『若い世代で天霧遥香のことを知らない人はいないほど』
「へ、へぇー……」
俺も、一応その内の一人なんだけどな……。
「……さっきから、なにブツブツ言ってるの?」
「!! な、なんでもねぇよ……」
「そういえば、最近、男子みたいな喋り方になるときあるけど、どうして?」
「ッ!!? ど、どうしてって言われても、俺は男なんだから当たり前……あ」
今は『一真』としてじゃなくて『ハナ』として答えないと。
じーーーーーっ。
か、完全に怪しまれている。
「お姉ちゃんって、実は……」
……ゴクリ。
「………………俺っ子?」
「へっ? あ、ああぁ、そうだよっ! し、知らなかったのか?」
「知らないよ、だって初めて聞いたし」
「そ、そうか、あはははは……」
ふぅ……。冷や汗をかかせるんじゃねぇよ……。
危ない、危ない。美桜は意外と勘が鋭いところがあるからな。
「ふーん。……ふふっ」
「な、なんだよ?」
「別に~っ。私ジュース取ってくる~」
ソファーから立ち上がってキッチンに向かう、その後ろ姿を眺めながら、
「?」
頭の中でクエスチョンマークが浮かんだのだった。
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