第12話 天霧さんのヒミツ

 誰もいない教室に二人だけというシチュエーション。


 好きな人と自分だけというのなら、この状況にドキドキしないわけがない。


 だが、今回に関してだけで言うと、この『ドキドキ』は別の意味を持つ。


 それは…――


「天道さん」

「あ、天霧さん、どうして……もう帰ったんじゃ……」

「職員室に用事があったんです。それよりも」


 天霧さんの視線が机の上の本へと向けられた。


「……見ましたか?」

「あっ、えーっと……」

「見たのですね?」

「……はい」

「っ!!  そう……ですか……」


 俺が答えると、天霧さんは一瞬驚いた表情の後、顔を俯かせてしまった。


 やっぱり、見たのはマズかったか。


 それから、ただでさえ静かな教室なのに物音一つすら聞こえなくなった。と言うより、音を立てちゃいけないような、しーんとした空気が流れていた。


「………………」

「………………」


 ど、どうしよう……気まず過ぎて言葉が出てこない。


 すると、天霧さんはおもむろに口を開けた。


「どうでしたか?」

「え? どうって……?」

「……読んでみた感想です」


 真っすぐな瞳で見つめられ、内心は気が気でない。


「あっ、その……ちょっとしか見てないから、なんとも……」

「ちょっとでも構いませんっ。教えてくださいっ」

「え、えぇ……」


 そう言われましても……。


 えっと……俺が見たページは確か、ベッドの上で二人の少女が体を……あ。


「あの、もう一度、見せてもらってもいいですか?」

「え? あっ、いいですよ」


 了承してもらい、机の上にあった漫画を手に取り例のページを開いた。


(さっきのページ、どこかで…………間違いない)


 それからブックカバーを外して表紙を見てみると、予想は確信に変わった。


「これ、知ってる」

「え、本当ですかっ!?」

「!! へ、部屋の本棚に同じタイトルの本があったのを思い出して……あの、天霧さん」

「はいっ、なんですか?」

「か、顔が近いです……っ」


 近くで見れば見るほど、やっぱり綺麗だなぁ。


 それに、ほのかにいい香りもするし……。


「天道さん」

「……ひゃい?」


 見惚れていたこともあって、口から変な声が出てしまった。


「天道さんは……どの回が好きですかっ!?」

「へっ?」


 目をキラキラと輝かせながら、顔を近づける天霧さん。


 だから、近いですってば……俺の中の彼女の印象が……変わっていく。


 人は第一印象だけではわからないものだな。


「……あ。わ、わたしは……二人が初めて出会う回が――」

「そうですよねっ!」


 天霧さんは、『これだっ!』と言っていいほどの満面の笑みを浮かべた。


 こんなにテンションが高いときもあるんだな。しっかり者のイメージがあったから、いい意味で裏切られた。


 ………………。


 それにしても、まさか興味本位で読んでいたことが役に立つなんて。


 ……そういえば、俺に百合漫画をすすめたの、神様だったっけ。


(もしかして、こうなることがわかっていたのか?)


『さぁね~』


(…………)


 見事に誤魔化ごまかされたが、まぁいいだろう。


 こうやって二人でお喋りできるだけで、満足だからっ。


 えへへっ……。


『幸せそうだね~。あぁ、ハナちゃん、ニヤニヤが止まらなくて顔に出ちゃってるよ~』


 えへへっ……。


『ダメだこりゃ』


(? なにか言ったか?)


『なんでもないで〜す♪』


(いや、今絶対なにか――)


「――天道さん?」

 

 顔を前に向けると、天霧さんが心配そうにこっちを見つめていた。


「な、なんですか……?」

「時折ぼーっとされてますけど、もしかして、私の話つまらなかったですか?」


 !? !? !? !? !?


「そっ、そんなことはないです!! どの話も最高というか、共感できるというかっ!」

「ほ、本当ですか!?」

「はいっ!」

「……えへへっ」

「ッ!!?」


 かっ、可愛すぎる……。


 ……。


 …………。


 ………………。

 それからというと、


「それで私がオススメするのは――」

「へぇー。初めて知りましたっ」


 下校時間まで百合漫画談議に花が咲いた。


 その中で、百合漫画を楽しく語るだけの『百合漫画の会』が設立されたのだった。


 家に帰ったら他の漫画も読んでみよう。


 このときの俺は、これから自分が百合漫画の沼にハマっていくことをまだ知らない。


「んん~っ! こんなに好きな漫画の話に夢中になったのは初めてですっ。今まで、周りで話せる人がいなかったので」

「わたしも、とても楽しかったですっ。天霧さんの新たな一面も見れましたしっ」

「えっ。…………っ」


 おっ、天霧さんの顔が真っ赤になってる。


「こ、このことは……」

「わかってますっ。わたしたちだけのヒミツですよねっ」

「天道さん……」

「えへへっ」


 これも全て、あの漫画を読んでいたハナちゃんのおかげだな。


 ハナちゃん、ありがとう!

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