第11話 女の子と書いてヒミツと読む

 それから数日後の昼休み。


 美桜がダイエットの宣言をしてからというもの、俺は今まで以上に食欲旺盛になっていた。


 早朝からのランニング、サラダとささみを中心とした食事、ジュースとお菓子は禁止され、お茶または水を飲むという生活。


 ……やってられるかぁぁぁぁああああーっ!!!


 この日は、迷うことなく凪羅と同じカレー(大盛り)に決めた。


 それからというもの、


 パクパク、モグモグ。


「…………」


 パクパク、モグモグ。


「…………」


 胃が大きくなったんじゃないかと思ってしまうほど、どんどんカレーが口の中に入っていく。


 その様子を見て、


「……なにかあったの?」

「うまぁ~いっ!!! え? なんでもないけど?」


 それから、十分も経たないうちに、


「ごちそうさまでしたっ! ふぅ〜食った食った!」


 お腹を手で撫でると、ポッコリと出ていた。


 ちょっと食い過ぎたかな……。


 あ、そういえば、昼食を写真で撮って送らなきゃいけなかったんだ……。


 俺の目の前には、食べ終えて綺麗になったカレー皿。


 こんなことならサラダもセットにしておくべきだったか。……って、どうして俺がそんなことをしなきゃいけないんだ? やるのは美桜の方だろ?


 一瞬ポケットに入れようとした手を止めて、代わりにテーブルの上のコップに入った水を一気に飲み干した。


 ゴクゴク……ふぅ。


「…………」

「な、なに?」

「やっぱり、なんかあったでしょ?」

「……聞いてくれる?」

「もちろんっ」

「……実はさ――」


 ……。


 …………。


 ………………。


「――ってことなんだけど」

「ふーん、妹ちゃんがダイエットをねぇ~」

「こっちが少し軽かっただけで、付き合わされて……」

「だから、ここ最近ずっと、サラダとか軽いものしか食べてなかったわけだ」


 はい、その通りです。


「ダイエットかぁー。あたしなら、好きなものを我慢するくらいなら外走るけどなー」

「そうだよねっ!? 我慢しない方がいいよねっ!?」


 興奮のあまりテーブルの上に身を乗り出すと、


「ハ、ハナっち……」

「うん? ……あっ」


 周りを見ると、昼食の途中の学生たちの視線が自分へと向けられていた。


「…………」


 俺は無言のまま席に座り直したのだった。




 放課後。


「じゃあまた明日~っ」

「うん、また明日」


 凪羅は用事があるということで、終礼が終わるとすぐに帰っていった。


 あいつとは帰り道が同じで、途中までいつも一緒に帰っていたけど。


 今日は一人でのんびり帰るとしますかー。




 それから学校を出て帰り道を歩いていると、


『ハナちゃん、ハナちゃん』

「? なんだ?」

『ハナちゃん♪ ハナちゃん♪』

「…………」


 相変わらずいつもと変わらないノリだな。


「……なんだよ、神様」

『忘れ物があるんじゃない?』

「へっ? 忘れ物?」


 神様に言われてカバンの中を確認すると、あるものがないことに気づいた。


「財布が……ない?」


 おっかしいな……。


 普段はカバンの中に入れているから、どこかに置いていったということはないはずだけど。


 今日持って移動したのは、食堂に行くときくらいだ。


 他に思い付く場所と言えば……机の中とか?


『ビンゴ♪』


 ……。


 …………。


 ………………。


 来た道を通って、教室の前まで戻ってきた。


「はぁ……」


 こんなことなら、帰るときにちゃんと机の中を確認しておけばよかった。


『いい運動になったんじゃない?♪』

「……気づいてたんなら、もっと早く教えてくれよ」

『てへっ♪』

「…………」

『ほらほら、早く財布取りに行こうよ~っ』

「言われなくてもわかってるっての」


 教室の扉を開けると、中は電気が消えていてとても静かだった。


 当たり前か、誰もいないのだから……って、鍵がかかってなかったな。もしかして、まだ誰かが教室を使っているのか?


 そんなことを思いながら自分の席へと向かおうとしたとき、手前の机に目が止まった。


 あれ? カバンがある。


 そこは、とっくに帰ったはずの天霧さんの机だった。


 誰かが置いて行ったのか? まぁいいや、さっさと財布を見つけて帰ろう。


 俺は自分の席へ向かい、机の中に手を入れた。すると、


「あ」


 中から出てきたのは、探していた財布だった。


 やっぱりここにあったのか……よかったー見つかって。


『ほら、言ったでしょー?』

「……ありがと」

『おや〜? 声が小さくてよく聞こえなかったなー?』


 ……すぐに調子に乗るんだよな、この神様は。


『えへへっ』


 さて、探していた物も見つかったことだし、かえ…――


「…………」


 扉の方に向けた体をスッと横に向けて、ささっと天霧さんの机の前に移動した。


 もしかして、この本……。


 俺の目が捉えたのは、ピンク色のシンプルなブックカバーを付けた一冊の本だった。


 これは、カフェで会ったときに天霧さんが持っていたものと同じだ。


 ――てっ、哲学の本……ですっ。


 ――あははは……。


 あの反応……やっぱり気になる。


 ……ゴクリ。


 ほんとは、人のものを勝手に見てはいけないことはわかっているのだけれど。


 俺の中の好奇心が、どんどん強くなっていく。


 ちょっと、ちょっとだけ…――


「……いやいや、さすがにそんなことできるわけないって!!」


 危ねぇー。


『ふふふっ』


「……っ! しまっ…――」


 なにかに操られながら、俺の手は本を取ってしまった。


(神様……っ!!!)


『ハナちゃんがらすからだよ〜♡』


(焦らしてねぇー!!)


 俺の手は迷うことなくページを開いた。


(すみません、天霧さんっ! ……ん? え?)


 そこには、二人の少女がベッドの上で体を重ね合う様子が描かれていた。


 これは所謂いわゆる、百合漫画というやつか……?


「…………」


 ページ一面に広がるその扇情的な光景に、俺は引き込まれていく。


 すっ、すげぇ…――




「――天道さん」




 バァッと振り返ると、そこには――――天霧さんが立っていた。


 真っすぐな瞳で、こっちを見ながら。

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