第25話 ◇な△世☆界?

 ホーホケキョ、ホーホケキョ。


「んっ……ふわぁ……」


 欠伸をこぼしながら重たい瞼を持ち上げると、そこには見慣れた天井があった。


 寝るときに被ったはずのブランケットは足元に固められていた。


 寝相の悪さは毎度のことだから、もう気にすらしない。


「……ふわぁ」


 昨日は夜更かししたわけではないのに、この異様な眠たさはなぜだろう。


 そんなことを考えながら、ぼーっと天井を見つめていた。


「…………」


 なにか、夢を見ていた気がする。思い出せそうで思い出せない。


 でも、一つだけ覚えていることがある。それは、別人の誰かになって生活を送っていたことだ。


 夢に出てくる人物は、どこかで必ず見たことがある人しか出てこない、とどこかで聞いたことがある。


「うぅ~ん…………Zzz」


 考えようにも眠気には抗えないらしい。


 ――バンッ。


「お姉ちゃん、おはよーっ。朝だよ~~~」

「んん……美桜……?」


 扉から入ったところで、妹の美桜が仁王立ちでこっちを見ていた。信じられない状況を見ているときのような目で。


「……なに?」

「お姉ちゃんが……ちゃんと起きてる?」

「? おはよう……」

「おっ、おはよう……」


 さては、『わたし』がまだ起きていないと思っていたのだろう。


「……わたしだって、ちゃんと起きられるんだからねっ。…………Zzz」

「って、寝てるじゃん! もうご飯できてるよっ」

「うん……わかってる……わかってるから……もう少しだけ…――」

「寝ちゃダメだって! もぉ~!!」


 美桜にブランケットを剝ぎ取られ、体を揺さぶられた。


「起~き~る~か~ら~……」

「その言い訳も、何回聞いたのやら」

「むぅ……」


 一言残して部屋を出て行った美桜の後ろ姿を見送ってから、ゆっくりと体を起こした。


「んん~……っ! いたたたた……」


 腕をグッと伸ばすと、寝違えたのか無性に肩が痛い。


 この前も起きたら痛かったし、寝方を変えようかな……?


 ――――この前って、いつだっけ?


 うーん……まぁ、いっか。洗面所に行く前に、軽くストレッチをするとしよう。




「はぁ……はぁ……っ」


 朝からダッシュはさすがにキツすぎる……。


 学校って、こんなに遠かったっけ?


 珍しく早く起きられて、余裕があると思っていたらこれだ。


 ゆっくりし過ぎた自分も悪いけどさ……。


「どうしてリビングの時計が、夜の十一時で止まってるのー!?」


 昨日は確かに動いていたはずなのに。


 タイムリミットまで、残り約十分。


 このまま行けば間に合う……と思う。


(……急げーっ!)


 すると、いつも通れるはずの道が塞がれていた。


「あ、あれ?」


 地面を砕く掘削機の音が鳴り響いていた。


「あ、あの」

「こちらは工事中なので通行止めです」

「あっ、そうですか……」


 ならしょうがないか。他の道で行くとしよう。


 それから、近くにある別の道へと向かったのだけれど。


「こちらは工事中なので通行止めです」

「え?」


 こっちの道も……?


 そして、また同じように別の道に向かったのだが……。


「…………」

「こちらは工事中なので通行止めです」


 どうなってるんじゃああああーっ!!!!! 学校に行く道がなぁぁあああーいっ!! 


 スマホの画面に映る時刻は、まさにアウトギリギリ。


 まずい、非常にまずい。


 ……。


 …………。


 ………………。


 それからというと、ありとあらゆる道を通り、なんとか校門の前まで辿り着くことができた。


「はぁ……はぁ……ギリギリ……セーフ……」


 膝に手をついて呼吸を整える。


 今日の体育、休もうかな……まぁ出るんだけどね。


「おぉ~い、ハナっち~」


 校門を過ぎたところで、後ろから塔子が声をかけてきた。


「おはよう……塔子」

「ん? どしたの? 汗ダラダラじゃん」

「あぁ……実は…――」


 それから、塔子にさっきのことを話した。


「そりゃあ大変だったね~」

「まったくだよ……」


 一日分蓄えていたエネルギーを朝から使い切ってしまった。


「途中から、同じところをグルグル回ってるのかと――」

「ニヒヒィ~」

「うん? きゃっ!!」


 塔子は不敵な笑みを浮かべると、後ろからわたしの胸を思いっ切り揉んだ。


「ちょっ、なにをやって……んっ」

「おっ、これはまたいい感度ですね〜お客さ〜ん♪ モミモミ♡ モミモミ♡」

「っ……あっ……」


 まるで、コリを解すように優しく揉んでくるからなのか、気を抜いたら声が出てしまいそうになる。


 ……毎度毎度のことだから、ここは一度ガツンと言っておいた方がいいだろう。


(女の子同士だからと言ってやっていいと思ったら、大間違いだと言うことを……っ!)


 そう思い、ふと口を開けたとき、


 ざわざわ……ざわざわ……。


 どうやら、横を通り過ぎる人たちがチラチラこちらを見ているようだ。


「まぁ気にしな~い、気にしな~い」

「…………」


 わたしは自然と右の拳を握り締める。


「塔子ーーーーーっ!」

「怒ったらシワできちゃうよ〜?w」


 と言ってニヤニヤする塔子。


 ムキィィィィー!


 そんなやり取りをしながら、わたしたちは昇降口に入った。


 揉まれたときの感覚が残ってるから、変な感じがする。


「疲れたときは、またアタシが特別マッサージで――」

「結構ですっ!」




「ごきげんよう。――ハナさん」




 名前を呼ぶ声のした方を見ると…――――赤髪の少女と目が合った。


「え?」


 誰だろう……?


 長いワインレッドの髪、落ち着いた佇まい、妖艶な雰囲気を感じさせる微笑み。


「もしかして、わたくしのこと忘れたのですか?」


 と言って、悲しそうな表情でこちらを見てきた。


「!! そ、そんなことは――ない…――よ……――――」


 謎の少女と目を合わせたとき、頭の中に次々と光景が激流のように流れ込んできた。


 ――華憐かれん


 この学校に入ってから仲良くなり、わたしたちはいつも一緒に行動している。


 ご飯を食べるときも、買い物に行くときも………………。


「…………」

「ハナさん?」

「あっ……ごめんね。わたし朝に弱いから、寝ぼけてたみたい……」

「ハナっちはお寝坊さんだからっ」

「ふふっ。美桜ちゃんも大変ですわね」


 そう言って、二人は笑った。


「あ、あははは……」


 なんだろう……今の感覚……。


 ――――――ふふっ。




 午前の授業が終わり、昼休み時間が始まったと同時に、


「はぁー……」


 わたしは机にした。


 朝のこともあってか、授業中にお腹は鳴るわ、眠気に負けそうになるわ、で大変だった。


 こんなときに、わたしに癒し成分をくれる天霧さんはというと、今日はお仕事でお休みだ。


 学業との両立って、大変なんだろうなぁ。素人考えだけど。


「ハナっちー、ご飯行こーっ」


 ご飯っ! 


 ぐうぅぅぅ~。


「また鳴ってるじゃんw」

「またってことは、もしかして聴こえてた?」

「そりゃあ、あんな大きい音を出してたらね~」


 やっぱり、聴こえてたんだ……。


 恥ずかしいというか、ショックというか。


 ぐうぅぅぅ〜。


 ……意識しても体は正直なようだ。


「はぁ……」


 ため息をこぼしながら、カバンから財布を出そうとしたのだけれど。


 あれ? 財布がない?


 確か、急いで学校に行くために慌てて部屋からカバンを取ってきて……それで……あ。


(テーブルの上だ……)


 カバンに入れようとローテーブルの上に置いて、そのまま行っちゃったんだ……。


 油断は禁物とは言うけど、財布がないんじゃ我慢するしかない。せめてパスがあれば……。


(食堂の無料パス……財布に入ってるんだよね……)


 肩を落として落胆していると、ポンッと塔子がわたしの肩に手を置いた。


「ハナっち」

「……うん?」

「まぁどんまい♪ そういう日もあるって♪」

「……なんのフォローにもなってないんだけど」




「あはは――――ポケットに入ってるんじゃないの――――?」




「え?」

「もう一回見てみたら?」

「ポケットはさっき確認したし、さすがに入ってるわけ……」


 と言いつつ手をポケットの中に入れると、なにかに触れた。


 出してみると、それは探していた無料パスだった。


「ほらっ、アタシが言った通りでしょ♪」

「う、うん。でも……」


 ――――あっ、昨日、食堂で使ったときにここに入れっぱなしにしてたんだ。


 兎にも角にも、ラッキー♪


 これで昼食を抜かずに済みそうだ。


「えっと……華憐は?」

「あぁ、華憐なら生徒会室じゃね? なにか会議があるとか言ってた」

「生徒会?」


 ――――そういえば、生徒会に入ったんだっけ。すっかり忘れてた。


「パスも見つかったことだし、早く行こ〜っ」

「うんっ」




 それから昼食を終えて、二人で教室に戻る途中。


「はぁ〜食った食った〜♪」


 お腹を満たした塔子が満足そうな表情を浮かべていた。


「………………」


 ちなみにわたしの方はというと、朝のことで頭の中がいっぱいだった。


 今日に限って全く運がない。


 普通なら、こういう日もあるよね、で済まされるんだけど――――――




 この世界には、全ての現象を操る○○がいる。


 ……恐らく、黒だな。この前の件もあるし、ここは一度キチンと言っておいた方がいいな。




「――――――ハナっち、おぉ〜い」

「!! な、なに?」

「なにって、さっきからぼーっとしてるからさぁー」

「あ……な、なんでもないよ? あはははは……。わたし、今なにを……」


 今日の自分は、なにか変だ。


 言葉にできない不安を感じつつ、わたしは教室へと戻ったのだった。

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