第21話 ブルマと台本と
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り響き、三限目の授業が終わった。
そして、次の授業が終われば昼休みだ。
「ふぅ〜……」
しっかし……授業のレベルが高過ぎてもう頭がパンパンだよ。追試の連続にならないように気をつけないと。
そんなことを思いながら、教科書などを片付けていると、
「天道さん、ちょっといいですか?」
声をかけてきた天霧さんは、困った表情を浮かべていた。
「はい、なんですか?」
「あの……実は一つお願いがあって……」
「お願い?」
「はい……」
それから話を聞くと、どうやら今度撮るドラマのために、演技の練習を手伝って欲しいとのことだった。
女子高生同士の禁断の恋模様をテーマにした百合ドラマ。
放送時間は深夜一時からで、天霧さんの役は物静かな女の子・
最初はでこぼこだった二人が、ぶつかり合いながりも少しずつお互いを意識するようになり…――
「…………」
天霧さんの百合ドラマ、早く見てぇ〜。
「内容はなんとなくわかりましたけど、どうして相手役をわたしに?」
「いつもは一人で練習しているんですけど、今回に関してはその……ちょっぴり絡み合いがありまして……」
ああぁ、なるほど……。
深夜ドラマで百合ということは、そういうことだよね……。
「でも、ほ、ほんとにわたしでいいんですか?」
「はいっ! 天道さんでないとダメなんですっ!」
「!!」
俺じゃないと……。
…――天道さんでないとダメなんですっ! …――天道さんでないとダメなんですっ!
今のシーンが何度も頭の中でリピートされる。
「わっ、わたしでいいなら……是非っ!」
と言った俺の手を、天霧さんは両手で優しく包み込んだ。
「ありがとうございますっ!」
キラキラと輝かせている瞳に見つめられたら…――やるしかないなっ。
(それにしても、百合か……)
この世界とマッチし過ぎている気がするけど、まぁいっか。
そして、その日の放課後。
俺と天霧さんは、練習場所となる
学校だと同級生に見られるのが恥ずかしくて演技に集中できないらしく、ならば近くにある公園という案も出たけれど。
ギャラリーが集まるということを考えた結果、
そんなこんなで家に着き、リビングに入った。
「ただいまー……んんっ!? あっ、天霧さん、入ってきちゃダメだッ!!」
「お邪魔します……え?」
「あら、おかえりなさ~いっ」
「「え」」
バンッ、ババンッ!!!
目の前の光景に、一瞬にして俺たちは凍り付いた。
「……人の『ブルマ』で、なにしてるんだ? 母さん……」
俺たちの目に飛び込んだのは……ブルマを履いた体操着姿の母親だった。
服はパツパツで、ボディーラインがくっきりと浮かび上がっていた。
「学生の頃を思い出したら、つい~……てへぺろっ♪」
「おいおい……勘弁してくれよ……」
ローテーブルの上に洗濯物が積まれているところを見るに、恐らく畳んでいる途中だったのだろう。
ここまでドン引きしたのは初めてだ。
まさか娘の体操着を着るなんて……。
「ハナ? おぉ~い…――えぇぇえーっ!!?」
母さんは、俺の横でその様子を見ていた天霧さんの方を見るなり、突然立ち上がった。
「もしかして、天霧遥香ちゃん……っ!?」
「は、はい……そうです」
えっ、さっきからいたのに気づかなかったのか!?
「私たち大ファンなの~♪」
「あ、ありがとうございます」
「近くで見ると、ほんとお顔が小っちゃいんだね~」
「そ、そんなことはありませんっ」
「ねぇねぇ、サインって貰えないかな~?」
「かっ、母さん、天霧さんが困って――」
「構いませんよ?」
「えっ」
それから、母さんがどこからか出してきた色紙とペンを受け取ると、天霧さんはささっと文字を書いた。
「どうぞっ」
「ありがとう~っ♪」
サイン色紙を受け取ると、満面の笑みでそれを掲げた。
「どこに飾ろうかしら~♪」
楽しそうでなによりだが、早くその恰好から着替えてもらうぞ。間違っても、美桜や父さんに見られたらマズいからな。
「すみません……
リビングを出て廊下を進みながら、俺は何度もペコペコ頭を下げていた。
「ふふっ、面白いお母様でしたね」
「…………っ」
は、恥ずかしいぃぃぃ~……。
さっきから、なんだかずっと顔が熱いし。
後で冷たい飲み物でも用意するとしよう。なにがいいかな?
そんなことを考えながら、部屋の前までやってきたのだけれど。
……しまった。
「ちょっ、ちょっとだけ待っていてくださいっ」
突然、扉の前で立ち塞がった俺を見て、天霧さんはコクリと首を傾げた。
「?」
「あはははは……」
苦笑いを浮かべて素早く中に入ると、後ろ手で扉を閉めた。
「はぁ……」
視界に広がっているのは、服とマンガで散らかった自室の惨状だった。
まさか天霧さんが家に来るなんて思ってもいなかったし。
別に油断していたわけでは……取り敢えず……片付けよう。
……。
…………。
………………。
「これはここ――あれは……取り敢えずあそこ――えっと、あとは……」
まぁこれでいいだろう。
我ながら素晴らしいじゃないか。通常の三倍のスピードで片付けることができたぞっ!
……日頃からちゃんと綺麗にしておけばいい話、なんだけどね。
「あの……天道さん?」
扉の向こうから聞こえる声。
あ、そういえば待たせてたんだった。
「天霧さん、どうぞ……」
扉を開けて中に案内すると、
「ここが天道さんのお部屋なのですね」
と言いながら、部屋を見渡していた。
あまり細かく見られると……。
綺麗に片付けたつもりだから、大丈夫だとは思うけど。
そんな心配をよそに、天霧さんはふと本棚の前まで行くと、目をキラキラと輝かせた。
恐らく、百合漫画がズラリと並んでいるからだろう。
「あ、これ面白いですよね♪」
と言って、天霧さんは棚から取った一冊の漫画を読み始めた。
ペラペラ……。ペラペラ……。
部屋にページを捲る音だけが響く。
「……あ、天霧さん」
「! あ、ごめんなさい、読み始めたら止まらなくなっちゃって」
「ほんとに百合漫画が好きなんですね」
すると、笑みを浮かべていた顔に影が差した。
「……家が厳しかったから、その反動なのかもしれません」
「え」
「……ふふっ。時間もあまりないですし、早速始めましょうか。カバンはここに置いても?」
「あっ、どこでもいいですよ」
天霧さんはカバンを床に置くと、中から二冊の本を出した。俺はその内の一冊を受け取ったのだけど。
「これが……」
「はい、台本です」
表紙には、大きくドラマの題名が書かれている。
意外と厚みがあるんだな。
初めて見た台本のページをペラペラと捲ってみると、役ごとに下に台詞が書かれていた。
「あの、関係者じゃないわたしが見ても大丈夫なんですか?」
「本来は見せてはいけませんが、今回に関しては私の要望なので、特別にセーフということで」
「なら、いいですけど。……な、なんですか!?」
「くれぐれも、ネタバレだけはしないようにお願いします」
不意の至近距離にドキッと胸が高鳴る。
「りょっ、了解ですっ!!」
そんなこんなで、演技の練習が始まった。
「まず、最初のシーン。夏奈と寧々が出会うところから」
「は、はい……っ」
「緊張しなくても大丈夫ですよ」
「あははは……」
天霧さんが言うように、最初のページには二人が出会うシーンの台詞が書かれていた。
出会いから始まり、惹かれ合う二人……。まさに王道の展開と言える。
そんなことを考えていたとき、
――――――――――――――――――――――――。
突然、部屋の空気が変わった。
なんというか、緊張感がグッと増したような。
……ゴクリ。
目の前を見ると、天霧さんがさっきまでとは違うオーラを放っていた。
まさに、役に入り込んでいるって感じだ。
「あなた、名前は?」
「………………」
「? 天道さんの番ですよ?」
「えっ……あ」
俺は口の中の唾を飲み込むことが精一杯で、言葉を発することができなかった。
「どうしたのですか?」
「いや……その……天霧さんのオーラに圧倒されたというか……」
「私のオーラですか?」
と言って、自分の体に目を向けた。
そういうところが天然みたいで、なんとも微笑ましい。
「は、はい……。プロの役者さんってほんとに凄いんですね……」
初めて見る天霧さんの新たな一面に、見惚れている自分がここにいた。
「も、もう一度お願いしますっ」
……。
…………。
………………。
それからなんとか演技の練習は進んでいき、ついに例のシーンを迎えた。
「次は……寧々をベッドに押し倒した夏奈が……彼女の唇を……」
天霧さんは自分の口で言うのが恥ずかしくて、説明を途中で止まってしまった。
まぁ率直に言うと、この作品の目玉となる『ベッドシーン』だ。
「天道さんは、ベ、ベッドの前に立ってください」
「こっ……こうですか?」
言われる通りに立つと、天霧さんの雰囲気がまた変わった。
役に入り込んだ合図だ。
「じゃあ……いきますよ」
そう言ってゆっくり目の前に立つと、
「――
と囁く天霧さん(夏奈)に、俺(寧々)はベッドに押し倒され、
「きゃっ……」
上から見下ろされる形になった。
ドキッドキッ……。
胸の高鳴りが否応に伝わってくる。俺だけじゃない、天霧さんも緊張しているんだ。
「寧々は……私のこと……好き?」
「えっ……」
「あたしは……寧々のこと……好きよ……?」
「……っ!!?」
凄まじい「好き」の破壊力。
今の言葉が勝手に脳内変換される――。
『私、天道さんのことが大好きです♡』
えへへ……っ。
――ムニュ。
「ひゃっ!?」
何事かと思って下を見ると、天霧さんに思いっきり胸を揉まれていた。
「んっ、はぁっ……んんっ」
抑えようにも声が漏れてしまう。
それに、耳に当たる息がこそばゆい……。
目と鼻の先には、彼女が潤んだ瞳でこちらを見つめている。
(キ、キスしちゃうのか!? 演技だよね、これ!? そうだよね!?)
すぐそこに蕾のような可愛らしい唇。
「天霧……さん…………っ」
「っ!!? ――あっ、ご、ごめんなさいっ!!」
天霧さんはバッと離れると、慌ててベッドから起き上がった。
「わ、私……つい演技に集中しちゃって……」
「すごい演技力……でしたよ?」
明らかに上から目線で言ってしまった。それほどまでにテンパっているのだ。
「…………」
「…………」
それからお互いに無言になっていると、扉の方からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。そして、
――バァッン!!!
「遥香ちゃん……っ!?!?!?」
扉を開けて中に入ってきたのは、制服姿の美桜だった。
「みっ、美桜」
「はぁ……はぁ……ただいま……」
と息を切らしながら、美桜は俺たちを交互に見た。
「? 二人でなにしてるの?」
「「あ」」
よく見たら、お互いの制服が少し乱れていたり、明らかになにかがあった後のような状況だった。
「こ、これは……」
「演技の練習を手伝ってもらっていたんですっ!」
「そうだったんだっ! ということはもしかして、ドラマに出るんですか!?」
「はい、出ますよ」
「おお……っ!」
天霧さんの機転のおかげで、なんとか追及されずに済んだようだ。
それにしても、
「いつもより帰って来るの早くないか? 部活はどうしたんだよ」
「あの遥香ちゃんが家に来るんだから、部活なんて行っている場合じゃないでしょ!」
マジか。色んな意味ですごいな。
どうやら、天霧さんが家に来たことを母さんから聞いて、急いで帰ってきたらしい。
そんな美桜は慌てて姿勢を正すなり、たどたどしい声で言った。
「あの私……遥香ちゃんの大ファンなんですっ!! 遥香ちゃんが載ってる雑誌は毎号欠かさず買ってますっ! 後は、えーっと……」
興奮のあまり、言葉がまとめられないようだ。わかるよ、その気持ち。伝えたいことはたくさんあるのに、いざというときに出てこないんだよなー。
「ふふっ、ゆっくりでいいですからね」
「!! 女神様だ……っ」
それからというと、美桜の今まで一番と言っていいぐらいに高まっているテンションが落ち着くまで、一時間以上かかったのだった。
ちなみに、練習の続きは別の日に行われたのだけど。
それはまた、別のお話……。
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