第22話 スリーピースバンド、結成!?

 午後のホームルームが終わり、クラスメイトが帰り始めた頃。


「うぅぅぅ……」


 教室のある一角に、机に突っ伏している少女おれがいた。


「大丈夫か?」


 珍しく凪羅が心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫……ではないかな」


 どうしてここまでテンションが低いのか。


 それは……チラッ。


 俺は自分の足元を見た。正確には、包帯が巻かれている足首を、だっ。


いてっ!」


 時間が経ってちょっとマシになった気はしていたけど、やっぱりまだ、いてぇ……。


 どうして足首がこんなことになったのか。


 それは、午前の体育の授業までさかのぼる――。




 今日の体育は、突然激しい雨が降り始めたこともあって、体育館でバスケが行われることになったのだが……。


 恥ずかしいことに、試合の途中で足を挫いてしまった。


 運動神経抜群ではないのに、天霧さんの前だからいいところを見せようとしたばっかりに……。


「ぐっ……」


 痛すぎて言葉が出てこない。


「天道さん、大丈夫ですか?」


 俺としたことが……彼女に心配をかけてしまった……。


「こっ、これくらい、平気…――痛っ」

「これは大変だーっ! 先生ーっ、ハナっちを保健室まで連れて行きまーすっ!」


 徐に手を挙げた凪羅がなにをするのかと思ったら、なぜか背中に手を回してきて俺の体を持ち上げようとした。


 だが諦めたのか、そっと俺から手を離した。


「お姫様抱っこしようと思ったけど、無理だったわ。ハナっち、重――」

「重くないからっ!」


 美桜みおのダイエットに付き合ってからというもの、食べ物には色々と気を付けてるんだよっ!


 プンプンッ。


「あははっ、重くな~い♪ 重くな~い♪」

「…………」


 さっきから周りにチラチラ見られているし、早く保健室に向かうとしよう。


 俺は凪羅の肩を借りて、体育館を後にしたのだった――。


 ……。


 …………。


 ………………。


 まぁ、そんなことがあったとさ。

 

 昇降口でなんとか靴を履き替えて外に出ると、目の前で凪羅がしゃがんだ。


「?」


 凪羅は背中越しに振り向いて、


「乗って♪」

「へっ」


 乗る? 乗る……俺が?


「捻挫だから別にたいしたことないけど」

「まぁーまぁー、困ったときはお互い様って言うでしょ?♪」

「いや、ほんとに大丈夫だからっ」

「そうなの?」


 凪羅は立ち上がるなり、じょーっと俺を見てきた。


「な、なんだよ」

「……やっぱり、おんぶする?」

「結構ですっ!」


 一瞬でも重いと思った人に抱えられたくありませんっ!




 そんなこんなで凪羅に支えられながら、家の前までやってきた。


「ここがハナっちの家かー♪」

「…………」


 信号を渡るときに、危ないという理由で公衆の面前で持ち上げようとするから、油断も隙もない。


 はぁ……。別の意味で疲れちまった。


 俺はポケットに入れていた鍵を使い、玄関の扉を開けた。


「ただいまー」


 すると、リビングの方から母さんが出てきた。


「おかえりなさーい。あらっ? ハナのお客さん?」

「同じクラスの凪羅塔子ですっ」

「ハナのお友達ねっ♪ 上がって上がって♪」

「おじゃましま~すっ」


 そう言って、凪羅は母さんに案内されてリビングへと行ってしまった。


「……って、ケガ人を玄関に置いていくか? 普通?」


 たいしたことないとは言ったけどさぁ。




「どうぞ♪」


 母さんは満々の笑みで、ローテーブルの上にオレンジジュースの入ったコップを置いた。


「ありがとうございまーすっ」


 それをこっちも満面の笑みで受け取る凪羅。


 ちなみに、お菓子も多数用意されていた。準備がいいな。


「塔子ちゃん、ハナを家まで送ってくれてありがとう」

「いえいえ、友達として当たり前のことをしただけですっ」


 と言って、用意されたチョコ菓子をぱくぱくと口に入れていく。


 めっちゃ食うじゃん、遠慮ないな。


「連絡が来たときびっくりしたけど、ハナ、足はどうなの?」

「歩けないことはないけど、まだ少し痛いかな」

「そう……」

「心配ないですよ。いざとなったら、あたしがハナっちをどこへでも運ぶんで!」

「あらっ、頼もしいわねぇ♪」


 おいおい、俺はお届け物か。


 それからというと、母さんは学校での俺のことを凪羅から色々聞きながら、時折コクコクと頷いていたのだった。


 恥ずかしいから止めてくれ~……。


「じゃあ塔子ちゃん、ゆっくりしていってね」

「は~いっ♪」


 満足したのか、母さんはリビングを後にした。


「ハナっちのママ、すっごい美人じゃんっ」

「そうか?」

「うんうんっ♪」


 あまり考えたことなかったけど。


 凪羅は知らないことだが……ブルマ履くんだぜ? 娘が使っているものを……。


 それを知っている側からすると、美人だと言われても「そうだね」とは言えない。


 というか、母親を美人だと思ったことないから、「わからない」が正解だな。


「美人じゃないのか? ……って、人の話を聞けよ」


 凪羅は興味津々な顔でリビングを見渡していた。


「ねぇ、アルバムとかないの?」

「アルバム? あると思うけど、どこにあるか――」

「――あるわよっ♪」


 扉の方を見ると、さっきリビングを出て行ったはずの母さんが立っていた。


 先を読んでいたのか、その手にはアルバムらしき本があった。というかアルバムだな、あれは。


「ほんとですか!?」

「うふふっ」


 それからというもの、母さんがどこかから持って来たアルバムの鑑賞会が始まった。


 そういえば、『天道ハナ』の小さい頃って、どんな感じだったんだろう。


 アルバムのページを開く母さんを間に挟んで、俺と凪羅はアルバムに注目した。


(……へぇー)


 そこには、俺が知らない天道ハナの今までの歴史があった。


「これは家族で旅行に行ったときに撮ったの♪」


 写真のハナは白のワンピースを着て、麦わら帽子を被っていた。


 また別の写真には、体操服を着たハナが一等賞の旗を持って、こっちに向かってピースしていた。


 これは、小学校の運動会か。後ろにある校舎と、俺が通っていた学校の校舎が同じだ。


『ハナちゃん過去編、うご期待!』


 一応楽しみにしとくわ。……って、急に出てきたな。


『えへへっ』


 今までなにしてたんだ?


『それは~内緒♪』


 …………怪しい。


「でねっ、これは――」


「ただいまー」


 この声は、どうやら美桜が学校から帰って来たようだ。


「どうも~」

「? こんにちは?」

「ハナのお友達の凪羅塔子ちゃんよ」

「へぇー。ハナっちの妹ちゃんかぁ~……可愛いぃぃぃぃ~♡」


 凪羅はソファーから立ち上がると、美桜を正面から抱きしめた。


「えっ!!? あ、あの……っ」


 美桜は目を見開いてその場に固まっていた。


 あんなにテンパってる美桜を見るのは久しぶりだな。




 その日の夕食。


美味うまぁぁぁあ〜いっ!!」


 隣の席で、ご飯が乗った茶碗を片手に、箸で一口サイズに切ったハンバーグを食べ進めていく凪羅。


 母さんの提案で、帰る前に夕食を食べていくことになったのだ。


 そんな凪羅は一瞬で、母さん特製のハンバーグに魅了されていた。


 あれを食べたら最後、もう他のハンバーグは……。


 さすがに言い過ぎかな? まぁそれほど美味しいということだ。


「喜んでくれてよかったわ♪」

「最高ですっ! ご飯おかわりくださ~いっ」

「ふふっ。たくさん食べて行ってね」

「はいっ!」

「…………」

「? どうしたんだ、美桜?」


 美桜はさっきからずっと気になっていたのか、ソファーの横に立てられているギターケースをじっと見ていた。


「あの、あれって凪羅さんのですか?」

「そうだよー♪ 見てみる?」

「え、いいんですかっ?」

「もちろんだよっ♪ 美桜ちゃん可愛いからなんでもしてあげたくなっちゃう♡」


 と言って席から立つと、素早く美桜の背後に移動して後ろからまた抱きしめた。


「……っ!?」


 おっ、あの美桜があたふたしている。


 微笑ましい光景なのは間違いないが、


「ご飯を食べてからにしなさいっ」


 母さんがビシッと注意した。


「「はぁ~いっ。……ぷふっ、あははははっ!!!」」

 

 どうやら、ナギミオペアは相性バッチリのようだ。


 息ぴったりな二人なのかもしれないと思っていたけど。どうやら当たっていたらしい。


「…………」 


 もしかして、姉のポジションが奪われるっ!?


 それから、学校での出来事を中心に話をしている途中で、話題が部員集めの話になったときのことだ。


「どうしたら集まるのかなー」

「地道に集めていくしかなんじゃないの? ……それでも難しいと思うけど」

「そもそもどうして三人なんだろ? 一人でもよくねっ?」

「それができたらいいんだけど……」


 言われてみたら、確かにそうだ。


「ふーん」

「ん? どした?」


 すると、俺たちの話を聞いていた美桜がふと口を開けた。


 それは、事情を深く知らない美桜の、まさに天の一声だった――。




「部員が三人必要なら、凪羅さん、遥香ちゃん、お姉ちゃんの三人でいいんじゃない?」




「………………」

「………………」


 凪羅はグイッとこっちを向くと、目をキランッと輝かせていた。


 あの……「それだっ!」って顔しないでもらえるかな?




 次の日。


 朝のホームルームが始まる前の教室に、大きな声が響き渡った。


「一緒に軽音部に入ろっ!」

「うーん……」


 一時限目の後の休み時間。


「一緒に軽音部に入ろっ!」

「うーん……」


 二時限目の後の休み時間。


「一緒に軽音部に入ろっ!」

「うーん……」


 三時限目の後の休み時間。


「一緒に軽音部に入ろっ!」

「うーん……」


 そして、四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、後ろの方からガタガタと音が聞こえた。


「一緒に軽音部に入ろっ!」

「………………」


 美桜……解決策を教えてくれたことには感謝する。けれど、正直、入りたいとは…――


そのとき、午前中はお仕事でいなかった天霧さんが教室に入ってきた。


「お二人とも、ごきげんよう」

「天霧さん、ごきげん――」


「はるっち~ぃ!!! 一緒に軽音部入らないっ!?」


 おいおい、天霧さんはただでさえ芸能活動で忙しいのに、入ってくれるわけ――


「いいですよ」

「え」

「やったぁぁぁあああー!!!」


 教室の真ん中でぴょんぴょん跳ねる凪羅。


 恥ずかしい止めなさーいっ。……って、そんなことより、


「えっ、ええっ、天霧さんいいんですか?」

「あ、でも撮影がある日は行けませんけど、それでもいいですか?」

「いいよいいよっ! 入ってくれるだけでこっちは嬉しいからっ!」


 と言って、凪羅はこっちを向いた。


「ハナっち……」

「天道さん……」


 どうして、そんな潤んだ瞳でこっちを見てくるんだ……っ。天霧さんまで……。


「……わ、わかった、入ります!」

「よっしゃー!」


 お、俺の放課後ライフが……。


 まさか、二つ返事で天霧さんが了承するなんて思ってなかった。


 はぁ……。


 かくして、軽音部(仮)が設立されたのだった。




 そして、放課後。


 俺たち三人は、生徒会室の前までやってきた。


 正式な部として認められるには、生徒会に申請して承認してもらう必要があるからだ。


「では」


 天霧さんが扉をコンコンとノックした。


「失礼します」


 ガチャリと扉を開けて中に入ると、広い室内の奥、背もたれのある黒一色の立派なイスに一人の女性が座っていた。


「少しお時間よろしいでしょうか、生徒会長」


 すると、その人は凛とした声で「構いませんよ」と返事をした。


 ツヤのある黒髪とキリッとした瞳と、つい見惚れてしまうその美貌。


 部員集めでここの前を通ったときに、天霧さんと一緒に出てきた人だ。


 そういえば、まだ名前を聞いてなかったっけ。


 そんなことを考えながら、生徒会長の机の前まで来ると、


「みなさん、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「「ごっ、ごきげんよう」」


 俺と凪羅は、まだこの挨拶に慣れていないのだった。しょうに合っていないのかもしれない。


「ふふっ、自然と慣れますよ」

「はっ、はい……」


 見透かされている、だと……っ。


「そちらは、天霧さんのお友達ですか?」

「はい、同じクラスの凪羅塔子さんです」

「どっ、どうもー……」


 俺は一度だけ会ったことがあるけど、凪羅は初対面か。


 ムズムズ。


 な、なんだ? 急に鼻が痒く――


「初めまして、生徒会長の――」

「――はぁっ、はっくしゅんっ!! ……あっ、失礼しました……」


 このタイミングでくしゃみをしてしまうとは。


「窓、開けましょうか」

「い、いえ、大丈夫ですっ!」

「そうですか。では、今回はどのような件でこちらへ?」


 すると、横にいた凪羅が一歩前に出て、


「あ、あのっ!! ぶ……部活の承認をしてもらいたくて……来ました!」


 と言って、部活申請の紙を机の上に置いた。


「拝見します」


 生徒会長はその紙を手に取ると、上から順に目を通していく。


 ………………………………………………。


 しーんっとした空気が流れる。


 うわぁ……ちょうドキドキする……。緊張感も半端はんぱないし……。


「…………っ」


 じっとしてはいられず、チラチラと周りを見渡す。


 壁一面にズラッと並んだ本棚。資料はファイルごとに分けられていて、キレイに整理整頓されている。


 そしてなによりも……どこかいい香りがする。


(これは……バラの香りか)


 どこから香っているのかは、一目瞭然いちもくりょうぜんなのだけど。


「ど、どうですか?」

「そうですね……。はっきり申し上げると…――これでは部活として承認することはできません」

「えっ、どうしてですか!?」

「大事なことを忘れています」


 大事なこと? ……あ。


「顧問がいない」

「そうです。部活の承認には、最低でも部員三名、そして顧問となる方が一名必要になります」


 そうだった。部員集めに奔走ほんそうするあまり、すっかり忘れていた。


「つまり、申請は却下ということですか?」

「はい」


 天霧さんが尋ねると、生徒会長は間を置かず頷いた。


「そ、そんな……」


 凪羅は、落ち込んだ表情でその場に膝から崩れ落ちてしまった。


「凪羅さん……」


 ということは、次は顧問探しか。前途多難だとは思っていたけど、多難にもほどがある。


 結局、承認されることはなく、軽音部は(仮)のままなのだった。

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