第10話 色々気になるお年頃なんです

 その日の夜。


 俺は風呂に入るため、着替えを持って廊下を進んでいた。


 その間、俺の頭の中はというと、


(……天霧さん、綺麗だったなぁ~……)


 この通り、天霧さんのことでいっぱいだった。


「えへっ、えへへへへっ」

『はぁ……やれやれ』


 なにか聞こえた気がしたが、まあいいだろう。見えない誰かのひとごとだ。


 そんなこんなで脱衣所の扉を開けると、


「むぅ……」


 体重計に乗った美桜が、計測結果をじっと見ていた。


 あの顔は、そういうことか。


「なぁ〜に体重計とにらめっこしてるんだ?」

「!!? お、お姉ちゃん……っ!?」


 こちらに振り返った美桜は、慌てて体重計を後ろ手で隠した。


 パッと見て別に太っているわけじゃないのに、女の子は大変だな。


「み、見た?」

「ん? 見てないぞ?」

「ほんとに?」

「…………ひゅ~ひゅっ、ひゅ~」

「あああぁぁぁぁぁーっ!!! 絶対見たでしょー!!」


 ちっ、バレたか。


「お前はまだ中学生なんだから、ちょっぴり体重が増えたぐらいで――」

「ちょっぴり? そのちょっぴりの差が命取りなんだよっ!!」


 おぉぉー。いつも以上に怒っておられる。


 これがことわざで言うところの『火に油を注ぐ』だな。


 ここは取り敢えず、お姉ちゃんらしい注意の仕方で……。


「美桜ちゃん♪」

「……なに?」

「我慢は~~~体によくないぞっ♪」

「…………」

「食べたいものは、食べたいときに食べなきゃね♪」


 と言って腰に手を当てた俺を見て、ジト目の美桜が言った。


「……この前、夜中にラーメン食べてたでしょ」


 ギクッ。


「な、なにを言ってるのかな? わ、わ、が妹よ……」


 マズい。つい我慢できなくなって、キッチンの戸棚にあったカップラーメンに手を出したところを見られていたのか。


 で、でも、ふと深夜に食べたくなるときってあるだろ!?


「お姉ちゃん、バレバレだよ~っ」

「…………っ」


 ……食欲に勝てないのが、育ち盛りの男の子なのかもしれない。今は女の子だけど。


「まぁー、しょうがないかな。だってお姉ちゃん、『肉肉星人』だもんね♪」

「肉……っ!? な、なんだと~っ!?」


『肉肉……ププッ』


(!? わ、笑うなーっ!)


「やぁ~い、肉肉星人~っ!!」

「…………っ」


 ……ほぉ〜。


 あのいつも後ろにくっついて離れなかった美桜が……いいだろう。


 姉妹は姉の方が強いということを教えてあげよう。


 お姉ちゃんの力を見せてあげる♡


「わたしは体重なんて気にしたことないよ~? けどまぁ美桜より、か・る・い、と思うけどねっ♪」

「……ッ!?!?!?」


 おっ、効果は効いているようだ。


「じゃっ、じゃあ、これに乗ってみてよっ!!」


 と言って、唐突に後ろ手に隠していた体重計を床に置いた。


「いいよ、乗ってやるよ!」


 一真のときと違って、今の方が明らかに体は軽いのだ。


 ふっふっふー。


 片足ずつ体重計に乗せると、デジタル画面に表示されている体重の数値が上がっていく。


「さぁ〜て、お姉ちゃんの体重はいくつ…――え」

「へぇー、これって女の子的にどうなんだ?」


 美桜は目を見開いて、俺の体重の数値をガン見していた。


「……ハァッ」


 ニヤァァァ。


「美桜ちゃんの体重はいくつだったのかな~?」

「うっ……うぅぅぅぅ~……!!!」


 美桜は床にガクリと膝をついた。


 WIN!!!


 俺は天井に向かってこぶしを突き上げた。


 姉に勝とうなど、百年早いわぁっ! ……姉じゃなくて、兄だな。


 いつの間にか、兄だということを忘れて……どんどん『お姉ちゃん』になっていく自分がいる……。


 俺も、美桜と同じように床に膝をついた。


 脱衣所にどんよりとした空気が漂っていると、脱衣所の横を通り過ぎようとした母さんが立ち止まってこっちを向いた。


「二人とも、どうしたの?」

「……お母さん」「……母さん」

「う、うん?」


「「はぁ……」」


「な、なに? なんなの!?」

「いや、ほんとになんでもないから……こうなったらっ」


 突然、美桜は立ち上がると、高らかに宣言した。




「美桜、ダイエット始めるっ!」




「「……はい?」」

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