第9話 ギターとティータイム

「部活?」

「そそっ」


 帰りのホームルームを終えて教室で談笑している中で、凪羅なぎらは一枚のプリントを見せてくれた。


 そこには、部活の一覧が書かれていた。


 茶道さどう弓道きゅうどう、フェンシング……フェンシング!?


 さ、さすが、お嬢様学校……。


 話を聞くと、どうやら必ず入らなければいけない、というわけではないらしい。


 その事実だけで取り敢えず一安心。


 もし入部が強制だったら、家でくつろぐ時間が減っちまうからなぁ……。


「凪……塔子は、どの部に入るの?」

「それはもちろんっ!」


 と言って、横に置いていたギターケースをポンポンと叩いた。


「軽音部っ♪」

「へぇー」


 やっぱり。


「ほんとは今すぐにでも入りたいんだけど、入部届けの提出がまだできないんだよねー。そう言うハナっちは、どこ入るの?」

「え? うーん…………ちょっと考えるっ」

「そっか、いいんじゃない♪ 選ぶ時間も楽しいしっ」


 すると、凪羅は机の上に置いたギターケースを開けて、中から赤を基調としたギターを取り出した。


 本格的だな。


 ジャララ〜〜ン。


「フウゥゥゥ〜♪」


 ノリノリで音を鳴らす凪羅。


 周りに人がいないからいいけど、教室で弾いていいのか? という疑問などかっ飛ばして即興そっきょうでメロディーを奏でていく。


「ハナっちも弾いてみる?」

「え?」

「さっきから興味ありそうに見てるからっ」

「べ、別にいいよ、弾いたことないし……」

「なら尚更なおさら、弾いてみた方がいいって♪ 楽しいよ?」


 キラキラキランッ。


「…………」


 そんな眩しい瞳で見つめられても…――




 ――――――――――――――――――。




「ッ!?」


 俺は廊下の方にバァッと振り返った。


 今、扉の方から誰かが……


「? どしたの?」

「い、今、誰かが見てたんだっ!!」

「うん?」


 凪羅は席から立って扉を開けたのだが、こちらに振り返って言った。


「誰もいないじゃん」

「え? でも確かに……」


 俺も席から立って確認したのだけど、そこには誰の姿もなかった。


 おっかしいなぁ……。


「ハナっちの勘違いじゃね?」

「そうかな……?」

「そうだって♪」

「うーん……」


 に落ちないが、扉を閉めて自分の席へと戻ったのだった。




 それから俺が凪羅に連れて来られたのは、なんと、学校の敷地内にあるカフェだった。


 名前は、『マーガレット・フィリア』。


 豊富なランチメニューや季節限定のスイーツなどが食べられるということもあって、学生たちに人気が高いらしい。


 と、まぁ説明はこれくらいにしておいて……学校と同じ敷地にカフェがあるって、普通に凄くねっ? ただただびっくりなんですけど。


「そんじゃ、入ろっか」

「う、うん」


 凪羅が扉を開けると、カランカランと来店を知らせる鈴の音が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 中に入った俺たちを出迎えたのは、店の名前が入ったエプロンを着たお姉さんだった。


「二人なんですけど」

「二名様ですね、こちらです」


 店員のお姉さんに案内されながら、俺は店の中を見渡した。


 店内は落ち着いた雰囲気で、クラシックなBGMが流れている。


 放課後ということもあってか、学生の姿がチラホラ。


 なんだろう……初めて来たはずなのに、何度も来たことがあるような懐かしさを感じる。


 ……そっか、家の近くにある喫茶店に雰囲気が似てるんだ。


『ちなみに、ここだけの話なんだけどー……食堂の無料パスはここでも使えるよ』

「マジっ!!?」

「ん?」

「あっ。な、なんでもないでーす……」


 それから窓側のテーブルに案内されたので席に着くと、店員のお姉さんが水とメニュー表を持って来た。


「ごゆっくりどうぞ」


 ペコリと一礼してカウンターの方へと戻って行った。


「よっしゃ、じゃあなににしよっかな~」


 凪羅は、子供のような無邪気な笑顔でメニュー表を眺めていた。


 魅力的なラインナップが並ぶと、なかなか決められないんだよなー。


「えっとー……パフェは絶対頼むとして……後はケーキのセットと――」

「あははは……ほどほどにね……」


 そんなこんなで注文を済ませ、一段落っと……。


 俺はカフェオレ、凪羅はメロンソーダと特製パフェを注文した。ケーキのセットはまた今度頼むようだ。


 ふぅ……。俺としたことが、なにを頼もうかで悩んじまったぜ……。


『ハナちゃんは、実は優柔不断だったりする』


(そこは俺と同じなんだな)


『共通点は必要だからね』


(そういうもんなのか?)


『うんっ』


(ふーん。あ、というかさっきまで無言だったけど、なにしてたんだ?)


『ただ寝ていただけだよっ』


(ふーん。そうなんだ)


 この前の嘘寝うそねと違って神も寝るんだな。


 そんなことを思いながらぼーっとすること、数分後。


「お待たせしました」


 注文した品がテーブルに運ばれた。


 おぅ……SNS映え間違いなしだな。


 ストローを回すと、コップの中でカランカランと氷の心地いい音色が立った。


 じゃあ、まず一口…――


「ねぇあれって、はるっちじゃね?」

「うん?」


 凪羅が指差した方に振り返ると、ピンク色のブックカバーの本を抱えた天霧さんが入り口のところで立っていた。


(天霧さん……)


 すると、その声が届いたのか、こちらに気づいて微笑んだ天霧さんは俺たちのテーブル席へとやって来た。


「お二人もこちらへ?」

「まあね~♪」

「はっ、はい!」

「ふふっ」


 ……ま、また笑われてしまった。まぁいいんだけどね、えへへっ……。


「せっかくだし、はるっちも一緒にお茶しな〜い?」


 ……っ!! 凪羅ナイスッ!


「天霧さんっ、どうぞどうぞ!」

「そうですか? では、お言葉に甘えて」


 天霧さんは本を閉まったカバンを足元の荷物かごに入れると、俺の隣の席に座った。


「いらっしゃいませ」

「アイスティーをお願いします」

「かしこまりました」


 注文を取りに来たお姉さんが去ると、天霧さんはこちらを向いた。


「まさかお二人がいるとは思っていませんでした」


 天霧さんを見れば見るほど、胸のドキドキが加速する。


 これが……恋?


「天道さん?」


 天霧さんは徐に首をコクリとかたむけた。


 その仕草に俺の心は……それに、うっ……彼女のオーラが眩し過ぎて、直視できない……っ。


 女神様は本当にいたんだなぁ。


『神様がいることもお忘れなくー。まぁ、ハナちゃんには見えてないんですけどねー♪』


 えへへへっ。


『うん? ハナちゃん? おぉーい』


 さっきから幸せ過ぎてニヤニヤが止まらん。もう、どうにかなっちゃいそうだ……。


『じゃあ、どうにかなってみる?』


 えへへ……え?


 ――パチンッ。


 うん? ……な、なんだ!? 急に体が熱く……っ。


 カアァァァ……ッ。


「どうしたのですか、天道さん? 顔が赤いですよ?」

「え……っ」


 彼女に言われるまで気がつかなかった。自分の頬が……真っ赤に染まっていることに……。


「…………っ」

『ふふっ』


 ――パチンッ。


 ……あ、あれ?


 さっきまでの火照った身体が、なにもなかったかのように元に戻っていた。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫か?」

「!? だっ、大丈夫っ! ほら、なんともないからっ!?」


 二人が心配そうな顔をしていたので、あわあわしながら返すと、


「ふふっ」

「あははっw」


 二人はその様子が可笑しくて笑みを浮かべた。


 はっ、恥ずかしい……。


「ああぁー腹痛はらいてぇ~w」


 ………………。


 こ、ここは取り敢えず、話題を振って話を変えるとしよう。


 後、凪羅、声が大きいから周りの人たちが見てるぞ。


「あぁーえっと……天霧さんは、ここは初めてなんですか?」

「いえ、入学式の日にたまたま見つけて、そのときに」

「そ、そうなんですね……」


 どうりで注文に迷いがなかったわけだ。


 それから数分後。


 注文したアイスティーが運ばれて、三人で何気ない会話を楽しんでいると、唐突に凪羅が尋ねた。


「ねぇーはなっち、さっきカバンに入れたのってなんの本なの?」

「えっ。あ、あれは……」


 不意の質問だったからか、天霧さんは一瞬の間の後、


「てっ、哲学の本……ですっ」


 と珍しく慌てた声で言った。


「へぇー。やっぱ頭の良い人は違うなぁー」

「あははは……」


 うんうんと頷く凪羅を見て、なんともわざとらしい笑い声の天霧さん。


「?」


 俺がじーっと見ていると、ふと目が合って、


「? あの、私の顔になにか?」

「いっ、いや、なんでもないです……っ!」


 あの本、ちょっと気になるけど。


 この時間が最高過ぎるから、なんでもいいやっ♪

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