第3話 お嬢様学校の朝

 心地いい日差しと雲一つない青い空。


 一番と言っていいほどの散歩日和さんぽびよりだな。


 こういう日は芝生しばふに寝転がりながら、ぼーっとしていたいのだけれど。


 まぁ、そういうわけにもいかず…――。


「はぁ……」


 まさか、女の子の格好で外を歩くことになるなんて……。

 

 昨日までの自分が見たら驚くだろうな。


「…………っ」


 それにしても、歩くたびにワンピースの裾が太股に当たって、恥ずかしさを通り越して変な気分だ。


 スースーするから気が気でない。


 こんなヒラヒラしたものを毎日履いて…――


『一真~っ』

「っ!!?」

『あれれ~、どうしたの~? 顔が真っ赤だぞ~?』

「…………っ」


 すぐにでも言い返したいところではあるけれど。


 この世界がこいつの手の中にある限り、今は『天道ハナ』として生活するしかない。


『よくわかってるじゃないかっ♪』


 ……心の声も丸聞こえか、プライバシーもあったもんじゃない。


『えへへっ。その制服、よく似合ってるよ~?w』

「……ふんっ」

『おっ、ツンデレっ子もいいね~』

「…………」


 そんなやり取りをしながら歩いていると、目的地である学校の校門の前までやって来た。


 そこは、地元では有名のお嬢様学校だった。


 地図通り来たのだから、間違いない。


 周りでは、自分と同じ制服を着た女の子たちが次々と中へ入っていく。


 歩くときの姿勢が綺麗で、尚且なおかつ品のある人たちばかりだった。


 俺、ほんとに今日からここに通うのか?


『そうで~すっ』

「…………」

『ニコニコッ♪』


 行くしかないなら、行ってやるよ。出たとこ勝負だっ。


「はぁ~……ふぅ……」


 一度深呼吸をして、俺は中へと入ったのだった。




 それから入学式が行われるという大きなホールに移動して待つこと、二十分。


 会場内の明かりが暗くなると同時に一人の女性が登壇すると、会場内が緊張した空気に包まれた。


 こういうときって自然と背筋が伸びるんだよな。


「みなさん、ご入学おめでとうございます」


 壇上で話を始めた女性は、どうやらこの学校の校長らしい。


 雰囲気からだけでも感じる圧倒的なオーラと、人を惹きつけるあの美貌。


 一体、いくつだ? パッと見ただけなら母さん(四十ピー歳)くらいだと思うけど。


 ……よく見たら、学生が全員女性なのはわかるけど、教師陣も全員女性という。


 今、壇上で話をしている校長も女性だし。


 もしかして、男子禁制なのか、ここは?


『そのまさかだったり』


 マジで?


『学生の自主性を尊重する分、他より色々と厳しい部分もあったりする』


 なんかイメージ通りだな。


 まぁ、ここに来る人って大体、どこかの名門中学の出身とか、英才教育を受けて来たとか、そんな感じだろ?


 周りを見る限りみんな頭良さそうだし、なんというか、面構えが違う。


 それもあって、場違い感が…――


「――新入生代表、天霧遥香あまぎりはるかさん」

「はい」


 司会進行の女性に名前を呼ばれ、一人の少女が壇上に上がった。




 ――――――――――――――――――。




 うわぁ……綺麗……。


 周りの席からも、俺と同様の声が聞こえた。


 ツヤのあるロングの黒髪。


 凛としたオーラを漂わせながら、見る者を魅了するその整った顔立ち。


 そして、あの美しい佇まい。


 ワンピースから伸びる脚は、モデルのように長くて華奢だ。


 この会場の中で、一人だけ住む世界が違っていた。同い年にはとても思えない。

 

 そんな彼女はマイクの前に立つと、


「新入生代表の天霧遥香です」


 透き通った声が、マイクを通してホールにいる人たちを包み込む。


「…………」


 天霧……さん……。


 それから一言一句いちごんいっく、彼女が話し終えるまでその姿に見惚れていると、


『ふふふっ。――続きまして』


(……? 今、なにか――)


「続きまして、この度の入学試験を主席で合格された…――天道ハナさん。壇上にお上がりください」


 すると次の瞬間。盛大な拍手が会場内に響き渡った。


(へぇー。主席で合格かー……って、え?)


 周りを見渡すと、全員が自分の方を見ていた。


 …………まさか。


(……やったな?)


『えへへっ、やっちった♪』


(こ、この野郎……っ!)


「天道ハナさん、壇上にお上がりください」


 進行役の女性から改めて呼ばれたので、渋々席から立つと、また一際大きい拍手が巻き起こった。


 おっ、俺が……主席!? 一体、どうなってるんだ!?


(かっ、神様……)


『…………』


(神様……?)


『………………Zzz』


(ッ!!? ねっ、寝てやがる……だと!?)


 噓だろ? 嘘なんだよな? 嘘って言ってくれよ!?


 今も鳴り止まない拍手。


 行くしかないよな……はぁ……。


「すっ、すいません、通りまーす……」


 横の学生たちの前を通り、薄暗くて少し見えにくい階段を降りていく。


 うぅぅぅーっ。


 こんなに注目が集まったこと、今までないぞ? みんなが俺を見ている。


 そっ、それに……壇上でなにを話せばいいんだ!?


 というか、天道ハナ凄すぎじゃね? ここって確か、かなりレベルが高かったはずだ。


 もし、俺と能力が全く同じだとするなら、どれだけの努力をしたって言うんだ?


 そんなことを考えながら階段を下ると、ついに壇上の下までやってきた。……やってきてしまった。


 ブルブルブル……。


 震えが止まらねぇ……。


『Zzz……』


(後で覚えてろよ…――)


 そのとき、そっと誰かが囁いた。


「緊張なさらなくても、大丈夫ですよ」

「え……」


 声のした方を見ると、さっき壇上に立っていた天霧さんだった。


 彼女は、こちらを見て「ふっ」と笑みを浮かべると、自分の席へと戻って行った。


 その後ろ姿を見つめながら、自分の心がぽかぽかと温かくなった気がした。


 さっきまでの緊張が嘘のようだ。


 これが一目惚れというやつなのか。


(……よし、行きますかっ!)


 決意を胸に、俺はゆっくりと階段を上がっていく。


 なにを言えばいいのかは正直わからないけど、まぁなんとかなるだろう。


 彼女も見ているんだ。こんなところで無様ぶざまな姿を見せるわけには…――


『フフフッ』




 ――――――――――――――――――――――――。




 ……あれ? あれれ?


 目まぐるしく変わる景色。そして、次に俺が目にしたのは……ホールの天井だった。


(あはは……やっちまった……。気合を入れたのに、まさか階段を踏み外すなんて……)


 それに……なんだか……段々と意識がとおのいて…――

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