第九話 敵地

――再び揺れ動く心

           彼は何を選ぶのか?――


  *


 アネットとリョウが偽名で挨拶を済ませると、アリスも簡単な自己紹介をした。

 アリス・イキルシカは生存協会の現副リーダーだった。不死戦線から生存協会へ入ったイキルシカ姓の男性と結婚し、イキルシカ姓となったらしい。そんな縁があり、今は生存協会の副リーダー兼、グループの調停役を引き受けているそうだ。

 リョウは両親の仇であるフレーキはどうしたのだろうかと考えていた。当時はフレーキが副リーダーだったので、目の前のアリスが副リーダーとなっている今、生存協会にいないのか、他の役職についている可能性が考えられる。

 アネットは両親の仇は分かっていないため、幹部の人間は誰でも仇である可能性を秘めて、アいると考えられ、それは目の前のアリスも例外ではなかった。

 サクラは目の前にいる馬は食べ応えがありそうだと考えていた。

 二人と一匹は、アリスと共に生存協会を目指す。


  *


 アネット・リョウ・アリスの三人は馬車の荷台に乗り、サクラはリョウの上に乗って生存協会を目指していた。

「二人はどうして生存協会に入ることにしたの? ちなみに、私の夫は不死戦線にいたときに妻を亡くちゃって、不死戦線にいるのが辛くなったんだって。それで生存協会に来て私と出会って、そんな夫がいたから、私は副リーダーなんて役職になれたのかもしれないわ。……なんて、自分語り」

 アリスは恥ずかしそうに、しかし誇らしそうにそう告げた。アネットたちを和ませようとしてくれているのが伝わってくる。

(生存協会へ入る理由か……。生存協会への復讐だなんて答えられないけれど、特にないっていうのもよくないかもしれない)

「僕たちはその逆、といいますか、バネッサと結婚して新生活を営むにあたって、環境から変えたいと思っていたんです。そんな折に、シュナウドさんから生存協会への編入の話しをもらって、じゃあ行ってみようかと。ね、バネッサ?」

 リョウが機転を利かせて答えた。

「ええ。最初は驚いたんですけど、新しい場所で心機一転っていうのも、悪くないかなって思えたんです」

「そう、微笑ましい理由で良かったわ。何も考えずに聞いちゃったから、もしかしたら悪いことを聞いたかもと心配しちゃった。でも、そういうことなら生存協会はぴったりかもしれないわね。最近は出産も何件かあって、和やかなムードなのよ? あなたたちも、暮らしが安定したらそういうことも考えてみて? ……かくいう私も頑張ってはいるんだけど、なかなか上手くいかなくてね。こんな世界だから、若くたって咎められないし、むしろ喜ばれるわよ」

 そう言われ、二人は顔を見合わせる。

 リョウの頬は久しぶりに赤くなっていた。

「リチャードは、こういう話は得意じゃないかしら? でも夫婦なんだから、あなたが色々と考えなきゃね。……こんなこと言ったら、セクハラになっちゃうかしら? でも、今じゃ訴える裁判所がないか。……そういえば、裁判って言葉で思ったんだけど、バネッサは結婚する前、なんてファミリーネームだったの? いえね、友人が離婚するとき、子供のファミリーネームで争ってたのよね……。改めて考えると、新婚のあなたたちに振る話じゃなかったかもしれないわね。あ、ちなみに私はアリス・ブラウンでした」

 旧姓を考えておけと言ってくれたシュナウドに、アネットは感謝した。

「マイルドです。バネッサ・マイルドでした」

「マイルド! 聞いてみてよかったわ! 生存協会にも夫婦が一組いるの。私の友人なんだけれど、もしかしたら親戚かもしれない! こんな世界だし、縁は大事にした方がいいから会ってみるといいかもね。でも、困ったときはまず、イキルシカの私を頼ってね」

 アリスはそう言ってウィンクをした。

「ありがとうございます」

 もしかしたらメグの親戚かもしれないとアネットは考えた。メグの形見を見せて反応があれば、メグを知っている人になるだろう。とはいえ、そんな風に繋がりを作ってしまうと、親戚関係を詳しく聞かれてボロが出る可能性もあるだろうか?

「それで、質問ばっかりになっちゃって悪いけど、この子の名前は?」

 アネットが考えていると、アリスがサクラを見て言った。

「ワン!」

(サクラの名前も変えた方がいいのだろうか?でも、違う名前を呼べば、サクラは反応しないかもしれない)

「セイクリッドです」

 微笑みながらリョウが答えた。

(セイクリッドなら、サクラは自分が呼ばれていると思い、人間はセイクリッドだと思うだろう……か?)

「そう、セイクリッドです。ね、セィクリッ?」

「ワン!」

 サクラは元気よく答えてくれた。

「あら、いい名前ね。聖なるワンちゃんに拝んでおこうかしら」

 アリスはそう言うと、拝むように手をこすり合わせるのだった。

 それからも、なんてことない身の上話をしながら、馬車に揺られて生存協会を目指した。


  *


 夕方ごろ、無時に生存協会へと到着した。

 周囲を高い壁で囲っており、不死戦線よりも警備が厳重であることが一目で分かった。入り口には鉄製の門があり、両脇に建てられた高台からは銃を持った兵が見張っている。

「アリスよ、帰って来たわー。開けて欲しいのだけれど」

「ああアリスさん、お疲れ様です。おーい開けてくれー」

 見張り兵が門の内側にいる門番に声をかける。扉の開閉にまで人員が割かれていることに、生存協会の大きさとセキュリティー面の高さが感じられた。

 ガチャガチャと金属音が聞こえ、門が開かれる。

「さぁ、改めて生存協会へようこそ、バネッサ、リチャード。リーダーと対面してもらうけど、その前にあなた達の新居を見せておこうかしら。歓迎する気持ちを示すことも大事でしょうからね」

 そう言うと、アリスは家への案内を始めた。

 町の中心部に向かって移動していると、住人が広場で洗濯をしていたり、家具を作っている姿が見受けられた。また、食事は何家庭分かをまとめて作っているようで、その香りが漂ってきていた。アネットには分からなかったが、リョウはその匂いに腹が空いてくる。

「スパイスのいい香りがしますね」

「ええ、畑で育てているのよ。今夜はあなたたちの歓迎会を開く予定だから、楽しみにしておいてね」

 町の様子を眺めながら歩いていると、喧騒が聞えてきた。

「マイルドさん家に子供が生まれたぞ!」

 騒ぎの中心に近づいていくと、そんな言葉が聞こえた。

「少し、顔を出してみる? さっき話したマイルド家だし、母親は私の友人だし、紹介するわよ?」

 アリスが笑顔で提案する。おそらく、アリス自身が顔を出したいという気持ちもあるのだろう。

 どうするべきか迷っている間にも、生存協会の住人たちは新たな命の誕生を祝うため、続々とマイルド家へ集まっていった。

「どうする、バネッサ?」

 リョウはアネットに判断を託した。アネットは自分たちがこれから住むことになる家を見る方が先決なのではないかと考えていた。いや、そう考えようとしていた。

(私は無意識のうちにメグのことを、クラスメイトを食べたことを忘れようとしているのかもしれない)

 アネットはゾンビとして目覚めたときのことを思い出し、メグのチョーカーに触れた。

(不死戦線という平和な世界から、私たちはもう抜け出したんだ。自分から積極的に動いていかないと)

 マイルド家と仲良くなっておくことは、大切なことだと感じられた。

「新たな命の誕生なんて、とても素敵なことだと思います。町中の人が祝福しているようですし、生存協会は本当にいい組織のようですね。よそ者がいきなり訪ねても大丈夫なら、是非案内して欲しいです」

 アネットは笑顔でアリスに答えた。


  *


「おめでとう」「女の子だって!」「仲間がまた一人増えたな」「赤ちゃんもお母さんも、頑張ったね」「この子の名前は?」「可愛いなぁ」

 マイルド家は祝福ムードに満ち溢れていた。

「この子の名は……メグです。メグ・マイルド。生き別れになった、この子のお姉ちゃんの名前なんです」

 泣きながら母親はそう語った。

 アネットはメグの母親に会ったことがなかったのだが、赤ん坊を抱える笑顔には親友の面影がうっすらと見えた。それは、娘と生き別れたことに一度絶望しながらも、再び前を向くことを決めた笑顔だった。

 アネットはメグのチョーカーを外すと、ポケットへしまった。

「「おめでとうございます」」

「あら、あなたたち、はじめて見る顏ね?」

 メグの母親にそう言われ、すかさずアリスが紹介してくれた。

「そうなの。今日新しく生存協会に入って来た夫婦なのよ。メグちゃんと一緒の日に生存協会の仲間になった、リチャードとバネッサ。ちなみにね、バネッサのファミリーネームはマイルドだったのよ。今は、リチャードと結婚して私と同じイキルシカ」

「あら、なんだかすっごい縁があるみたい。……実はね、この子のお姉ちゃんの親友も、イキルシカだったの。残念ながら、私は仕事が忙しくて会ったことがなかったんだけれどね。なんだか運命めいてるわ! これから、メグともどもよろしくね」

 潤んだ瞳で優しく微笑みかける母親に、アネットは映画のあとで泣きながら感想を伝えてくるメグを思い出した。

(メグと、メグのお母さんと、赤ちゃん、目元がそっくりだ)

「はい! よろしくお願いします、バネッサ・イキルシカです! メグちゃんも、よろしくね」

 アネットはメグに触れることはせず、手を振って笑いかける。

「リチャード・イキルシカです、これから生存協会でお世話になります。どうぞよろしくお願いします」

 二人が挨拶をすると、初老の男性が奥から出てきた。メグの父親なのだろう、鼻筋と輪郭がメグと似ている。

「ようこそお二人さん。生存協会は生きやすい場所だと思うよ。ここで生きていくなら、色々なことを諦めなくていいかもしれない。まぁ、幸せには個人差があるけれど、可能性があるのは素晴らしいことだと思う。……なんて、言わせてもらうよ」

 父親はそう語ったが、その表情には少しだけ陰りが見えたような気がした。メグのことを思い出していたのだろうか。

「色々と、前向きに考えていきたいと思います。ね、リチャード?」

 アネットはリョウに腕を絡ませる。

「そうだね、バネッサ」

 リョウは頬を赤らめながらそう答えた。

 アネットは、本当にリョウとそんな仲になれたのなら幸せなのにと思った。


  *


「ここが、これからあなたたちが住む場所よ」

 案内された家は二人で住むのに丁度よい、申し分ない広さの家だった。とはいえ、不死戦線で住んでいた町はずれの家に比べれば小さくはなってしまう。だが、前の家よりも内装はしっかりとしていた。二人が入居するにあたり、綺麗に清掃もしてくれたようだ。

「いいお家ですね」

「気に入っていただけたら幸いね」

「いいんですか、こんな家をいただいてしまって」

「ええ、丁度空いてね。まぁ、あと一軒住める家が空いてるには空いてるんだけど、そっちは中心部からは外れた場所なのよ。でも、大きさはこの家よりも断然大きいかな。そっちに変更もできると思うけれど、見に行ってみる?」

 そう言われて考える。中心部より少し外れた場所の方が、情報収集をしていても怪しまれないだろうか?また、サクラの様子も気になるため、人の多い中心部よりも少し外れた場所の方がいい気もした。

「リチャード、どうする?」

「……セイクリッドもいるので、町外れの方がいいかもしれないです。……一つ質問なんですが、家の場所で仕事が変わったりするんでしょうか?」

 サクラについて、リョウも同じように考えたようだ。

 また、仕事についても気になるところである。不死戦線で住んでいた家は墓守の仕事があるから住んでいたのである。そこまでのものはなくとも、多少なりとも仕事の種類は変わるかもしれない。

「うーん、基本的な仕事はローテーションされるからどこに住んでいても変わらないけど、住んでいる場所が近い人は家事分担なんかで会う機会が多いかもしれないわね。というのも、炊事や洗濯の役割分担に関わってくるのよ。ちなみに、この辺の土地は比較的最近生存協会に来た人たちが多くて、もう一軒は昔から生存協会にいる人たちが多いかな。だから、こっちの方が受け入れられ易いと思う。でも、君たちが生存協会の中でコネクションを作りたいのなら、もう一軒の方もありかもね?ちなみに、私の家もそっちにあるわ。ふふふ、こういう話って楽しいわよね」

 生存協会のことを詳しく知れるのなら、有力者の近くに住むというのも魅力的に思えたが、それは同時に自由に動けなくなるリスクも考えらる。

「……じゃあ、お手数おかけしますけど、もう一軒の家も見学してから決めていいでしょうか? それこそ、将来的に家族が増える可能性もありますし」

 リョウはどちらも選べるように交渉を進める。

「大丈夫よ、是非迷ってくださいな。じゃあ、ひとまず荷物は一旦ここに置いて、リーダーに顔出しをしてからもう一軒に行きましょうか」

「「ありがとうございます」」

 二人は荷物をリビングに置いた。

「あ、セイクリッドはどうしましょう?この子も挨拶した方がいいですか?」

 いきなり犬を連れていくのは迷惑な気もするため、アリスに聞く。

「この家にお留守番の方がいいかも。実はね、リーダーはあんまり犬が得意じゃないみたいなの。なんでも、小さい頃に犬に襲われたとかでね」

 ということで、サクラは首輪をつけて、この家で待っていてもらうことにした。

(それにしても、リーダーは犬が苦手か……)

 もしかしたら、ゾンビ犬の存在を知っていて犬には近づかないようにしている。なんて可能性があるのかもしれない。


  *


 町をしばらく進んでいくと、大きめの屋敷が数軒見えてきた。その中でも一際大きな家の前でアリスは立ち止まる。

「ここがリーダーの家。グループの長には、大きい家に住んで威厳を出してもらわないとね。彼は元々、もう少し中心部の家に住んでいたんだけれど、リーダーになった際にこっちに越したんだ。じゃあ、入ろうか」

 アリスが玄関のチャイムを押すと、綺麗な若い女性があらわれた。

「いらっしゃいアリスさん。……そして、こちらが新人さんね?」

「はい、リチャード・イキルシカです。こっちが妻のバネッサ・イキルシカ」

「妻のバネッサです、よろしくお願いします」

「……よろしくね。あたしはリーダーの娘のカタリナ・トラウム」

 カタリナは手を差し出した。リョウとアネットはそれに応えて握手をする。

「出迎えありがとうカタリナ。それで、今リーダーは時間ある?」

「うん、大丈夫。あの人はいつも通り奥の部屋にいるけど、手前の部屋がちょっと散らかっているから、キッチンの方から回ってくれる?」

「分かったわ。それじゃあ行きましょう」

 アリスについていき、カタリナの言った通りにキッチンを経由してリーダーの部屋へと向かった。


「初めましてお二人さん、そしてこれからよろしく。生存協会でリーダーをやらせてもらっている、アクセル・トラウムだ」

 部屋には椅子に座って銃の手入れをしている男がいた。顔に髭は生えておらず、こんな世界でも身だしなみに気を使っているようだ。落ち着いた柄のシャツにジーンズを履いている。

 リーダーがリョウの仇のフレーキという男でなくて良かったと思うが、目の前にいるリーダーは、リョウが生存協会にいた頃から変わっていないのだろうか?

 もし、リーダーも副リーダーも変わってしまったのなら、ハナの手掛かりが見つからないという恐れがあった。

「……初めまして、リチャード・イキルシカです」

「妻のバネッサ・イキルシカです」

 そう答えると、アクセルは隠そうともせずに怪訝な顔をした。

「イキルシカ? おいアリス、お前の親戚か?」

「それは分からないけれど、不死戦線のシュナウドから託されました。紹介によると、リチャードは鼻が良く効いて、調達では他の人間が見落とすような物資も目聡く発見し、ゾンビの接近をいち早く察知する、弓の名手とのこと。バネッサは不死戦線で飼い犬と墓守をしていて、死体の解体や埋葬はお手の物みたい。あと、気配を消す達人らしいわ。……遺体の処理係は少なくなりがちだから、やってくれるなら助かるわね。バネッサ、その辺の仕事はどうかしら?」

 アリスが簡単ながらも好意的な紹介をしてくれた。

 だが、リョウの鼻が利くというのをアネットは知らなかった。ゾンビの自分が一緒に住んでいるのに、鼻がいいというのは辛くはないのだろうか? と考えたアネットだったが、実際のところはアネットが定期的にゾンビを食べるため、リョウはその匂いによって鼻が敏感になっているのだった。

 アネットが考えていると、アクセルが口を開いた。

「おいアリス、勝手に話を進めるなよ? 何のために新人を俺の家に連れてくるのか分からなくなるだろ?」

「ああ、ごめんなさい。それじゃあ二人とも、まずはアクセルの話を聞いてね」


「じゃあ、ここで生きていくにあたっての簡単な説明をしていく。まぁ、不死戦線とそんなには変わらないだろうが、しっかりと聞いてくれ」

「ここでの仕事はローテーションが基本だ。家事、調達、巡回、畑仕事など様々なものがある。その中で、男にしか回ってこないものもある」

「で、その男にだけ回ってくる仕事が調達だ。だが、男しか参加できないわけじゃなく、家族は希望があれば共に調達に出られる。つまりお前ら二人の場合は、リチャードが調達に出る時に、バネッサがそれについていくのは可能ってことだ。まぁ、事前申請が必要だけどな」

「他の仕事も説明しておくか。炊事や洗濯なんかの家事は家単位で行ってもいいんだが、近隣の家で集まって行うことが出来るんだ。それに参加すれば、家事が仕事のローテーションに組み込まれて、畑仕事や埋葬なんかの力仕事の割合が減る。それは逆もまた然りで、家事は苦手だから力仕事の割合を増やして、炊事洗濯は人に頼むってやつもいる。まぁ、なんにしてもギブ&テイクが基本だ」

「巡回は、文字通り町中を歩き回って何かあった時に対処するっていう仕事だな」

「また、怪我や病気、身体に障害があったり、妊婦だったりは仕事の免除もある。できること、できないことの具体的な申請が必要だけどな。その申請が受理され次第、適した仕事が組まれて一部の仕事や家事は免除される」

「まぁ、こんなところか。何か質問はあるか?」


 アネットが質問を探していると、リョウが口を開いた。

「他の家の方との仕事って、他にもありますか?」

 不死戦線ではあまり積極的な交流は考えずに生きてきた二人だったが、生存協会ではそうも言っていられないだろうと、出発前に話し合っていたのだった。

「定期的に人を集めての話し合いがあるな。近隣の家に住む人間同士で話すことも多いが、町の中で女だけをピックアップして話し合ってもらったり、障害者に話を聞きに行ったり、調達メインの人間と家事メインの人間を話させてみたりと工夫はしている。だが、基本的には家事分担で会うくらいだな。家族だけで回せる家事であっても、周囲の住人と関わるために、あえて家事グループに入っている家も少なからずある。だが、特定のグループばかりで動くのは意見が偏るので、他の仕事のローテーションは変則的に組み合わせるようにしている」

 組織内での風通しの良さを重視しているようで、不満は大きくなる前に可能な限り潰す努力をしているようだ。

「仕事や家事以外に、何かイベントはありますか?」

「イベントって言えるかは分からねぇが、数カ月に一回家畜を潰して振舞うから、多少祭りみたいにはなるかな。あと、去年のハロウィンはカボチャを食べる祭りになったし、それこそクリスマスにはニワトリを振舞った。新年は特段祝ってないな」

(……家畜がいるのか。馬やニワトリ以外には何を飼っているのだろうか? 町中は特に臭わなかったようだけれど、どこで飼っているんだろう)

 アネットは家畜について考えていた。

 ちなみに、なぜアネットが町中で家畜の臭いがしなかったことを分かっていたのかというと、アネットが知覚できない臭いや味は、リョウが会話の中で感想として伝えることになっていたからである。町に入った時に、リョウがスパイスの香りに言及したのも、アネットにそれを伝えるためでもあったのである。

 アネットは、そんな家畜についての疑問をアクセルにぶつけてみることにした。

「ニワトリと馬以外にも何か飼っているんですか? その世話をする仕事もあるんでしょうか?」

「あー、この町から少し離れたところに牧場があってな、生存協会はそこを守って来たんだ。他の牧場なんかはゾンビやら暴徒によって荒らされちまったが、生存協会には今でもニワトリに豚、牛だって飼っている。繁殖させながら少しずつ消費しているが、卵と牛乳は定期的に配給しているから楽しみにしておいてくれ。また、仕事に関しては、牧場は信頼できる人間が専門でやっているから、ローテーションには含まれないし、牧場の場所も一般住人には教えていない」

(卵と牛乳があれば、リョウに作ってあげる料理の幅が広がるな)

 また、牧場があるのなら、そこでゾンビ犬を飼っている可能性もあるかもしれないとアネットは考えた。考えながら、アネットは質問を続ける。

「あの、調達は具体的にどんなことをしているんですか? 民家やショッピングモールはもう調べ終わっていると思いますし。保存食もそろそろ期限が切れ始めると思います」

 アネットの指摘に、アクセルは少しだけ渋い顔になって頷いた。

「あー、妥当な疑問だな。調達としての食料の確保は、野生動物の狩猟と野草や果実の採取をしているんだが、実際のところは調達という名前なのにゾンビを狩るのがメインの仕事だ。実際問題、食料は畑仕事でほとんど賄えていて、トウモロコシや小麦、ジャガイモなんかの炭水化物を優先してい育てているな。野菜も季節によって何かしら植えている。あとは、元々オレンジが植わっていたのと、最近ぶどうが育ってきたところだ。作物は少し丘になっているところで育てているので、日当たりも地質も良好だ。見晴らしもいいから、作物を盗む人間も出にくい」

 食料に関しても、不死戦線とほとんど変わらないようだ。それでも、生存協会は土地が広いので、人口が多くても食料の余裕がある程度はあるようだ。

「今まで、作物を盗むような人がいたんですか?」

 リョウが何気なく聞いた。

「それを聞いてどうする? と言いたいところだが、話しておくことがあったな。不審な住人を発見した際は巡回している人間に通報してくれ。また、おかしなことをすれば通報されると思え。監視社会とは言わないが、自浄作用は必要だからな。規範を乱す行動には罰則を、通報者には報酬が与えられる」

 住人同士が相互に見張ることは自警にもなるとともに、組織の幹部に対しての不満が溜まる恐れも取り除けるだろう。

「罰則や報酬……。罰則を受ける具体例なんかも聞けますか?」

「それこそ、作物を勝手に持ち去ったり、人から物を盗んだ場合だな。そんなことはまずないが、慢心は事件に繋がるからな。罪が重ければ、死刑だって致し方ないと考えている。報酬は食料の追加支給や仕事の免除権、村での役職ってところだな。なんにしてもこんな世界だ、安心は禁物ってことだな」

 報酬を得るために他者を落とし入れる可能性があることに、アクセルは言及しなかった。そこまでは考えていないのか、あえて話さないのか。

「ついでに話しておくと、他にも領土を広げるために壁の拡張と補強をする仕事なんてのもあるが、そういった特殊な仕事は専門職だ。現場からの要請がない限りは関係ないだろう。……色々と話したが、他にも質問はあるか?」

 アクセルはそろそろ会話を終わりたいという雰囲気を込めて言う。アネットは特に質問したいことが思い当たらず、となりを見るとリョウも小さく頷いた。

「特にありません」

「そうか。じゃあ、じきに仕事も伝えられるだろうから、少しでも馴染めるように、近隣住民と交流するといいだろう。ええと、家は中心部の空き家だったか?」

 アクセルの言葉にアリスが答える。

「その件だけど、この近くの空き家をこのあと見学してどちらか決める予定なの。犬も飼っているので、家が広くて人通りの少ないこっちの家の方がいいかもしれない」

「なるほど、悪くない選択かもな。だが、この辺りの連中は新入りを警戒するだろうから、気をしっかりな。……それにしても犬か、昔から飼っているのか?」

 苦手というだけあって、気になるようだ。

「はい。ずっと一緒にいる子なんです」

 アネットは笑顔でそう答える。

「……そうか。まぁ、どちらに住むにしても、これからよろしくな」

 そう言うと、アクセルは手を伸ばしてきた。

 アネットは手を握り返し、礼を言う。

「はい、よろしくお願いします。アクセルさん」

 アネットとの握手が終わると、アクセルはリョウへ手を差し出した。

「よろしくお願いします、アクセルさん。多分、この周辺の家に住まわせてもらうと思います」

 リョウがアクセルの手を握りながらそう言った。中心部の家よりも利点があると判断し、アクセルに伝えておこうと考えたのだろう。

「だそうですよ。仲良くしてあげてくださいね、リーダー」

 アリスが笑顔で言った。

「……おう。じゃあ、俺もそのつもりでいるとするか。これからよろしくな、おとなりさん」


  *


 二人はアクセルの家のとなりにある大きな家へと通された。内装は綺麗に整っているが、物置として使われていたようで家具は埃をかぶっていた。

 どちらの家に住むのかを決めるため、もう一度二人で話し合う。

「リョウどうするの? こっちの家もいいけれど、リーダーのとなりの家っていうのはよくないかもしれないよ? それに、いきなりこんな大きな家に住んだら、なんて思われるか分からない」

 アネットは思ったことを率直に告げる。

「いやアネット、やっぱりこの家に住もう。多少警戒されるのは、不死戦線から入ってきた時点で分かっていたことだ。この際どこに住んだって同じだよ。むしろ、こんなところに最初から住めるのは運がいい」

 少しずつ語気が荒くなっていくリョウに、アネットは違和感を覚えた。

「……うん。リョウがそれでいいと思うなら、この家でいいんだけど。どうしたの? 何か他に、理由があるんじゃない?」

「……うん。どうやら僕は、仇の名前を間違えて覚えていたみたいなんだ。妻がいなかったし、娘も成長していたからすぐには気付かなかった。でも、顔を見たらすぐに分かったよ。さっき会ったリーダーで、これから隣人になる男が当時サブリーダーだったアクセル・トラウムだよ。フレーキっていうのは、僕の父が付けたあだ名だったんだ。僕の両親は、あの男に殺された」

 リョウは、酷く落ち着いた声でそう言った。

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