第六話 日常
――この世界で生きるとして
それはいったい何のため?――
*
両親からの手紙について、アネットなりに整理をした。
・リョウが幼馴染のキャシーだったことに驚いた。確かに、言われてみればキャシーの面影が残っている。家族写真のハナちゃんへの既視感は、キャシーに対しての物だったのかもしれない。生きていてくれるなら、ハナちゃんにも早く会いたい。
・生存協会はゾンビを作っているらしく、私にとっても仇であることが分かった。しかし具体的な仇は分からず、生存協会に喧嘩を売るのは難しいとも感じられた。
・お父さんから提案された、アノールドへ向かうという選択は悪くないと思った。ゾンビの私が人間として暮らすのは苦労もあるだろうが(ゾンビ肉の確保がネックになるのだろう)いつの日か生存協会へ潜入するだろうと考えれば、事前準備としても価値はあるだろう。
・ゾンビはゾンビを殺せないが、意図的ではなければ攻撃はできるらしい。これは、ゾンビが互いを認識できないことと関係する問題なのだろう。私の両親は死ぬことができないと分かり、試行錯誤の末になんとか手足を切り落としたようだ。おそらく、斧を落としたり、斧にぶつかったりしたのだろう。お父さんの右腕だけは上手く切り落とせなかったのか、右腕を切ろうとする前にゾンビになってしまったのだろう。
アネットは、両親への様々な想いを胸に、思い出の小説を読んだ。
リョウ寝顔が朝日に照らされたのを見て、未来を向くべきなのだと思った。
*
リョウが目覚めた。
「おはよう、リョウ」
「アネットさん、おはようございます」
リョウは、アネットとどんな感情で話せばいいのか迷っていた。
もじもじとしたリョウの姿に、アネットは幼き日のキャシーを思い出す。
「昨日はごめんね、もう大丈夫」
アネットは笑顔を作る。
「それは、よかったです。僕は家族が死んだとき、自分も死のうと思った人間ですが、気持ちは分かるつもりです」
「ありがと」
「ワン!」
二人の話し声に反応してサクラが吠えた。
「サクラもありがとう」
アネットは言いながら、アノールド行きを提案したいと考えたが、どう切り出せばいいのか分からなかった。
「アネットさん、これからどうしましょう? ご両親があんなことになっていたのは、生存協会によるものではないかと僕は考えています。マークがある他の家にも、ゾンビが閉じ込められているのかもしれません……。やはり、生存協会を目指すべきなんでしょうか?」
リョウは生存協会への不信感を再び募らせているようだった。下手に手紙のことを話すことで、アネットの両親の死も生存協会によるものなのだと知られるのは、好ましくないように思われる。
リョウに死んで欲しくないという思いが、アネットの中でどんどんと大きくなっていた。
「生存協会がどんなグループなのか分からないけれど、簡単に潜入できそうなの?」
アネットはひとまず、当たり障りのないことを聞いてみる。
「グループの新入りとしてであれば、入るのは簡単だと思います。具体的な規模としては、僕たち家族がいたときで百人ほどのメンバーがいました」
荒廃した世界において、一つのグループに三桁の人間が所属していることにアネットは驚いた。そしてその数は、敵となるかもしれない数であるのだった。
また、アネットの父親の手紙が正しければ、生存協会はそれに加えてゾンビを飼っていることになり、その規模は計り知れなかった。
アネットはどうやってリョウを説得できるか考え、一つの疑問を抱いた。その疑問は、リョウが生存協会に向かうことを、根本から否定するようなものだった。
「一つ思ったんだけれど、生存協会に戻ったらリョウだってバレないのかな?」
「あっ……」
リョウはその考えには至っていなかったようだ。
生存協会を抜け出したのが何カ月も前だとしても、夫婦が亡くなり子供二人が行方不明となった家族のことを、誰もすぐには忘れられないだろう。
「提案なんだけど、ひとまず生存協会とは別のグループを探して、そこで態勢を整えるってのはどうかな? 生存協会に因縁のある人が他にも見つかるかもしれないし、ハナちゃんがいる可能性だってある。……でも、グループに入ればそこの規則に従わなきゃいけないだろうし、生存協会を相手取るのは先のことになると思うけど」
どこかに属することをリョウがよしとしないのならば、二人で放浪して生きていくしかないだろう。
「ワン!」
(そうだ、サクラもいたな。……ハナという言葉に反応したのだろうか?)
「なるほど。でも、どこに行くんです? 僕はずっと生存協会にいたので、他のグループのことは知りません。アネットさんには、どこかあてがあるんですか?」
「うん。とりあえず、アノールドを目指そうかと思うんだ」
「それは、どうしてですか?」
(まぁ、当然疑問に思うよな。手紙のことには触れずに、理由を話さないと)
「実はね、アノールドには親戚が結構住んでいるらしいんだ。それに、こんな地図がお父さんのズボンのポケットに入っていてね。このマークがされてるのがアノールドなんだけれど、その横に不死戦線ってメモが書いてあるんだ。裏にはお父さんの名前も書いてあるし、ここに向かえっていう、私に向けてのメッセージだと思うんだ」
「遺言ってことですね。ポケットの中ならば、生存協会の罠ということもないかもしれません。それに、生存協会にはアネットさんを狙う理由もないですしね」
「だから、アノールドに行ってみようと思うんだけど、どうかな?」
「……そうですね、行ってみましょうか。生存協会から距離を取ることにもなりますし」
「ありがとう。でも、ここから歩いて向かうと丸一日以上はかかっちゃう距離なんだよね。だから、途中でどこかに一泊する必要が有ると思う」
「じゃあ、今回も早めに出発した方がいいですね」
「うん。昨日に続けて長い移動になるんだけど、身体は大丈夫? 大丈夫そうなら、リョウが朝ごはんを食べたら出発するけれど、明日っていう手もあるよ?」
「移動に関しては大丈夫です、慣れていますから。というか、朝ごはんなんて食べないことが習慣になっていたので、その概念を忘れていました」
そう言ってから、リョウはカバンの中の食糧を選び始めた。
アネットはしばらくの間、リョウとサクラの食事を眺めているのだった。
*
アノールドへ向かう前に、少しだけフローの町を探索する。
自転車など移動が楽になるものが欲しかったのだが、使えるものは回収されているのか、フレームがひしゃげていたり、錆びついていたり、チェーンが千切れてしまっているものしか見つからなかった。
探索をしていると、サクラがどこからかテニスボールを拾ってきて、アネットの足元に置いた。アネットがボールを拾って遠くへ投げると、サクラは嬉しそうに走って取りに行き、口に咥えて拾ってくると、今度はリョウの足元へと置いた。リョウが投げれば拾ったボールはアネットの足元へ置かれる。
また、ボールを拾わずに歩き始めると、サクラはボールを再度口に咥えてついてきて、投げて欲しいというように、足元へ置くのだった。サクラはこのテニスボールが相当気に入ったようなので、持っていってあげることにした。
生存協会のマークがある他の家の探索も行う。
その家の中にも欠損が酷いゾンビが転がっており、リョウの予想は図らずも当たっていたのだった。ゾンビ化実験に利用され、価値のなくなったゾンビを閉じ込めているのだろう。食料として持って行こうかとも考えたが、生存協会があえて殺さずに放置しているのだとすれば、下手に触れば警戒されるかもしれないと考え、持っていくのはやめておくことにした。
熟成されたゾンビはとても美味しそうだったので、アネットは残念だった。
「ゾンビを土葬や火葬するのではなくて、家に閉じ込めているのには何か意味があるんでしょうか?」
リョウがゾンビ達を見ながらつぶやいた。
「生存協会の考えることは、分からないね」
アネットは当たり障りのない相槌を打つ。
「考えられる可能性としては、ゾンビの埋葬にはデメリットがあるのでしょうか?」
「それで、無人の町をゾンビ置き場に?」
「……例えば、土壌汚染を防ぐ意図があるのかもしれません。もしくは、アネットさんのご両親のように、その家の住人ということも考えられます。……近隣の家のゾンビで、見覚えのある人はいましたか?」
リョウの問いに、この町に住んでいた人間は全員実験台にされたのかもしれないとアネットは考えた。住人たちは少しずつ生存協会に移動していったのではなくて、少しずつゾンビ化実験の犠牲になっていったのではないだろうか?
そんなことを思いながら、リョウの質問への返答を考える。
「うーん……。ゾンビたちの損傷が激しくて、生前の顔がほとんど分からなかったから、なんとも言えないなぁ。お母さんとお父さんは、家族だから分かったんだけれどね……」
「そういえば、ご両親は手足を切断されていましたが、他の家のゾンビたちも、何かしらの損傷がありましたね」
リョウは何やら考え込み、自分なりの答えを導き出した。
「……ええと、僕の創造とはいえ言いにくいことなんですが、もしかしたら生存協会は、ゾンビになってしまった犠牲者を、実験台として利用していたのかもしれません」
リョウの導き出した考えは、ほとんど正解だった。
実際のところはゾンビになった人間を実験台にするのではなく、人間を実験台にしてゾンビを作っているので、正反対なのかもしれないが。
リョウが優しいからそんな考えには至らないのだろうと、アネットは考えた。
(でも、リョウの出した答えを着地点とするのがベストなのかもしれない)
「元は人間だって考えると許せるなんて言えないけれど、ゾンビの実態を知らないと、対処もできないもんね……」
「……ですね」
そのあとも何軒かの家を探し回ったが、手に入れたものといえば家庭菜園のハーブぐらいなものだった。
*
空き家で食料を探したり、ゾンビを倒して肉を回収したりしながら、適宜休憩を取ってアノールドを目指す。
丸一日歩き続けて、アノールドまでの道のりは残り半分ほどとなった。夜を過ごせそうな場所を探していると、日が落ちる少し前に町の図書館を見つけることができた。
リョウとサクラは子供用の休憩スペースに寝転がって過ごすことになり、アネットはその近くの椅子に座って夜をしのぐことにした。
「なかなか歩いたね」
「ですね。疲れないアネットさんが羨ましいです」
「ワン」
サクラもリョウと同意見のようだ。
「でも、いつの間にか血が足りなくなるのは厄介だよ? ゾンビ以外は味も分からないし、おすすめはできないね」
「でも、この世界に適応しているとは思います。……よく考えてみたら、アネットさんって実質アレなんじゃないですか? 不老不死というやつなのでは?」
(考えたこともなかったけれど、どんな怪我も治るようだし、致命傷さえ避けられれて、ゾンビ肉さえ手に入れば、本当にこのままずっと生きていられるのかもしれない)
「……確かに、そうかもしれないね。吹っ切れてこの身体を楽しむしかないか」
ゾンビはきっと、治ったりなんてしないのだろうから。
「あ、すいません、ちょっとトイレに行ってきます。この図書館のトイレは、壊れていませんでしたから」
リョウはそう言うと、リュックから懐中電灯を取り出した。
「気を付けて行ってらっしゃい。でも、その辺でしちゃってもいいんだよ? いや、変な意味じゃなくて、夜に一人は危ないし、衛生面が良くない可能性もあるだろうからさ」
「なるほど。でも、とりあえず行ってきます。……アネットさんはトイレもしなくていいんだから、やっぱり羨ましくもなります」
「はは、そうかもね。とにかく、気を付けてね」
アネットに言われ、トイレに向かおうとしたリョウだったが、アネットの方を見て立ち止まった。
「そういえば、アネットさんの着ている服、結構汚れちゃってますね。僕もずっと水浴びをしてませんし、このままアノールドに向かって大丈夫でしょうか?」
二人とも気にしていなかったが、アネットは両親の埋葬の際に土や肉片でかなり汚れていた。リョウは服は生存協会を出てから水浴びなどしておらず、服は着替えていても身体は汚れたままだった。
「確かにね……。アノールドまでの間に水浴びができる場所がないか、地図を確認しておくよ。ああそうだ、トイレットペーパーがないときのため、新聞を持って行くといいよ?」
アネットは何気なくそう告げたのだが、リョウは頬を赤くして「言われなくても、分かってます!」と言い残すと、新聞紙を回収して足早にトイレへ向かっていった。
残されたアネットは地図を取り出して手ごろな水辺を探す。
最短距離からは少し外れてしまうが、アノールドの付近まで流れている川があるようだった。水浴びをした後は川沿いを歩いていけばアノールドまで辿り着けるようなので、明日はひとまず川に向かうのが最適解のようだった。
トイレから帰ってきたリョウにそのことを伝えたが、リョウは寝ぼけ眼を擦っていた。リョウにお休みの挨拶をし、アネットは夜の間に読む本を物色するのだった。
*
翌朝。
アネットは夜の間、月明かりを頼りにして『1984年』を読んでいた。
「ふわぁ……、おはようございます」
リョウが目を覚ます。
「うん、おはよう。とりあえず朝ごはんを食べるといいよ? 食べ終わったら、川に洗濯に行こうか」
「ああ、そうでしたね。なんだか、このあと水浴びをするって考えたら、自分が汚く思えてきました。……あと、山へ芝刈りに行きたくなってきましたが、これって伝わりますか?」
「ええと、日本のことわざか何かだっけ? それとも合言葉?」
「桃太郎っていう日本の童話の冒頭なんです。母から聞いたお話で、おじいさんが山へ芝刈りに行って、おばあさんは川へ洗濯に行って、おばあさんは川で大きな桃を拾うんです。その桃から生まれた桃太郎が、きびだんごという食べ物で犬と猿と雉を仲間にして、鬼を倒しに行くというお話です」
「へぇ」
「ワン!」
どうやら、サクラも会話に入りたいようだ。
「それこそ、サクラみたいな犬も鬼と戦うんですよ? 鬼に噛みつくんです」
「私はそれよりも、人間が桃から生まれたってことに驚くけれどね」
桃が暗喩なのではないかとアネットは思ったが、言及はしなかった。
*
一時間ほど歩き、川へ辿り着く。
リョウが水浴びをしている間に、アネットは下流でリョウの服を洗っていた。
(リョウが着ていた服か……。リョウの臭いがするんだろうけれど、私には分からないんだよなぁ)
アネットはそんなことを考えながら洗剤で丁寧に服を洗い、木の枝にかけて天日干しをした。
ちなみに、サクラは川には入りたくないようで、木の下で寝転がっていた。
「リョウ、洗濯は終わったよー」
「ありがとうございますー! 洗ってもらっちゃってすいません、アネットさん! じゃあ、着ちゃいますね」
「あれ、乾かさなくていいの?」
ずっと川に入っているのは寒いだろうし、裸でいるわけにもいかないだろうが、濡れた服を着る気持ち悪さはアネットも知っていた。
「濡れている服は気持ち悪いですけど、少しでも早めに出発するべきだと思うので」
「確かに、早めに動いた方が後々のことを思うといいかもしれないね。……それか、この服はここに捨てて、近くの家で着替えでも探してみる?」
「……いえ。アネットさんに選んでもらったその服のこと、これでも結構気に入っているので、そのままで大丈夫です」
(ほう、私が選んだ服を気に入ってくれているというのか)
「じゃあ、少しでも乾くまで待とうよ。少なくとも、私が水浴びをしている間はさ」
「分かりました。ええと、僕はどうしたらいいでしょう?」
「下着だけ新しいものに着替えて、木の下で待っていてくれるかな? じゃあ、私も水浴びをさせてもらうから、何かあったらすぐに呼んでね」
アネットは、服を着たまま川へざぶざぶと入っていく。
「アネットさん、服を脱がないんですか?」
「まぁ、服の感触なんて分からないし、温度だって感じないからね。なんなら、息継ぎをする必要だってないから、このまましばらく浸かっていようかなって」
「なるほど……」
「それとも、私の裸が見たかった?」
「そ、そうじゃありません! ……別に、見たくないというわけじゃないですけれど」
頬を赤くしながら、リョウは小声で何かを言っていた。
「ははは。じゃあ適当に浸かっているから、見張りを頼みます」
「はい!」
アネットはしばらくの間、頭の先から足の先まで川に浸かっていた。
*
アネットが川から上がってくると、服の汚れは綺麗に落ちていた。
リョウの服も乾いてきたので、一行は気を取り直してアノールドを目指す。
三時間ほど川沿いを歩いた頃だった。
アネットは草を食べている一匹の鹿を見つけた。捕まえればリョウの食糧になるだろうし、アノールドへの手土産にもなると思い、アネットは草むらへと入った。
音を立てないようにゆっくりと近づくつもりだったのだが、アネットは何故か途中から前へ進めなくなり、もがいている間に鹿は逃げてしまった。
その不思議な現象を疑問に思いながら草むらから出ようとしたアネットだったが、なぜか元の道に戻ることもできなかった。
アネットは生い茂った草でよく見えていなかった足元を確認することにした。草をかき分けてみると、左脚のふくらはぎから下が有刺鉄線で出来た罠に絡まっており、そのせいで身動きが取れなくなっていた。
「ごめんリョウ、多分鹿を捕るための罠なんだろうけど、鹿を捕まえようとしたら、私の方が罠にかっちゃった。それでね、どうやら完全に絡まっちゃったみたい。これは、痛みを感じない弊害だね。……どうしよう、全然動けないや」
アネットが抜け出そうともがくほど、針金は脚に深く食い込んでいった。
「うわ、血が出てますし完全に刺さってますね。引っかかった時にすぐ対処できていれば、こんなことにはならなかったでしょうに……」
リョウが眉間にしわを寄せてそう告げた。
「このままだと、罠を設置した人が来ちゃうかも。もし傷が治っていくところなんかを見られたりしたら、まずいかもしれない」
ゾンビだとは思われないとしても、不審には思われるだろう。
「アネットさん、言っている間に傷口がどんどん塞がって、有刺鉄線が脚の中に埋まっちゃいそうです。……駄目だ、見ていると吐きそう」
リョウはアネットの脚から目をそらした。
「……ねぇリョウ。申し訳ないんだけど、リュックから斧を取ってくれるかな?」
アネットは申し訳なさそうに言う。
「まさか、切り落とすなんて言いませんよね?」
「正解」
「……。聞きたくないんですけれど、それって自分で出来ますか?」
「実際問題、ちょっと厳しいかも」
「……分かりました」
リョウがアネットの背負うリュックから斧を取った。左右の重さが変わったことでアネットは少しよろけたが、有刺鉄線が支えになって、転ぶことはなかった。
「ごめんね、リョウ」
「本当ですよ。アネットさんを傷つけたくなんてないのに。ましてや、脚を切断することになるなんて、思いませんでした」
「うん、ごめん」
リョウはアネットの脚に斧を振り下ろした。傷口からは大量の血液が溢れだしたが、一発で切り落とすことは出来なかった。また、傷つけたそばから少しずつ傷が治っていこうとするので、リョウは何度もアネットの脚へ斧を振り下ろさなければならなかった。
数分かけ、アネットの左脚はリョウの手によって脛から下が切り落とされた。
「リョウ、ありがとう。……そしてごめん」
「……い、いえ。こうするしか、なかったんです。むしろ、上手に切ってあげれなくて、すいません」
リョウは涙を流していた。
*
アネットは背負っていたリュックからゾンビ肉を取り出して食べた。すべてを食べ終わる頃には、アネットの足は綺麗に生え変わっていた。
切り落とされた左足から靴と靴下を回収して履きなおすと、草むらにはズボンの切れ端をまとう有刺鉄線が通った左足が残された。
「……これ、このままだとよくないよね?」
「知りません」
そっぽを向いてしまうリョウ。
「ごめんってば」
「別に怒ってません! ただ、凄く嫌な思いをしただけです!」
「……本当にごめん。でも、やっぱりこのままはよくないと思うんだ、どうしよう」
アネットはリョウに不快な思いをさせてしまったことに動揺し、考えがまとまらない。
「……分かりませんけど、食べたらいいんじゃないですか?」
リョウがそっぽを向いたままアネットに告げる。
「……なるほど」
自分の足を食べるという発想は、アネットにはなかった。
「僕、見ませんから。もし食べるのなら、早めに食べちゃってください」
「はい、分かりました」
アネットは、さっきまでアネットだった自分の左足を食べた。
有刺鉄線を避けながら食べる左足は、まるで骨付き肉のようだとアネットは懐かしんだ。というのも、ゾンビになってからは骨まで食べるようになったため、食べられない部分がある肉など、しばらくぶりだったからである。
ちなみに、自分の足からは全く味は感じられなかった。
*
空になったリュックを川で洗い、一行は再びアノールドの町を目指す。
町まで残りわずかとなったとき、木陰から一人の男が現れた。
「やぁこんにちは。もしかして、君たちはアノールドを目指していたりするかな?」
突然声をかけられ、アネットは警戒をする。
登山者のような恰好をした男は貯水タンクを両手に持ち、頭には登山帽をかぶり、右胸にはスーパーヒーローのバッジをつけていた。
「そうなんです。こっちで合っているでしょうか?」
男に対して警戒を崩さないアネットに対し、リョウは警戒している様子を男には見せなかった。しかし、アネットのリュックにかかる武器をいつでも手にできるように構えていた。
「ワン!」
サクラは顔を天に向けて吠えているが、その尻尾は大きく振られていた。
「うん、このまま進めばアノールドはすぐそこだよ。ちなみに僕は、アノールドから水を汲みに来ているんだけれどね。一緒に来た仲間が体調を崩してしまって、ちょっと困っていたんだ。もしよかったらなんだけれど、水汲みを手伝ってはくれないかな? アノールドまでは僕が案内するからさ。……ちなみに、生存協会から来た人だったりはしないよね?」
(この質問の意図は、生存協会を警戒してのものなのか、それ以外の何かなのだろうか……)
アネットはどう答えるべきか迷ったが、父親からもらった地図のことを話すことにした。
「生存協会の人間ではありません。ええと、父親がアノールドを目指せと、この地図を託してくれたので目指していたんです」
男に地図を見せるべく、アネットはポケットに手を入れようとする。
「ちょっと待って! こっちも警戒してはいるんだ。銃を出されたりしたらたまったものじゃないから、地図はゆっくりと出して欲しい。あと、生存協会の名前を出したのは、最近ちょっと問題があったからなんだ。……それが地図だね?」
「はい」
アネットはポケットから取り出した地図を男に渡した。
「なるほど、アイツの娘なのか」
「はい。私の名前は、アネット・イキルシカです」
「一緒に旅をしている、リョウ・キシネンです」
二人の自己紹介を聞いて、男は申し訳なさそうに言葉を続けた。
「ああすまない、申し遅れてしまったね。僕は、アノールドの町を拠点としている不死戦線というグループにて、参謀をさせてもらっているシュナウド・イキルシカだ。アネット、僕は君のお父さんのいとこにあたる人間だよ、これからよろしくね」
こうしてアネット一行は、不死戦線にて二年間を過ごすことになるのだった。
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