第五話 手紙

――世界がどれだけ変わっても

           想う心は変わらない――


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 お母さんより


 この手紙をアネットが読んでいる時、私たちはこの世にもういません。

 私たちは、もうすぐゾンビとなってしまいます。

 どうすればいいのか、お父さんと試行錯誤しているんだけれどね。うまくいったら、人間として死んでいることでしょう。終わりが訪れるに、あなたに手紙を書こうと思います。


 私たちは、あなたを高校に送り出してからも、いつも通りの生活を送っていました。

 ……でも、あなたがいなくて寂しかったし、あなたのことがとても心配でした。だけど、それ以上にあなたのことを信用していたわ。

 お父さんとの子供だから、あなたは大丈夫だろうと思えました。私の娘なんだと考えると、昔の私と照らし合わせてしまって、心配だったけれど。

 ……あんまり、お母さんが若い頃の話なんてしてこなかったわね。だから、少しだけ話させてください。いつかあなたとこんな話ができることを、実は楽しみにしていたのよ?


 私は子供の頃、周囲の人間が何を考えているのか分からなかった。いえ、分かろうとしていなかったの。でも、誰もそれを咎めなかったし、私のお母さん、つまりアネットのお祖母ちゃんも特に気にかけなかったわ。

 でも、それは学校においては認められたけれど、社会は認めてくれなかったの。まぁ、就く仕事にもよると思うけれどね。そんな話を、あなたが高校を卒業するまでにはしようと思っていたわ。

 こんなことになってしまうまでの社会は、新しい概念がどんどんと認められていく反面、昔ながらの考えは否定されるような社会にもなっていた。それでもやっぱり、個人の力は限られているから、少しでも仲間を多く持った方がいい。なんてことも伝えようとしていたの。

 でも、世界はあっけなく終わってしまった。こんな世界では正しさなんてものは存在しないみたい。だから、どうやったら上手に生きていけるのか、しっかりと考えるようにしなさいね。

 ……なんて書いているけれど、私は今、どうやったら上手に死ねるのかを考えているんだけれどもね。

 ふふ、ブラックジョークが過ぎたかしら。

 本当は私、ブラックジョークも下世話な話も大好きだったのよ? でも、教育上よくないってお父さんが嫌がるもんだから、極力そういうことは言わないようにしていたの。でも、あなたもこういう話は大好きよね? あなたがテレビを見ているときに、どんな場面で笑っているのかを見ていれば、お母さんには分かっちゃうんだから。

 だから私は、この最期の手紙だけは、あなたに本当の私の言葉で伝えようと思います。最後の手紙が素敵な手紙じゃなくてなってしまうのは申しわけないけれど、だからこそ、こういった変化球が来るっていうのも、あなたはきっと好きよね? 

 そんな言い訳をして、楽しく手紙を書かせてもらいます。


 まず話したいのは、お父さんとの馴れ初めかしらね。私の両親がこの国に来たときの話とか、私が生まれたときの話もしたいけれど、そんな時間はなさそうなの。だったら、あなたが生まれるときの話の方が大切よね?

 お父さんはきっと書かない話しだろうから、私が書くしかないの。それに、自分のルーツを知っているのは、生きていく上で意味を持つかもしれないものね。

 私はね、高校生まではとっても地味な人生を送っていたわ。お母さんとしての人生も、どちらかと言えば慎ましくお淑やかだったかな? でも、こんなお母さんだって、大学生の時はイケイケだったのよ?

 こんな世界では、あなたは大学生になれないかもしれない。だからっていうわけじゃないけれど、私が大学生だった時の経験も伝えようと思う。

 人間にはね、たっくさんの可能性があるのよ? あなたには想像もつかないことが、この世界にはいくらでもある。壊れてしまった世界でも、あなたなら絶対に、素敵なものを見つけられるはずだわ。

 さて、馴れ初めの話を続けていくわね。私とお父さんが出会ったのは、私が大学二年生の春だったの。

 私は友達に誘われて、町でお酒を飲んでいた。そんなときにバーで出会ったのが、大学に入ったばかりのお父さんだったの。……ちなみに当時は、飲酒可能な年齢が十八歳からだったのよ? それで、お父さんはその時に初めてお酒を飲んだの。

 アネットも知っている通り、お父さんはお酒を飲むととっても饒舌になるじゃない? 私が最初に会ったのは、そんなお父さんだったの。

 それで、私はそんなお父さんと連絡先を交換したんだけれど、それがなんとね、お父さんは、家族以外で初めて女性と連絡先を交換したんですって! このままお父さんの初めてを全部いただいちゃおうかな? なんて思ったのを覚えているわ。

 あ、こんなことを言っている私だけれど、避妊をせずに行為に臨んだのは、お父さんが初めてだったのよ? 大切なことだから、あなたもそういう関係になりそうな人ができたら、しっかり対策しなさいね。でも、こんな世の中じゃ避妊具を手に入れるのも難しいと思う。だからせめて、信頼できる人と一緒になりなさい。

 ……私の話に戻るわ。それでね、私は早速次の日に、お父さんに連絡を入れたの。だけど、返事が全然帰って来なかった。

 だからお母さん、同じタイミングで連絡先を交換していたお父さんの友達に連絡して、お父さんの住所を聞き出して直接会いに行ったのよ? あの時のお父さんの驚いた顔ったら、ほんっとうに可愛かったわ!

 とにかく、そうして私はお父さんを手に入れたのよ。運命に思えるようなことだって、全くそんなことなさそうなことだって、行動一つでいくらでも変えることができるんだから、あなたにも積極的に生きて欲しい。

 そして、もし何かに後悔したとしても、すぐに前を向き直して、未来のことを考えるようにしなさいね。

 ちなみに、私はこれまでの人生で、後悔したことなんてほとんどなかったわ。

 でも、あえて後悔を一つだけ挙げるならば、アネットが大人になったら話そうなんて思わずに、あなたともっと色んなことを話せばよかったと思っているかしら。

 まぁ、アネットともう会えないことが分かって思ったことだから、こればっかりは仕方がないわね。


 次に、キャシーの話をしておくわ。

 あなた、小さい頃にキャシーちゃんっていう友達がいたのを覚えているかしら? あなたが小学校に上がる前に、お父さんの仕事が理由で引っ越しちゃった子なんだけれど。その子がね、こんな世界になる半年くらい前に、この街に戻って来たのよ。

 なんでも、転勤先の支店長が横領をしたとかなんとかで、そのお店自体がなくなったらしいのよ。それで、社員は他の店に移ることになって、キャシーのお父さんは元いたお店に戻ることになったんですって。

 それで、子供たちも大きくなってきたことだし、この町に腰を据えようって、入り口辺りに家を買ったのよ。まぁ、今は誰も住んでいないんだけれどもね。

 世界がこうなる前に家族旅行に出ていて、それから会っていないのよね。でも、縁がある人たちのことだから、アネットにも伝えておきたかったの。ご両親には最近のあなたの写真を見せたから、もし会ったらすぐに分かってくれるはず。きっと絶対によくしてくれるわ。

 そういえば、確かアネットはキャシーを女の子だと思っていたわよね?

 でもね、キャシーっていうニックネームは、ファミリーネームからの愛称だったの。あの子の本当の名前は、リョウ・キシネン。実は男の子だったのよ。

 あと、リョウくんには双子の妹のハナちゃんもいるわ。あなたはハナちゃんとも遊んでいたんだけど、当時のあなたは二人のことがごちゃ混ぜになっていて判別できていなかったみたいだから、覚えていないでしょうけれど。

 なんにしても、もし再会できたのなら、きっとあなたたちは、またすぐに仲良くなれるはずよ!


 最後に、生存協会というグループについての話をするわ。

 この町は、生存協会によって助けられたの。大量のゾンビが攻められたのを、生存協会が掃討してくれた。そして、この町の人間は全員生存協会に入ることになって、少しずつ住人は生存協会へ移っていったわ。

 でもね、生存協会には気を付けた方がいい。

 生存協会はゾンビを飼っているの。この町を手に入れるためにゾンビをけしかけたのも生存協会だし、そのゾンビを倒すのも生存協会という、マッチポンプなことをしているの。

 そして、人間をゾンビに噛ませて、ゾンビを増やしている。

 私たちはそんな秘密を知ってしまったから、ゾンビにされることになったの。そして今は、ゾンビ化の実験体にされた挙句、不要になった私たちはこの家に閉じ込められたの。

 家の周りでは生存協会の人間が見張りをしていて、逃げたら撃ち殺されるんだと思う。一思いに殺されればゾンビにならずに済むかもしれないと思ったけれど、この手紙を残したかったから、この家の中にいることにしたの。

 ああでも、あなたに責任があるなんてことを言いたいわけじゃないのよ?

 私たちはね、自分たちがやりたいことをやっているわ。


 ……まだまだ書きたいことがあるけれど、そろそろ手紙を終えることにするわね。 

 あと、生存協会のことを悪く言ったけれども、この世界で生きるための力を持った組織だというのは間違いないわ。生きるため生存協会に行くというのも、間違った選択肢ではないはず。

 だからつまり、私がアネットに言いたいことはね。

 どんなことがあったとしても、自分の目で見極めて、自分の頭で考えてから動くようにしなさいってことかしら。



 ああ、もっともっと書きたいのに、頭が回らなくなってきた。

 文字を書くのも難しい……。


 それじゃあアネット、どうか元気で生きていてね。

 私はあなたを愛しているわ。



             アネットのことが大好きな、あなたのお母さんより。

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 お父さんより


 この手紙は、僕たちが死ぬ前に書いているものだ。

 母さんの手紙にもあったと思うけれど、僕たちはゾンビに噛まれて、今にもゾンビになろうとしている状況にある。その前に、今まで君に言えなかったことを記すよ。

 こういうことは苦手なんだけれど、最期なんだものね。

 心を込めて、君に手紙を書くとするよ。


 僕は君と、もっとたくさん話がしたかった。

 君は僕に、色んなことを相談してくれたね。僕はそれに対して、いつも真摯に答えなければと思っていた。僕が君に話していることが、僕自分が導き出したの考えなのか、一般論を嚙み砕いたものなのかが分からなくなるときもよくあったけれど、僕はいつだって、君の幸せを一番に考えていた。

 ……でもね、もっと本音で話してもよかったんじゃないかと、今になって思うよ。


 今、となりで母さんが楽しそうに手紙を書いているのを見ていて、なんとなくだけれど内容が分かったよ。だから、母さんの手紙に一つだけ付け足すね。

 僕は、彼女のことを深く愛していたよ。

 そして、そんな彼女との間に生まれてくれた君のことは、深く深く愛していた。


 じゃあ、君との思い出話でも書こうかな。

 君は覚えているかな? 君が小学二年生のときに、僕と二人でプラネタリウムに行ったということを。

 君は当時、テレビの影響だったんだけれど、綺麗な星空が見たいとしきりに言っていたね。だから、僕は君を連れて山奥に星を見に行ったんだ。でも、まだ幼なかった君は移動中の車の中で眠ってしまって、星空の下で起こそうとしたけれど、全然起きてくれなくて、結局星を見せてあげることが出来なかったんだ。

 その日から、しばらく君は泣いていたね。星を見ないで寝てしまった自分を責めていたし、きちんと起こしてくれなかった僕のことも、少しだったけれど責めていた。だから僕は、君をこっそりとプラネタリウムに連れて行ったんだ。

 君が泣き疲れて昼寝をしている間に、出入りも会話も自由なプラネタリウムに連れて行ったんだ。そうして、君が目覚めたときには、その頭上に星空が広がっているようにしたんだ。

 君は目を輝かせて星を見ていたね。プラネタリウムから帰るときに、君は外が明るいのを不思議がっていた。

 だから僕は『ちょっとだけ夜を借りてきたんだ』って君に言ったんだ。

 そうしたら君は、満面の笑みで『嘘つき』って僕に言ったんだよ。そのときのことは、今でも鮮明に思い出せるんだ。

 ……ええと、つまり何が言いたいかっていうと、すべてが本当じゃなくてもいいんだっていうことだ。嘘で人の心を動かすことだって、人間にはできるんだ。

 そしてその嘘が、誰かのためを想って使われるか、自分の利益のために使われるのかは、嘘つく人次第なんだ。それとともに、どんあ意図で生まれた嘘であっても、嘘をつかれた相手がどう思うのかは、誰にだって分からないんだってことは、覚えておいて欲しい。

 どうか君も、誰かを想って本当と嘘を使い分けられるようになって欲しい。


 さて、話は変わって生存協会についてだ。

 彼らは本当に大きなグループだ。何も考えずにこの世界で生きるのなら、生存協会以上に生きやすい場所は、この世界にはないのかもしれない。でも、物事に疑問を持って、自分で考えられる人間は逆に生きにくいかもしれないね。

 ただ、誰かを傷つけることをいとわず、利益や興味関心だけを追い求める人間ならば、あそこは理想的な場所にすらなるのかもしれない。

 君がどう生きていくのかは、結局のところ君自身が決めることだ。自分が思う道を歩んで欲しい。僕はあえて、正しいと思う道をだなんて言わない、生きられる道を選ぶというのも、大事なことなんだ。


 さて、最期になるけれど、僕たちがこんな手紙を書くに至るまでの話をする。

 僕たちは、ゾンビの研究に巻き込まれたらしいんだ。

 生存協会はね、ゾンビに噛まれたばかりの人間に僕たちを噛ませたんだよ。

 その結果、僕らがゾンビになるのかどうかを検証していたんだ。

 僕たちを噛んだ人はすぐにゾンビへと変わったけれど、僕たちにはなかなか兆候が表れなかったんだ。でも、それからしばらく時間が経って、僕らにも異常が出始めた。その異常が出るということは、ゾンビになると決まったも同然だったらしい。

 僕たちをゾンビにできたことと、異常が出るまでのタイムラグが分かった彼らは大いに満足したようだった。

 というか、他の実験体でも同じ結果が出るのかが気になったようで、僕たちが完全にゾンビになることを見届ける必要はないと判断したようだった。

 僕たちに興味がなくなった彼らは、むしろ僕たちに感謝をしていたよ。それで、この家での最期の時間を与えてくれたんだ。そして、こやって手紙を書いているというわけなんだ。

 様々なデータをとるために、これからもたくさんの人間が犠牲になるんだろう。

 実験結果には多少の興味が湧くけれども、人体実験は好感が持てないね。

 ……とまぁ、僕が知っていることはこんなところかな。

 気になるのならば、あとは君が自分で調べて、自分の頭で考えてみてくれ。


 母さんの容体が悪くなってきた。

 そろそろ、最後の悪あがきをしてみようと思う。

 上手く死ねるか分からないけれど、人間として終われるように頑張るよ。

 アネット、どうか元気でいてくれ。


 ああそうだ、イキルシカの家系がアノールドには多く住んでいる。

 どこへ行くか迷っているならば、向かってみるといいよ?

 生存協会とは別の、不死戦線というグループがあるらしいからね。

 封筒の中に、地図も一緒に入っているはずだ。アノールドには印を入れておいたし、その横に不死戦線と書いておいた。裏面には僕の署名も入れてあるから、イキルシカ姓の人間に見せれば、きっとよくしてくれると思う。

 繰り返しみたいになるかもしれないけれど、不死戦線がどんな組織なのかは、実際に自分の目で見て、自分の頭で判断するようにね。

 


 愛しているよ、アネット。


                         お父さんより。



 追記

 色々と試したが上手くいかない。

 アネットを害したくはない。

 結果を追記する。

 ゾンビは、ゾンビを殺せない?

 妻を殺せず、自死もできない。

 殺すこと、死ぬことを考えると、意識が遠のく。

 ――ゾンビの本能に逆らえない?

 おそらく、ゾンビの目的は増殖。

 食人衝動の芽生え、互いは食べられない。

 すでに、僕たちはゾンビ。

 ゾンビ、地球における白血球?


 発見

 攻撃を目的としない攻撃。

 痛くない。

 前進の結果としての負傷。

 食い止められる!

 忘れた、妻は私を。

 手紙を隠す、

 終わる。



 強く生きろ。

 いつまでも君を愛している。






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