第11話 非日常風景2

目が覚める。

体はだるく、布団から出ることを拒んでいる。

だが、学生である以上、学校へ登校することをサボるわけには行かない。

そうじゃなきゃ、学費を出してくれた。じいちゃんに申し訳が立たない。

時計は6時を回った辺り。

昨日が特別早起きだっただけで、普段起きる時間はこんなものだ。

あくびを抑えて制服に着替えていく。

そして、いつもどおり居間へ向かう。

居間にはすでに先客がいるらしく、テレビから朝のニュースが聞こえてくる。

そうだった。

昨日から我が家には居候が一人増えたのだった。

ため息をつきながらふすまを開ける。

「あ!おはよう!」

「……おはよう」

「あー!元気がないよ?」

その居候こと、シズネから元気な挨拶をされる。

純和風の居間に似つかわしくない銀色の美女がこたつに足を突っ込んでテレビを見ていた。

なんというか、随分と馴染んでいる気もする。

「本当にここで過ごす気なんだな…」

シズネには、空いていた部屋の一室を貸した。

もともと一人で暮らすには大きすぎる家だ。

余っている部屋なんてまだまだあるからそれはいいんだが……。

一つ屋根の下に美人と一緒というのは精神衛生上あんまりよろしくない気もする。

「朝なんてこんなもんだよ…部屋は問題なかったか?」

一応布団と暖房は出したから寝ることはできたと思うのだが。

「うん、部屋は暖かかったし、布団もフカフカでぐっすり休めたよ」

「それはよかったよ…」

俺だけ意識して馬鹿みたいだな…。

まあ、昨日接してみた感じ、シズネはあんまり人との距離感とか、そういうのは気にしてないようだ。

自由気ままという言葉がよく似合う。

奇妙な同居人を尻目に朝食の支度をしに台所へ。

「朝ご飯適当に作るけど、なにか嫌いなものとかあるか?」

一応確認をとっておく。

そんなことはしないと思うが、気にいらないものを出せば首をはねられるかもしれない。

……いや、大丈夫だよな?

「嫌いものはないけど……なになに?私の分もご飯用意してくれるの!?」

こたつから動かずに首だけこっちに向けてくる。

紫色の瞳は心做しかキラキラ輝いているように見える。

「それはまぁ、目の前にいるのに俺だけ食べるのもおかしいだろ?」

「そういうものなのかなぁ…あんまり人と一緒にご飯って食べたことないからさ」

人間って不思議だよね〜、と言いながら頭をテレビの方へ戻していった。

よくわからなかったが嫌いなものがないというなら楽でいい。

献立は卵焼きとわかめの味噌汁と焼き鮭。

手早く用意をしていく。

しばらくして、昨日のうちにタイマーをセットしていた炊飯器から音がなる。

蓋を開け素早く炊けた米をかき混ぜていく。

うん、こんなもんだろ。

「できたぞー」

先にシズネの前に茶碗と皿を置いていく。

「いいにお〜い……あんまり食事に関心は無かったんだけど、ソーヤのご飯は美味しそうだね」

「どういたしまして、冷めないうちに食べてくれ」

内心、褒められて少し嬉しかったりもする。

いただきまーすと言い、シズネは綺麗な所作で箸を扱い朝食を小さい口に運んでいく。

そんな動きも絵になっているせいか、ついつい目を奪われてしまう。

「うん!美味しい!もしかしてソーヤって料理のプロフェッショナル!?」

「そんな大げさな…」

「ほんとだもん!こんなに美味しいご飯初めて!」

箸のすすむ速度が加速していく。

大したことはしてないのだが、そんなに喜んでもらえるのならやっぱり嬉しかったりする。

俺も自分の分のご飯を食べていく。

すると、目の前から視線を感じた。

シズネがじっとこちらを見ている。

「…どうかしたか?」

「ううん、ただ楽しいなって」

「楽しい?」

なにがだろうか?

「今ね、初めて人と一緒にご飯を食べてるの。私の知ってる食事って一人で効率よく行う作業みたいなものだったからさ。でもねでもね!こうして誰かと顔を合わせて美味しいものを一緒に食べるのってすっごく楽しいの!ありがとう!ソーヤ!」

「……っ!」

反則過ぎるだろ!

こんななんでもない日常の一幕で、今までで一番かわいい顔をするなんて!

「楽しいね!美味しいねっ!」

真っ直ぐ顔を見れない。

鼓動が跳ねる。

目の前の存在があまりにも可愛い。

魔人という特殊な存在だということを忘れてしまいそうになるほどに。

「じゃあ、今日の夜はもっと腕を振るうよ。喜んでもらえるなら作りがいもある」

「え!もっと美味しい物が食べられるの!?」

やったーと手を上げて喜ぶシズネ。

わからなくなる。

こいつは昨日、人間なんていくら死んでも構わないと言ってのけた。

そしてそれは紛れもない本心なんだろう。

だとすれば、今、普通の朝食なんかで無邪気に喜んでいるこいつは何なんだろう。

あるいはこの異常さこそが、彼女が魔人だという証明なのだろうか。

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影月奇譚 四十万多々楽 @garden10

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