第2話 日時計

 この里では、10歳の儀式を行うまでは幼児扱いのため、私は基本的に暇である。

 一般的な幼児であれば、その辺りで友達と遊んでいれば良いのだが、私には対等な友人がいない。そのため、ずっと暇を持て余す。

 私にとっての一番の娯楽は、不定期にやって来る行商人から外の世界の話を聞く事だが、ひと月に一度来るかどうか。

(何か遊具でも作りますか)

 暇つぶしの方法を考える。

(こういう時の定番はリバーシですけど、算数もろくに勉強しないようなこの里では、たぶん、私が強くなり過ぎて面白くなさそうです。トランプなんてどうでしょう)

 木の板はあるので、薄く加工してもらう事はできる。

(問題は絵柄ですね)

 数字だけを書き込んだトランプで遊ぶためには、やはり、算数を教える所から始めなくてはならないだろう。

 幼児が算数を教える事を考えると、ハードルが高い。

 いったい誰に教わったのかと突っ込まれたら、説明のしようがない。

(絵柄だけのトランプで、神経衰弱なら遊べますかね?)

 すぐに頭を振って否定する。大量の絵柄を用意するだけでも大変だ。

 一人でうんうんうなっていると、お昼ご飯に呼ばれた。そこでハタとひらめいた。

(そうだ、時計を作りましょう。要は、暇がつぶせれば良いのです。何も遊具にこだわる事はないじゃないですか)

 この里での生活は超スローライフなので、時間にとてもルーズだ。

 分刻みの時計は不可能だが、一時間刻みならやりようはある。

 ぱっと思いつくのは日時計で、そのためには、正確な方角を計測する必要がある。

 一日で最も影が短くなる太陽の方向を求めれば、南北が分かる。

 角度については、糸をコンパス替わりに使えば、垂直二等分線の作図で角の二等分線が引けるため、ある程度の精度で求められる。

 夏至~冬至の間で影の方向が移動するため、日時計にそこまでの精度は、そもそもない。

 よって、あまり神経質に正確な角度を求めなくても良いだろう。

 よく使う45度や30度の角度を求めるだけなら、三角定規を作っても良い。

 方向性は決まった。

 私は、次の行商人が来た時に、祭司長にあるものをねだる。

「祭司長様。『メジャー』を買ってはもらえませんか?」

「めじゃーとは、いったい何じゃ?」

「ええと、長さを正確に測れる道具です。私がアレンさんに説明して注文するので、魔石だけ、出してもらえないでしょうか?」

「まあ、別に構わんぞ。しかしおぬしは、つくづく変わっておるのぅ。普通の幼児は、そのようなものをねだったりせぬ」

 それから時は流れ、注文していたメジャーが届き、アレンさんに長さの単位を尋ねる。

 この世界の長さの単位は、1メートルに一番近いものが1ベクという単位だった。

 体感的には1メートルより若干長く、1.2メートルぐらいだと思われる。

 1/10ベクで1ジュリ、1/10ジュリで1アッシュ、1/10アッシュで1メルである。

 つまり、1.2ミリぐらいが1メルに相当する。

 この里の文明レベルから、メジャーの精度についてはそれほど期待していなかったが、思っていた以上に細かく計測できるようで、うれしい誤算である。

 それから30日ほどかけて、南中の方向を計測した。

 私は今、薄い板を削っている。

「祭司よ。おぬしは、何を作っているのじゃ? 積み木にしては、薄いようじゃが」

 後ろから小屋に入って来た、祭司長に問われる。

「祭司長様。これは『三角定規』を作っています」

「サンカクジョウギとな? それは何じゃ?」

 直角二等辺三角形の、三角定規を作っている。

「ええと。これができると『45度』、じゃない。ここを2つ合わせれば、ちょうど直角になるようなものを作っています」

 祭司長の顔が、さらに怪訝になる。

「それは、里のものに消したりするなと言っている、地面に書いた丸と棒に関係するものか?」

「ええ、そうです。『日時計』を作りたくて」

 まずは糸を張って線分を引く。次は垂直二等分線の作図で垂線を引き、直角の目安にする。

 後は二辺が同じ長さになるように削り出せば、三角定規のできあがりである。

 幼児の体とナイフだけではかなり苦労したが、どうせ暇なので、たっぷり時間をかけて作った。

 南北の方角を求める時に、既に基本となる、円と中心に立つ棒は作っている。

 糸を使って地面に正確な円を描き、引いた線の上に小石を並べて、雨が降っても消えないようにしている。

 北に12と書き込み、自作の三角定規を使って垂直方向を図り、西と東にそれぞれ6と18の数字を割り振り、45度方向に線を引いて、9と15の数字を割り振った。

 この時の文字は何にしようと思ったが、祭司長に聞いて、魔法文字の数字にした。

 他に文字のようなものはなかったし、いっその事、アラビア数字にしようかと思ったが、そこは自重した。

 これで日時計に作図できたのが、6時、9時、12時、15時、18時となった。

 これを1時間単位に分割する方法を考えようとして気が付いた。

「これって、モロに『角の三等分問題』ですね……」

 思わず独り言がこぼれる。

 角の三等分問題というのは、古代ギリシャの時代から提唱されていた数学上の問題で、定規とコンパスだけを使って、角を三等分する方法を探すというものだ。

 現代では、特定の角度しか三等分できない事が証明されている。

 少し考えて、おなじみの垂直二等分線の作図で45度の半分の角度を求め、それぞれ、7時半、10時半、13時半、16時半として、簡単な目印をつける。

 これを目安にして、目分量で一時間単位の方向を書き込んだ。

「よし。完成です!」

 ふと後ろを振り返ると、いつの間にかついて来ていた祭司長が、首を傾げて見ていた。

「これが、おぬしの言うておった、ヒドケイか?」

「ええ、そうです」

「なにやら、ずいぶんとゆがみの少ない絵に見えるが、これが、いったい何なのじゃ?」

「ええと。明日の昼に説明します」

 それから、里の皆に連絡するようにお願いして、次の昼頃に集合してもらった。

 次の日に日時計の説明を行ったが、これがかなり苦労した。

 12時の方向が真北、6時が真西、18時が真東というのは、まだ楽だった。

「祭司様。何で6から始まるのですか?」

 とかいう、至極ごもっともな疑問には、

「これは、こういうものなんです」

 と、強引に押し切った。

 最初はお昼に集合と言ったら、日時計で12時、という事だけ覚えてもらい、何度も繰り返し実演しながら、時計の見方を説明した。

 そうやって、少しずつ理解してもらい、

(なんとか、浸透しましたかね?)

 と、思えるぐらいになったのは、日時計の完成後、一年ぐらいが経過していた。

(4時間単位ぐらいの時間感覚が、どうにか、2時間単位ぐらいにはなって来た……んじゃないですかね? たぶん。うん。そう信じましょう)

 ある程度の足し算、引き算が瞬時にできるのは祭司長ぐらいの里で、私は頑張ったと自画自賛したい。

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