10.レカルストの正体

植物の種の拡散には、様々な形態がある。風に飛ばされるようになっているものや、川に流れるもの。動物に食べられ、排出される物や、動物の毛に付着するもの。動物に寄生するものも、あってもおかしくない。しかし、アスコラクはフィラソフの様子を見て、それがただ事ではないことに気づいた。


「まさか、その動物とは……」


「そうです。レカルストの原種は、人間に寄生するんです」


「では、植民地というのは、まさか」


アスコラクもさすがに頭を抱えたくなったが、無表情を取り繕った。


「そうです。西の大国の人々は、ガレートの人々から発芽したレカルストの実を採取していた。西の植物学者が不正に種子を持ち出して、品種改良に成功するまで、ずっと」


今まで、人々はレカルストの実の恩恵に預かってきた。どれだけの人々が、レカルストの実に助けられたか分からない。まさかその実の背景に寄生というグロテスクなものがあったとは、誰が想像できよう。しかも、その一大生産地として栄えたということは、それだけ多くのガレートの人々が犠牲になったということだ。まさしくガレートの人々の犠牲の上に、植民地支配側の健康と安寧があったのだ。植民地が生産地だったということは、効率的にレカルストの実を生産しなければならなかったはずだ。つまり、西の大国からやってきた植物学者は、ガレートの人々に何も教えないまま、最大数のレカルストを寄生させていたと考えられる。寄生された人間はレカルストの実の発芽の養分として体から何もかも吸い取られ、絶命していった。そしてその死体は、容赦なく処分されていたのだろう。


「その植物学者は?」

「ピシャ=パスチェという人物です」


フィラソフは即答した。書籍の中に、一番よく出てきた植物学者の名前だ。彼は西の大国では英雄視されていた。レカルストの実の改良に成功した植物学者であり、西の民の健康と繁栄の基礎を築いたと、どの本にも称賛され、紹介されていた。しかし、だからこそフィラソフは気になった。ガレートが原産地で、西が改良に成功した。その後、西から良質なレカルストの実が交易品として世界中に広がった。これだけの功績を一人で残すには、無理があるように感じたからだ。そしてイネイが持ってきた史料を見て、フィラソフが抱いていた違和感が確信へと変わった。この英雄とされている男こそ、ガレートに赴き、ガレートの人々を実験台にして、西に帰ってからその改良を行った人物であると。


「今回の標的は、許されるべきではありません。彼は英雄ではなく、罪人です」


フィラソフは悔しそうに言い切った。過去を知ると、自分が生きている今が見えてくることがある。そして傲慢にも、自分がその時それを止められていたら、などと後悔する。アスコラクにしてみれば、フィラソフもピシャ同じように罪人だ。しかし人を故意に殺しているという点において、フィラソフにとっては自分とは違うのだろう。


「そこまで調べたなら、もうツベトクバイナーの正体も分かったのだな?」


フィラソフは気を取り直して、頷く。


(初めは違う目的があったにしろ、結果が同じなら……)


「レカルスト科の花は、焼き菓子のような甘い匂いで、種子を植え付ける動物を誘います。だから、花の戦争。つまり、ツベトクバイナーです」


フィラソフはそう言い切った後、滔々と持論を述べた。


「昔は……、当初の目的は首狩りが目的だったのでしょう。しかし植民地化以降は、レカルストの種子を寄生させるための捕虜を得るために、他部族を襲ったと考えられます。現在はその名残で、元の首狩りに戻ったと考えれば、辻褄が合います」


当時のガレートの人々にとって、苦渋の決断だっただろう。しかし、圧倒的な力の差を見せつけられ、もしくは妻や子供、恋人を人質に取られ、西の大国に逆らうことなど、到底できなかった。しかも、植民地支配には軍だけではなく、学者の存在も大きい。学者たちは支配下に置く社会のことを調べ上げ、自分たちの統治しやすい社会に変えていくことが仕事だ。つまり、精神的にも逆らえなくしてしまうのだ。例えば首長社会のガレートに、自分たちの傀儡政権を作って、奴隷制度を定めさせたり、税を払わせたりするのだ。ガレートの人々には王権社会が馴染まなかっただろうが、首長の権限を強めて王の代わりにしたということは、十分に考えられる。支配側としては、自分たちに協力的なリーダーがいるという社会は、とても支配しやすいのだ。傀儡のリーダーにアメを与え、それに背く者にムチを振るう。これを見せることで、支配者側に着いた方がいい生活ができると錯覚させられれば、植民地支配者側の功績となる。


 ガレートも植民地となった以上、同じだっただろう。そして、ガレートに反発する人々の集団が、他にいた。西の大国の手先になったガレートに反目し、対立する民だ。ガレートはもはや植民地側ではなく、支配する側だった。自分たちにされたことを、反目し、対立する人々に行ったのだ。そして、首狩りで培われた力をもってそれらの人々の社会を蹂躙し、貢物として捕虜を捕まえて西側に献上するようになる。それも、その捕虜の献上は、ガレートの人々の自発的な行いだった。このような構図を用いることで、西の大国はそれほど罪を感じなくて済んだのだろう。むしろ、国を持たない彼らの社会を野蛮と位置づけ、その野蛮な生活から救ってやったという幻想に浸ることができた。植民地支配の構図は、どれも似たようなものだった。


 しかし、植民地支配を脱すると、やがてガレートの人々は元の生活に戻った。捕虜を得るという行為は、再び元の社会の文脈の中で、首狩りに戻ったのだ。それはけして、一進一退ではない。ただの緩やかな変化である。


「なるほど」


そうつぶやいたアスコラクの耳の陰で、イネイが動き出した。


「レカルスト? あ、あれ?」

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