7.レカルストの実

「植民地支配」


フィラソフは眉をひそめてそうつぶやく。東西の大戦争を制した西側だからこそ、闇の部分がある。そして大戦の勝者だからこそ、それらを隠しておかなければならなかった。


 東と西の大国が、全面的な戦争を行い、西側の国が勝利を収めた。しかし、西の大国が永遠にこの世界を治めていたわけではない。いかなる者であっても、人間である限り死ぬ。それは王でも変わらない。代替わりをするも、内乱や政権交代などの問題も起こる。東の大国が戦に負けて崩壊したように、西の大国も時代の中で変化し、国を保てなくなることがある。東の大国という大きな敵を失ったことで、皮肉にも、西の大国は弱体化した。その流れで起こったのが植民地支配だ。東の大国の脅威がない時代に、新たな土地を開拓し、国をさらに潤沢にすることで、人々を治めようとしたのだ。東の大国も植民地を持っていたが、それらの国々や人々は、東の大国が滅ぶと同時に独立期に入った。西の大国は独立した人々と同盟を結び、新たに植民地を開拓した。おそらく、その一つがこの辺りの人々だったのだろう。やがて西の大国も崩壊し、西の大国の植民地も独立期に入った。つまり、この辺りの人々は、かつて西の大国の植民地でありながら、その恩恵を受けられずに、踏み台にされた人々なのだ。脱植民地支配という言葉があるが、それはその文字が表すほど単純なものではないと、フィラソフは改めて思った。


 かつて絵画を学んでいたフィラソフだからこそ、この史実を知っている。しかしかつての西の大国を引き継いでいるカーメニなどの国々では、おそらくこのような暗部を知る人は少ないだろう。使い魔の先輩で、年下の少女を思い出す。もとはカーメニの出身であるが、今では妖魔との混合した姿をしている変わった少女だ。フィラソフは彼女の無知さに頭が痛いときがある。西の大国の人々の無知さに、苛立つこともしばしばだ。少女にはこの仕事を共にする仲なのだから、もう少し自分が生きていたことに対して、責任を感じてほしいというのがフィラソフの本心だった。


「どうだね? こんな昔話が役に立ったかい?」

「はい。貴重な話を有難うございました」


フィラソフは深々と頭を下げた。老婆は満足そうにうなずいた。そして顔をあげたフィラソフは一つ質問をした。


「あの、これは個人的な質問ですが……」

「何だい?」

「首狩りをやめさせようとは、思わないんですか?」

「あれは必要なことなんだよ。雨季が終わらないと困るだろう? もし、ガレートがツベトクバイナーを止めれば、他の部族が始めるだろうよ」

「そうなんですか」


あからさまに落ち込んだふりをするフィラソフに、長老は笑った。


「お前は学者と違って、いい奴じゃの」

「いえ。有難うございました」


そそくさと村を出たフィラソフは、川岸に佇み、川の流れを見つめていた。川の中に見える緑は流れて行かないことから、流木ではなく、本当に川底から生えている木のてっぺんだと分かる。不思議な光景だった。


(花の戦争。花とは何だ? 首を花に例えているとして、何故?)


浮かんでは消える疑問を、フィラソフは平常心で考える。


(ツベトクバナーという言葉は西の言葉だ。西の植民地だった名残で、この言葉は残されたのだろう。レカルストで栄えた地が、種の持ち出しによって貧しくなった)


フィラソフは情報を整理し、かつて師から聞かされた西について考えた。もしも、あの昔話が本当ならば、レカルストの原産地はここで、西の大国は薬として価値のあるレカルストを独占するために、ここを植民地とした。しかし、学者が他でレカルストの発芽に成功したことで、植民地としての役割を失い、西の大国に捨てられたのだ。


(これならば、筋は通っている。しかし、根本的な問題はまだ残されたままだ。レカルストの原産地が長い雨季のあるここだというのは、明らかにおかしいのだ。ここさえ解明すれば、昔話が歴史だと分かる。学者というのが、鍵なのか?)


「何か分かったか?」


その声に、フィラソフは弾かれたように顔を上げる。同じ岸辺に、アスコラクが立っていた。首狩天使とも呼ばれるアスコラク。今は男性で悪魔の姿をしているが、性別にとらわれない悪魔である。フィラソフとアスコラクは主従関係を結んでいる。アスコラクが首を狩るのは、常軌を逸した人間の首だけだ。フィラソフも鏡の魔力で不老不死となり、自分で天使を作ろうとしたために、アスコラクに首を狩られた。アスコラクに首を狩られるというのは、間違った生き方をしたからだ。そのため、アスコラクに首を狩られた人間は、死後、天国にも地獄にも行けず、アスコラクの従者として働く運命にある。


 フィラソフは、ここまで得た情報や自分の考えを、アスコラクに報告した。


「学者。植物学者か」

「はい。そう思われます」

「西のものなら、記録が残っているんじゃない?」


二人の会話に割って入ったのは、薄紅色の翅を持つ蝶だった。蝶の本体は人間の少女だ。名前はイネイと言い、アスコラクに恋焦がれるあまり、アスコラクの仕事にいつも同行している。イネイの提案に、アスコラクは溜息をついた。


「西に都合の悪い物を、西が残すか?」

「それもそうね。じゃあ、ガレートに行って、サマンを調べるのを先にしたら?」


アスコラクとフィラソフは、水面から顔を出している木の枝を伝って、ガレートの森の木の上に出た。


「ちょっと! ここの水に入ったら魚に食べられちゃうじゃないの。ここは肉食魚が多いんだから! って、聞いてる?」

「それで、サマンの方は?」

「東の村では特に収穫はありませんでした」

「ちょっと、無視しないで!」


アスコラクとフィラソフの会話に、何としてでも入りたいイネイはアスコラクの周りを羽虫が如く纏わりつく。アスコラクは表情は変えないまま、小さく嘆息した。


「ここの魚の歯は、肉を食うために鋭くなっているわけではない。固い木の実を食べるためだ」

「結果的に落ちてきた小動物を食べられるようになって、肉食魚なんだから同じでしょ!」


フィラソフの脳裡に、何かがまた引っ掛かった。


(固い木の実を食べる肉食魚?)


「どうした? 言いたいことがあるのか?」


フィラソフの様子に、アスコラクはそう質す。しかしフィラソフはゆるゆると首を振る。


「時間と場所が必要な気がしたので。具体的にはまだ何も」

「つまり、時間がかかるというわけだな? この森とレカルストの実と、首狩りをつなぐ時間が」

「話が早くて助かります」


フィラソフは苦笑する。


「それで、これからどこに行きたいんだ?」


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