6.金髪碧眼の青年

 一人の青年が、十日前にガレート族の襲撃にあったという村を訪ねた。男は女と見紛うばかりの容姿に、金色の髪と白い肌をしていた。この金色の髪と白い肌が、村に緊張感を与えた。かつて自分たちの黒色の肌とは違う白い肌の人間が、この辺りを植民地としていたことは、誰でも知っていた。植民地支配下では、女や子供が連れ去られ、男たちは厳しい搾取にあった。そんな時代を生き抜いてきた民だ。しかし、この肌の白い若者は、物腰柔らかで、サマンを彷彿とさせる言葉を使った。それに、青年が着ていた服もまずかった。この辺りの人々は皆、その温暖な気候のために長袖を着ない。こんなに暑い中で長袖を着ているのは、外者の証だった。外者は大げさに虫を嫌っていた。この辺りの人はストールで虫を防ぐことしかしなかった。それなのに青年は、上下の長袖長ズボンを着ていた。初めは蠅に卵を産み付けられることを防いでいるのだと思ったが、どうやら違うようだ。


「これは靴です」


そう言って青年は、クツを脱いだものだから、これにも人々は驚愕した。足を取り、付け替えて過ごす人間がいると思ったからだ。


 こうして青年は、足の指を持たない人間として伝聞された。尾ひれがついて、怪物のような人間がいるという噂まで流れたほどだ。


 しかし、人々の緊張は、青年に接するたびに薄れていった。青年が人々に優しく接し、なによりこの村の人々とよく戯れた。警戒と驚きをもって距離を取っていた人々の心は、いつしか青年に傾倒していった。そうしてようやく青年は、念願だった村の中心的人物との面会までこぎつけたのだった。


「ツベトクバイナー。直訳すれば、花の戦争。しかし何故首狩りのことをそのような呼び方で?」


しかも、ツベトクバイナーは元々西の大国の言葉だ。ここが西の植民地だったことから、ガレート語「花の戦争」を指す言葉が、西の大国の言葉に入れ替わっていると考えられた。しかし、奇妙なのは言葉の変遷ではない。


「それは、森の女神のための首狩りだからだ」


村長は口頭で伝わっていたことを話した。村長と言っても、まだ仮の「村長」である。これまで村長を支えてきた副村長の彼が、まだ経験も浅い内に村の中を取り仕切ることになった。前村長がガレート族に殺されて間もない村は、慌ただしかった。金色の髪で白い肌をした青年のことを、明らかに面倒に思っていた。


「でも、ツベトクバイナーは西の帝国が使っていた言葉だ。それが何故、大陸から遠く離れた密林の奥地で、ちぐはぐな状態で使われているのか」


青年は独り言のように言った。そして村長と向き合う。


「私はわずかな情報でも欲しいのです。どうか、知っていることを何でもいいから話してもらえないでしょうか?」


青年はどこまでも低い姿勢を崩さなかった。それが功を奏したのか、一人の老婆が進み出てきた。村長は「長老?」と首を傾げた。老婆は木製の杖を突いていたが、かくしゃくとしていた。


「あんたは、何故この地に来た?」


青年――、フィラソフは逡巡し、「仕事です」と答えた。生前は鏡ふきの身分だったが、今はただの使いぱっしりだ。しかし、ここではそう答えるのが無難だと判断した。鏡の中に身を隠せなかった自分が、こうして使い魔として外の人間の身を受けるとは、思いもしなかったが。


「仕事? あんたは学者か何かか?」

「現地調査をするというところは学者に似ていると思いますが、違います」

「なるほど。それなら良かろう。私は偉ぶって私らを踏み台にして飯を食い、勝手に我々を原始人などと呼ぶ学者が嫌いでね」


青年はふわりと笑った。


「まるで、学者に恨みでもあるようですね」

「あるよう、ではない。あるのだ。私の曾祖父が昔話として聞かせてくれたのだが、興味はあるかね?」

「もちろんです」


フィラソフは見とれてしまうような柔和な笑みを含み、頷いた。フィラソフは生前、東の国にいた。しかし、フィラソフは東の国だけでなく、西の国にも精通した広い知識を持っていた。東と西の境にある国において、フィラソフは鏡ふきとして生活していたし、西側の文献をあたることもあったからだ。鏡ふきだったフィラソフが、鏡の材料によって心身ともに病み、鏡の中でしか生きられなくなったことは、ミイラ取りがミイラになったというべきだが、ここでは黙っておくことにした。何はともあれ、フィラソフは、東の大国出身ながら、西の大国についてかなり詳しいのだ。おそらくこの点を考慮して、アスコラクは今回の「仕事」にフィラソフを同行させたのだろう。


「私の曾祖父が昔話として聞かせてくれたのだが、ここら一帯は、かつてレカルストの実の原産地として栄えていたらしい。まあ、呆けた爺さんの昔話だから、本当かどうかは怪しいところだがね」


フィラソフは「らしい」という語尾に、思わず苦笑いを浮かべた。それに、この昔話は根本的におかしな部分がある。レカルストの生育地は、乾燥した場所のはずだ。レカルストも植物だから水を必要とするが、長い雨季のあるこの辺りでは生育できず、根腐れを起こしてしまうだろう。


「西の大国はレカルストを独占しようと、この辺りの部族をこき使った。支配するためにこの地の風俗や慣習を知ることが必要だと言って、連れてこられたのが学者たちだったというわけさ。その学者の一人が禁止されていたレカルストの実を持ち出したから、この辺りの部族は貧しくなったと言われている」


レカルストの実は、「庶民の常備薬」とも言われる安価で効果的な解熱剤だ。それを西は独占しようとして、種を持ち帰った。そのためにガレートの人々を支配し、奴隷のように扱ったということだろうか。何か、大事な情報が欠けている気がしたが、フィラソフにはそれが何なのか分からなかった。しかし、引っ掛かるのはそこではなかった。


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