いつものカフェのいつもの出来事

化け

ビスクドールの魅力

 陽射しを浴びる焦げ茶のアンティークな店の窓から街路樹を眺める。縫いかけの可愛かあいいテディベアをテーブルに置いたらコーヒーブレイク。週に何度かのルーティーン。夫ちゃんとの夕飯に想いを馳せる。

 はぁ。奈切めまだなのか、メールを見返す。

『佳名さんお久しぶりね。大学以来よね。友達の貴女にぴったりのお願いをしたいの。可愛いこの子に洋服を作って幸せになりましょ。13時にカフェあおぞら』

「お前、手作りなんて貧乏臭いつってたろ」

 嫌なのに一緒に添付されたビスクドールの写真が、目に入る。フリフリのゴスロリは、確かに可愛かわいい。だけど歯を見せて笑う金髪碧眼の人形は、

「薄気味悪いですね。そのフランス人形」

「うわっマスター覗いちゃダメでしょ!」

 話しかけて来た若いマスターが、苦笑いを浮かべている。

「失礼しました。視界に入っただけです」

頭を下げるマスターは、相も変わらずどこで仕入れたのか赤と黒のツートンの服だ。

 その手には、服に負けないカラーのケーキが、テカテカしている。

「新作を思い付きました。並木様に試食して貰いたくって」

持って来てくれたのは、嬉しいけども。

「連れが、来ちゃうから不公平なんて思われては、いけないから」

時計は、13時から5分以上は過ぎてますけどね。

「もう帰る。来ないし」

「作って頂いたコースターのお礼も入っているのですが。しょうがないですね」

 そう奈切が、来ないからしょーがない。フォークを咥えるマスターと共にレジへ向かう。

「336円。はい、ちょうどだね」

「有り難うございました。きっとのお越しを」

マスターの見送りと同時に扉が、カラコロと音を立てた。

「いらっしゃいませ。おや、奈切様でしたか」

 扉を開けたのは息せき切った奈切だった。ご自慢の亜麻色の毛先を口から払い謝られる。

「佳名ごめんなさい、はぁはぁあの子お洋服決まんなくって」

ご、め、ん、な、さ、い、だれが、だれになにを言っている? わからない。

「遅刻して謝るんですね」

「そうよ、おかしい?」

おかしい。常識的だ。

「汗まみれじゃ無いですか、その……お化粧が」

「仕方ないじゃない。遅刻してるんだから」

「?」

「何が、不思議なのよ。この子に早く洋服作って欲しいのよ」

例のビスクドールを見せてくる。笑顔の歯が、下品だ。

「嫌ですよ。正直ハンドメイドの相場とか知らないし」

奈切の為に調べるのも面倒くさい。

「え? 相場? 友達から金を取るの?」

「!」

「暇なあんたの趣味に何で払う理由が? 働いてる私と違ってあんたニートじゃない。暇な時間を友達に使ってよ!」

理不尽! 高圧的で高飛車お嬢様気取り、相手の都合常識意見お構い無し! 奈切!

「さぁ座る」

 腕を掴まれぐいぐいとテーブル席に戻される。助けてマスターって居ない? もう厨房に引っ込んでる。

 無力! 来て欲しい時に来てくれない、人を好いた大人気取り! 奇人変人一般人分け隔てないツートンカラー! マスター!

 「さぁ座りなさい。良い? あんたは、私の言うこと聞いてれば、幸せになる」

なんで?

「だって暇でしょう? 退屈は、不幸よ」

貧乏な奈切様は、暇じゃないから幸福ってか?

「主婦になってあいつに尽くすだけの人生ってのもねぇ。先輩が、後輩になんておかしい」

あ?

「え、ええとっね。旦那さんだけじゃなくってこの子に時間を使えたらもっと幸せになるって提案」

 テーブルの中央をドールが、占領する。ニタニタとしている。

「ビスクドールは、守備範囲外」

「大丈夫。この子は、特別だから他のドールとは、全くの別物!」

確かに別物だ。なんか不気味なだけのドールと違って明確に不快感が、有る。

「嫌。夫だけで幸せ一杯」

「もっともっと幸せになるよ! 幸せにがめつくなっても良いんだよ!」

他人が、不幸に成るからお前は、遠慮も覚えろ!

「奈切さんて人形そんなに好きなんですね」

? 何だそのアホ面は、中身の無さが、出ているぞ。

「好きなわけ無いだって気味悪いし」

 テーブル中央を陣取る人形。見開いたくすんだガラス玉が、こちらを見据えてくる。いや、お前の人形の方が、気色悪いだろ。

「高値の人形も有るみたいだけど何が、そうか分かんないし、そもそも古臭いのって私に不釣り合いでしょ」

「じゃあ何でその子に固執するの」

どう見ても黄ばんでるし傷有るしまったく可愛くも無いじゃいか。

「幸せなの! この子に尽くすのが、人類の幸福につながる!」

大きく出たな。理解出来ん。

「佳奈ももっと多幸感に恵まれるから、お金の事は、謝るちゃんと出すから……ね?」

奈切と人形が、歯を見せて笑う。

「人形の為に洋服を作ると幸せに」

「そう!」

身を乗り出すなよ。

「うちのテディで充分」

「はぁ!? この子をあんなチンケなのと一緒にすんな!! わかれよ!」

あ?

「そ、その……ね? 幸せを分かって欲しいなぁ」

 あせあせと目をそらす奈切。急に叫ぶ奴なんてマスター追い出してくんないかな? 見渡すけどまだ厨房に居る。注文ぐらい取りに来なよ。

「私も信じられなかったけど一度でも尽くせば、分かる!」

分かりたくねえ。そもそも具体的な事を言えよ。買ったら不幸に成る壺の方が、まだ説明してくるぞ。

 「嫌です。あなたもソレも気持ち悪いよ」

嫌に静かに固まる奈切に別れを告げ逃げる。

「ソレって何? 謝れよ!!」

「あ?」

「謝れってんだ!! モノ扱いしてんじゃねーよ!! あ、や、ま、れ、よおお!!」

何? いきなり? 髪を乱しながら迫り狂う奈切。付き出してくる手から逃げようと何とか後ずさると強張る足に何かが、ぶつかる。

「わー、すみませーん!」

赤黒のツートンカラーのケーキが、宙を舞い

コーヒーが、ぶちまかれる音にカップの割れる音、床をトレイが、何度も叩く音と鼻の骨が、テーブルに衝突する鈍い音が、カフェにこだましながら混じっていく。

「だ、だいじょうぶ?」

 マスターは、素早く立ち上がり鼻を抑え何度も頭を下げる。

「ああー!?」

今度は、何?

「わたしのわたしの子があ」

叫ぶ奈切の視線の先を見てみると、顔をケーキで潰されコーヒーまみれの人形が、有った。注文も取らずに又ケーキ作っとたんかマスター。

「ああ……! 申し訳ございません!」

「どうしてくれる! 弁償は、効かないんだぞ! ただ一人の子なんだ」

テーブルの汚れを最低限でもふきおえ人形を回収するマスター。

「洗わせていただきます! シミ抜きなどは、得意ですので!」

 バタバタと奥へ引っ込むマスター。頭を抱え動かない奈切。さっきのお陰で結果助かったのか? と言うか今助かってる状況か? にしてもけてわーって何か棒読みだったなぁ。わざとかな? なんでも良い帰ろう。恐い。

「おい! 待て! どこ行く気だ?」

「どこって、帰る」

「話しは、終わってないぞ!」

「終わった。断りに来ただけだしさっき断ったから終わり」

「ふざけんな。私を無視するな」

「さっきから何? 奈切も私の事嫌いでしょ、何でそんなに必死になる?」

「あのこのためなのぉ」

「あのこって何? あんたにとって何なの?」

 テーブルに爪を立て睨むだけ。言いたいことが、無いのか?

「幸せって何?」

「佳奈にとっての旦那よ……多分」

あの不気味な人形でどうやったらのぼせ上がるんだ。

「自分の夫の為に他人に服を作らせる性根は、私に無いけど?」

「う、うるさいなあ理由どうでも良いだろ! あの子の言うこと聞いてりゃ良いんだ!」

「だから何で」

「だ、だから絶対だから! あの子は、一番なの」

 もう、目線泳ぎ出したよ。

「自分より上なんだ? ビンボー人に頭まで下げて」

おいおい、頭抱える様な事か?

「そう。なんであんた何かに? 意味わかんない」

意味わかんないのこっちだっての。見下される筋合いも無い。

 厨房からバタバタと靴音が、する。心底申し訳無さそうなマスターが、現れた。

「奈切様。お人形様は、綺麗になりましたよ」

マスターに優しく抱かれるドールは、なるほど確かに綺麗になっている。

 ケーキとコーヒーの染みだけでなく黄ばみや傷まで目立たなくなった顔に口を閉ざし静かに微笑むかわいらしい表情が、浮かんでいる。

「どうでしょう? もっと綺麗に致しますのでケーキをお供に御待ちくださいませ」

テーブルに頬杖を付きながら呆け顔で愛しのあの子を眺める奈切。

「どうってどうでも良いそんなの」

「え?」

 奈切に負けないアホ面を晒してしまうマスター。仕方ないあんなに騒いで居たくせに急にこれだ。私も同じ顔をしているに違いない。

「ええと、何かご不満な点が、御座いましたか? なんなりとお申し付け下さい」

 疲れた様子の奈切は、マスターを無視して席を立つ。

「フランス人形なんて古臭い。私に相応しくない」

「えぇ?」

ドン引くマスターをふらふらと横切ると、腕の中でお上品に鎮座するドールを一瞥する。

「薄気味悪い」

そう吐き捨て扉の鐘を鳴らして出ていった。

 何だったんだ?

「せめてケーキだけでも食べて欲しかったのですが、それにどうしましょう? この子」

まだ言うかこいつは。

「どうってビスクドール? ……貰ちゃえば? 要らないみたいだしアンティークな店の雰囲気にも合ってるし」

何も注文せず好き勝手に騒ぐ迷惑客は、失せた。うん、忘れようそれしかない! 

 優しい日差しを取り込む店内。カウンターに置かれた嬉しそうに微笑むビスクドールを眺める。縫いかけの可愛かんわいいテディベアをテーブルに置いたらケーキにフォークを差す。

「んー! 甘たるい!」

夫ちゃんとのデートプランに浸る。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつものカフェのいつもの出来事 化け @7724

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る