願いを~Re:make~

宵闇(ヨイヤミ)

願いを

昔々、人々が欲望のままに生きていた時代。ワタシ達が、彼らの呼び掛けに応えていた時代。彼らは自らの望みと引き換えに、代償を支払って生きた時代。


今ではその面影すら感じられない。もう何年、何十年、何百年、何千年と、長い間求められていない。


今となっては、ワタシ達の存在は、御伽噺の中の生き物に過ぎない。誰も信じていないだろう。


薄暗い空に、奇声に似た鳴き声が響き渡る。蝙蝠は鳴きながら飛び回る。


かなり昔の思い出を、まだ最近のように感じる。まぁ、それもそうだろう。ワタシ達に寿命というものはないのだから。


人間にとっての1日は、ワタシ達にとっての1時間のようなもので、1年なんてあっという間に終わってしまう。


「あぁ、退屈になったものだな」


近頃は暇を持て余し、溜息ばかりついてしまう。これといった楽しみも無く、何処かに行こうとも思わない。


これでも一応3児を育てた父親だ。嫁は召喚先で殺され、子供を育てるは苦労した。


今では3人とも立派に成長し、それぞれが家庭を持っている。


『久々に様子でも見に行ってやるか』と思った時だった。地鳴りが響き渡り、激しい揺れに襲われた。しかし、どうやらそれはワタシの足元だけのようだ。


「これは、まさか……」


足元に魔法陣が出現する。久々に見るそれに、懐かしい記憶が蘇る。


(あぁ、なんと懐かしい……)

「……その呼び掛けに、応えよう」


静かに目を閉じ、その魔法陣に自らを溶け込ませるイメージをする。それに触れる自身の足が、少しずつ溶けて、それに吸い込まれるように。五臓六腑が分解され、少しずつ失われていくように。




__________________




目を開けると、そこは薄暗い場所だった。湿気があり、埃を被った物がそこら中にある。そして、1人の人間がそこに立っていた。


ボロボロの服、痣の見える体、ボサボサの髪の毛、暗い表情、決して良い暮らしをしてるとは言えない。


「呼び出したのは、オマエか?」

「……う、うん」


こんな貧弱そうな少年だが、何かを失ってまで叶えたい欲があるのだろう。人間とはやはり、いついかなる時も、欲に忠実だ。


「一つだけ、願いを叶えよう。その対価として代償は頂くがな」

「願い……」

「さぁ、言ってみろ。オマエは、何を望む」


どうせろくでもないことだろう。金が欲しい、女が欲しい、憎いアイツを殺してくれ、そんな醜い願いなのだろう。


所詮人間など、自分の欲を満たして生きていたいだけの、醜い生き物だ。


「あ、あの……」

「早く言え」


さぁ、今回はどんな願いだ。欲を曝け出してみろ。その醜い欲を、吐き出してみろ。


「一度だけ、たったの一度だけでいいから………」

「……」

「_____と、お前は__________と、言って欲しい………」

「なんと言った。声が小さくて聞こえん。もっと大きな声で言え」


それはとても小さな声だった。この少年は、何を言って欲しいんだ。いや、『何かをして欲しい』の聞き間違いだろうか。呼び出しておきながら、何か言葉をかけてもらうのが願いなどと、そんなことを言うわけがあるまい。


「い、いい子だよって……お前は、要らない子なんかじゃないって…一度だけ、たったの一度だけでいいから………そう言って、くれませんか…?」

「なっ!」


少年は目から涙を零しながら、啜り泣く声で必死にこちらを向いて言った。


まだそれほぼ歳には見えない。大体10歳程だろうか。何があったら、こんな歳の少年がそんなことを願う。何故その言葉を、そんなに………


少年はその場に崩れ落ちるかのように、膝をついた。そして泣き続けた。


その間に、少し少年の頭を覗いてみる。記憶を辿り、過去を遡る。この少年の、今日までの生活は、人間関係は、どんなものなのか。





_________________




僕の家庭は、幸せとは言えないだろう。そんなものとは、程遠い暮らしだ。



「お前なんかがいるから、私が自由になれないのよ!」

《ごめんなさい……》


「お前が女なら、俺は嬉しかったんだがな。男なんかに興味はねぇんだよ」

「ただ、顔は母親に似て綺麗だよなぁ?」

《嫌だ、やめて……》



アル中の父親に、ヤク中にしか見えない母親、そしてその間に生まれた僕。


愛なんて、どこにも無い。欲のままに生きる両親の間に出来た僕は、ただの産物でしかないんだ。


母は僕を愛していない。ただ孕んだから産んだだけだと、口癖のように言ってくる。


父も僕を愛してはいない。父が好きなのは、母に似ている顔と体だけだ。僕自身じゃない。


暴力だって日常茶飯事だった。助けを求めたって、誰も助けてくれない。近所の人達だって、うちとは関わりたがらないから、知っていても目を背ける。


そんな環境が嫌で、本当は今日死のうと思ってた。僕が生まれ育ったこの街を見て回って、そのまま何処かで静かに逝くつもりだった。


本当にあるのか分からない “ 来世 ” とやらに期待してみるのも、案外悪くないかもしれない。どうせ今世はこんな酷いんだ。生きてたってろくな事がない。



_________________





人とは、ここまで醜い生き物なのか。まだ幼い少年に、こんな思いをさせるのか。


ありもしない来世を信じ、今世を簡単に捨ててしまおうとするとは………


ワタシ達が知らぬ間に、人も変わったのか。欲を求め、産物を蔑む。



『なんと許し難いことか……』


『可哀想な少年だ…』


『こんな人間に育てさせるくらいなら、いっその事ワタシが……』


『その方がこの少年のためなのではないだろうか』


『あぁ、そうか』


『そうだ』


『簡単なことだ』


『願わせれば……』


『そう、願わせればいいのだ』


『そうすればワタシはこの子を……』


『代償なんぞどうでもいい』


『ワタシの子として育てよう』


『今よりも良い暮らしを』


『暖かい家庭を』


『このままでは少年は………』



泣き止んだ少年は、静かに顔を上げる。そして、ゆっくりと視線をこちらに向けた。


「新しい人生を、望むか?」

「…え?」

「お前は悪くない。悪いのはお前の親だろう。可哀想な人の子、まだ死ぬべきではない」


目は口ほどに物を言うと言うが、まさにこれがそうだろう。少年は口を半開きにし、目を見開いている。その表情から驚きが伝わってくる。


きっとワタシの口から、その言葉が出たことに驚いたのだろう。


「すまないが、お前の記憶を見させてもらった」

「……!」

「ワタシは人の心を、考えを、想像を、そして過去を……色々なものを見ることが出来る」


少年の表情は、驚きを増していった。何がなんだかわからんと言わんばかりに、口をパクパクとさせている。


「お前が信じている “ 来世 ” は、存在しない。死んだらそこで終わりだ」

「そ、そうなの…?」

「あぁ、だから死のうなどと、と考えるな」


先程まで驚きの表情をしていた少年の顔は、一気に絶望へと変わったように思えた。


まぁそれも仕方がないだろう。あんな家庭で育ったんだ。次に賭けていたのに、それがないと分かったんだから。


「もし来世を、新しい人生を望むなら」

「…?」

「ワタシの元へ来い、人の子よ」

「な、にを…言って……」

「ワタシの子になれと言っている」

「じょ、冗談ですよね……?」

「いいや、真剣だ」


少年は戸惑っているが、その方がこの少年のためでもある。今のままでは、この少年は直ぐに逝ってしまうだろう。そんなことは、させられない。いや、させたくない。


「願え、ワタシの子になると」

「…で、でも」

「願うならば、助けよう。この現状から、お前を出してやろう」

「……助け、る?そう言って、見捨てるんじゃ…」

「しない。そうするつもりなら、こんなこと言わない」


ワタシはこの少年を救いたい気持ちと、この少年を手に入れたいという気持ちがあった。きっと子が全員独り立ちし、孤独に飽きがきていたのだろう。


ワタシは悪魔だ。人間の欲を貪りたい生き物だ。そう考えると悪魔も所詮、人間と同じく欲に飢えた獣と言えよう。


少年の方へと視線を向ける。少年も、こちらに視線を向け、口を開く。


「本当に、助かるの…?今の生活から、逃げても…いいの……?」

「あぁ、助けよう」

「………じゃ、じゃあ、俺は…」


《貴方の子に、なりたい》


「……その願い、喜んで応えよう」


少年の口からその言葉が出た瞬間、安堵を感じた。これでやっと、この子はあの環境から逃れることが出来る。


少年の目からは涙が零れ落ちていた。赤く腫れた目元を静かに流れ、頬を伝い地に落ちる。













~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


少年は今ではもう、本当の家族のようだ。独り立ちした子供達は、ワタシが少年を連れ帰ったことを知り帰ってきた。


まるで新しい弟が出来たかのように、人の子だということなど関係ないと言った。


昔のような、暖かい家庭だ。まるで、昔に戻ったような感覚だった。


人の子の寿命は短いが、燃え尽きるまで大切にしよう。



いつかくる、別れの時まで_____

















さぁ、お前の願いはなんだ


代償を差し出すなら


どんな願いも叶えよう_____

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