君の下で、いつまでも待っている。

荘園 友希

君の下で、いつまでも待っている。

―何億年という年月を経て僕たちは生きているんだよ―


そういう八文木だった。人間は根源的に時間的で存在であるとハイデガーは言った。品弦は時間的に冗長的である。つまりは無駄もまた人生ということである。だとしたら僕たちは一体全体今何億年たったところなのだろうか。もしかしたら数年かもしれないし、それはどこかにあるように僕たちはプログラムの一種であってシミュレーションされている最中なのかもしれない。少なくとも今まで生きてきた人生は確かに時間が流れていたのだという自覚だけはある。

今、私は葬儀に来ている。クラスメイトの死に涙も出ない。彼の時間はまだ動いているのだろうか、それとも死とともに歯車は止まってしまい、時間は止まったままなのだろうか。。

「涙も出さないなんて例刻だよ」

隣で魚は言った。魚とはクラスメイトであり、いわゆる恋人という関係だった。それ故に参列するときも一緒、葬儀も隣同士でいた。

「止まった人間に涙を流しても悲しむわけではないし何の悲しみが伝わるわけではない」

魚は首をかしげて

「私たちもう付き合って長いけどさ、私が死んだときも涙流さないの?」

その質問に対する答えを持ち合わせていなかった。シュレディンガーではないが死を初めて死と認識した時が死であって、死を認識してない今の状況からは想像がつかなかった。周りではクラスメイト全員が集まり、そこかしこで泣いているのが見受けられる。何がそんなに悲しいことなのか僕にはわからなかった。彼の死因は自殺だった。日ごろから不登校気味で少なくとも僕は話したことがないし話している人を見たことがなかったのでそれこそ涙を流す理由を探す方が難解である。

「ねぇ、生きるって何なのかな?スイッチでも切れるのかな」

スイッチ、確かにこと切れるという言葉に“切る”という言葉があるからに何かを切るのだろう、だとしたら命が切れる瞬間は何が切れるのだろうか。

葬儀がひとしきり終わった後は墓地に行って骨を納める。この瞬間も全く何の感情もわかなかった。

「少なくとも言える事は何を死に急ぐ必要がある、もっと生きる事は楽しいことだよ」

死ぬことが悪いとは言わない。でも現世の時間はそこで止まってしまうことになる骨になり時間とともに存在は風化していき、いつかは消えてなくなってしまうだろう。時間とは時に残酷な存在なのである。

曇っていた空は段々と暗くなり、次第に雨が落ちてくる。

「ほら、八文木が泣かないから空が泣いてるよ」

魚はそういう情緒的な表現が好きだった。お互いに何がトリガーになって付き合い始めたのかわからないが、今では唯一の理解者だった。

「私は魚に産まれたかったな」

名前が魚だから?と聞くと

「そういうわけじゃないんだけどさ、ほら魚って死んでも評価されるんだよ。死んだ魚みんな大好きでしょ」

それは鮮魚というべきであって死んだ魚とストレートに言うものではない。

「それにさ、やっぱり死ぬのは簡単にできる。マンボウなんて見て観なよ。壁に当たっただけで死んじゃうんだよ?それを食べてもらえるんだから評価してもらえて幸せだよね」

人間は死んでも評価されることはない。鳥葬なんてものがあるがあれは鳥が喜んでいるのか、それとも本能的行動なのかはっきりと評価することは難しいだろう。死んだ人間をクッキーにして食べる映画が昔の映画であったが食糧難の今そんな死に方もあるのかもしれない。人の死とは壮大で、それでいてあっけない。その程度の事象である。


―いつだって生き物は生物で、死んではまた生まれるんだよ―

死んだ魚の成分は人間によって咀嚼され、分解されゆくゆくは地へと戻る。生命の基本的なサイクルだ。しかし人間はどうだろう。骨は壺に入れて埋められそれが数十年、数百年とう単位で保管され続けることになる。

「人間の骨が残り続ける以上は転生なんてものはないんじゃないか?」

すると魚は

「きっとするよ。多分前世に残してきちゃった骨の数だけ身長が縮んで成長していくんだと思う」

面白い考え方をするのも魚のいいところだ。基本的にはネガティブな意見しか言わないのに時々ポジティブな事をいう時がある。

「生きるって本当になんなんだろうね」

そういうと教室の窓に近づき。

「私も死んでみようかな。なーんも楽しいことなんてないし」

「滅多なことで冗談は言うものじゃない」

でもさ、私の時に泣いてくれるかどうか。私は観測したいんだと言ったが死んだら観測ができないといったら「それもそっか」と簡単に返事をした。


―ねぇ、私が死んだらどう思う―

今流行りのマルチプレイヤーRPGをしながらそういった。

「まだそんなこと考えてるのか」

「どうなのかなと思って」

「わからない」

「そういうと思った」

そういうといつも通りの魚に戻った。魚とは中学の頃からの付き合いで正しくお付き合いを始めたのは高校に入ってからだった。魚の方から告白してきて、特に断る理由もなかったのでそのまま付き合うことにした。今まで何不自由なかったし、ヤンデレなところ以外は特徴的な特徴もなかった。ゲームをしながらふとこの前の葬儀のことを思い出す。人が死ぬってどういう気分なんだろう。もちろん死者からしてみてだ。死んだら何も感じなくなって、なんも考えられなくなって、しまいには何も見えなくなってしまうのだろうか。それとも仏教でよく言うように、三途の川というものがあってそこを渡ることで死者として初めて認識できるのだろうか。真相は定かではないし、確かめる方法もない。考えてもしようがないということくらい僕はわかっていた。行けとし生けるモノはいずれ死ぬ。死ぬのだから美しいという論者もいる。その死という漠然とした存在しない存在に対して僕は少しだけ興味を感じていた。

いつもと変わらない風景変わらない友人たち。彼が死んでしまった事は過去でしかなくて、もう誰も気にしている様子はなかった。自死事件という風に処理され、学校ではセラピストが来てメンタルセラピーが行われたけれど、人の死で全く涙がこぼれない僕には無用だった。結局そんなのにすがるのは弱いものだからだ。自分がいつ死ぬか。そんな事を考えているのかもしれない。僕もいつ交通事故で死ぬかわからないし、明日には自分でリストカットしているかもしれない。そう思いながら読書をするのだった。

「ねぇ。名に読んでるの」

「若きウェルテルの悩み」

「なにそれ」

「人は恋をすることで死んでしまうんだ」

「どうやって?」

「絶望するんだよ。また絶望とは死に至るとキルケゴールも言っている」

「なんかよくわからないけど、八文木ってなんかいつも死に近いところにいない?」

ただ命が尽きる瞬間は儚く美しいと感じるだけだった。それ以外の理由はないし、それ以上もない。

魚が珍しくショッピングに誘った。新宿に行って伊勢丹や三越、高島屋を一通り回らされた。魚の身につけるものはどこか少しセンスがあり、財布だったり、ポーチだったり時々センスが輝く時がある。きっと目利きなのだろう。魚のそういう趣味は嫌いではなかった。

帰り際に魚が

―私ね、死のうと思うの―

何かの聞き間違いかと思って聞き直したが

―私、死のうと思う―

「どうして」

「八文木が泣くかどうか見てみたいから」

それは観測することができないだろうとこの前説明したのに、何を言い出すんだ。

「明日ね。私死ぬから。」

その言葉は意味もない説得力があって、強いメッセージを感じた。

「でもね、私八文木からは離れたくない」

「じゃぁ死ななければいいじゃないか」

でも本当に魚のことが好きなのかどうか確かめたい。確かめずにはいられないの。と強硬だった。すっかり冗談だと思ったのであんまり深くは突っ込まないで近くの駅で別れた。


自分の部屋で寝ているとふと魚が夢に出てくる。魚はすこし浮かんでいて、僕の方をみて優しそうな顔をして、手をつなぐとともに消えてしまうのだった。

そこで突然目が覚めて、変な夢だったと思い寝なおすことにする。

翌朝になると、事件に発展している事に驚いた。学校の校舎と思われる場所の屋上に少女が一人立っているのだった。

「魚⁉」

報道のカメラがズームすると確かに魚がうつっていた。僕は急いで身支度を整えて学校へと向かう。あの時の言葉がよぎる。

―私ね、死のうと思うの―

てっきり冗談だと思っていたがここまで本気だとは思わなかった。走って学校へ向かうと野次馬が集まって大変なことになっていた。

「ちょっと!ちょっとどいてください!」

人混みをかき分けて先に進むと高い場所に魚がいた。

「魚‼」

「来てくれたんだ。」

「テレビ見たら居てもたっても居れないだろ」

「じゃぁこっちに来て」

人混みをかき分け先生方が制止するのを無理やり屋上へと進んだ」

すると魚が

「八文木。来てくれたんだね」

「もちろんだ」

独りで死なせるわけにはいかない。とっさに思った僕は

「僕が君を殺す。君は僕の近くから一生けさない」

「ありがとう」

このままだと普通にハッピーエンドで終わってしまう後日談をしよう。


―死ななば殺せ―

僕の選択は今思えば以上極まりない行動だったと思う。少年院こそ何とか避けたもののその事件は大々的に全国で流れた。


「魚のことは僕が殺す」

「うん」

続けざまに

「…なんでだろう。なんでこんなに涙が出てくるんだろう」

魚の顔はぐしゃぐしゃだった。泣きながら話をつづけた。

「次は魚に生まれ変わりたいな」

「魚は魚に生まれ変わることはできない。ごめん」

「どうして…」

そのあとのことはひどく残酷で、とりわけ美しい形で魚を殺した。


そして自宅の庭まで連れてきて、部屋の畳を剥がし、穴を掘り。そこに彼女を埋めた。

僕の下でいつまでも待っていてくれ。


君の下で今でも待っている。

魚がそういったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の下で、いつまでも待っている。 荘園 友希 @tomo_kunagisa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ