第7話 クラスで1番人気のあの娘をブロックした結果

翌日、俺と日枝辰美は学校で人目を忍んで、再び会った。


ただいま進行中の問題を解決するため――それと知らぬ間に始まってしまっていた俺たちの謎な関係に、ケリを付けるためだ。


「どう申彦くん? ブロックやめる気になったかな?」



「期待するのは勝手だけどな。なんでそんなに、人のこと変えたいんだよ?」


「その方が絶対、楽しい人生を送れるからだよ。自分の友達には、幸せになってほしいものじゃない?」


『友達―――』


たしかに、各方面に影響力のある彼女と個人的に友達であるというのは、なりたい人も大勢いるような立場なのかもしれない。


しかしその威光をオフにして考えてみれば、友達という関係を餌にしている、とも言える。これは華の女子校生としても、少々自意識過剰ではないか。


だからこそ、俺は決断した。俺たち以外には神様くらいしか観客のいないこの場で、大立ち回りを演じることを。


「……その『ブロックするのを、やめろ』って話ね。簡単に言うけど、俺にとっては死活問題なんだ。だから、それには交換条件がある」


「交換条件?」


「そうさ。殿上人のお前さんが、人間として底辺の俺なんぞと関わろうとするのは、友達になりたいから――ここまではいいな?」


「殿上人とか底辺ってのは、意味わかんないけど……うん、そうだね。君と友達になりたいのは本当だよ」


こくりと頷く日枝。


「なら言うけどさ。友達ってだけで、相手の性格まで変えようとするのは過干渉ってもんじゃないか?」


「ん~………たしかに、そうかも」


小さく唸って考えた後に、同意する。


思ったとおり日枝辰美は、こちらの考えを真剣に受けとめ、真面目に答えてくれる。おそらくそういう性分なのだろう。


だからこそ、つけいる隙もある――。そんな彼女にあえて道理を外れた、無理難題を突きつけたとしたら、どうなるか。


「だろう? 卯砂斗あたりに『きみのそういうところが嫌いだったんだぁv』とか言われた日には悲しすぎて即ブロック……じゃなくて、友達やめるね。だから―――」


前置きも充分。俺は一昔前のライトノベルの表紙にでもありそうなポーズで、日枝辰美を指さした。


そして、ありったけの虚勢を張り、空元気を総動員して、喉を震わせ、声を搾り出す。すると思ったより良いカンジに声が出た。


「そんなに人のこと変えたいんだったら、俺と付き合いな。恋人だったら考えてやるよ!」


まるでヒロインを脅迫して交際を迫る悪役のチンピラみたいに、我ながら邪悪な面構えで口角を上げた。


『ああ、我ながらキモいことを言ったなあ……。これでお終い。もう関わろうなんて気、なくなっただろう』


そんな感慨もこみ上げてくる。


永い人生で一度くらいは、下衆いことを言ってみたかった俺である。実際にやってみると、なかなか愉快なもんだ。


日枝辰美はというと、俯き、


「………ふぅん……」


顔を暗い影でおおった。


そこには明らかに、『うわ、この人そんなこと言う人だったんだ…。信じらんない……キモい…』という幻滅の感情が浮かんでいた。


日頃から精神の鍛えられている俺は、他者からのそういった反応には慣れているため、安堵感さえ感じる。


むしろこれまで、このような反応をされなかったのが異様だったのだ。


俺は誰かに期待などされたくないし、その期待に応えたくもなければ裏切りたくもない。他人とは必要以上に関わることなく、ただただ地味に生きていきたい。


大きなダメージを与える・与えられるくらいなら、先に自分から壊しておいた方がよっぽどいい。


これで俺に悪い噂を流され悪者になろうと

も(日枝の性格から言ってその可能性は低そうだが)、軽い気持ちで友達になって傷つけ合い致命傷を負う……という、最悪の事態は回避できたことになる。


やっぱり人間、住みやすい場所で暮らすのが一番ってことよね。


これまでにない満足感を覚えながら、俺は言う。


「へへへ……これで俺がどんな人間かわかっただろう。

んじゃ、俺は何も見てないし、聞かなかったことにするんで、そっちもそのつもりで…」


大名屋敷で盗みを働いたネズミ小僧のように、いそいそと歩き去ろうとした瞬間、


「待って」


手首をつかまれた。


お、ヤバいぞ? あの日枝辰美とこんな至近距離で、肌が触れあってしまうとは。フォロアーさんに自慢しちゃうか? 俺と繋がってる人間なぞ数名しかいないけど。


「まだ答えてないよ」


「? どういう意味?」


不意を突かれて立ち止まり、あらわになった彼女のかんばせを見る。


強ばっているはずの日枝の口許に浮かんでいるのが、温かい微笑みであることに気づいた時には、もう遅かった。


「いいよ」


「え?」


一瞬、ナンのことか分からなかった。日枝は何を指して、了解の意を示しているのか。

というか、何の話をしてたんだっけ?


「付き合っても、いいよ。あ、ううん、それじゃ失礼か」


ああ、そういえばそんな話してたなあ――…と、勝手にお開きにしていた話へ引き戻され、

俺の知らないトロットのステップでも披露するように、優雅な足どりで一歩引いた日枝辰美を眺めていると。


彼女は色を正して、こっちに向きなおった。


「ワタシも、申彦くんのこと、なんだか気になってました。

まだ、お互い知らなきゃいけないことは多いと思うけど、これからは恋人として付き合おう。……いい?」



何が起こったのか。



日枝辰実が己の気持ちを、はっきり口にして言ってからも、俺は現実についていけず、ただ呆然としていた。


言ったことの意味だけは解った気がするが、それがうまく現実と結びつかず、舌を動かすことさえできない。


ようやく外れてた歯車が噛み合って、自分と繋がって、己の置かれた状況を理解し始める。


「っ――…」


息を吸うのが精一杯だったけど。彼女の答えに対し、俺がそれ以上返事をする必要なんてないのだ。だって交際を申し出たのは、こちらなのだから。


「でも、約束だよ? 付き合ったらその性格、直してくれるんだよね。彼女だったら、彼氏の趣味や人格に干渉することもあるもんね?」


「わ、わかった………わかったよ」


食い下がってくる辰美を前に、よろめき後ずさった。


ちょっとだけ低い背を補う為にしていた爪先立ちをやめれば、短くて可愛いミニスカートが揺れ、すらっとした足でその場に立ち止まった。


永すぎた四季みたいな流行が一周し、最近また短めなスカートが流行りはじめたらしい。だけど、日枝辰美の場合はそれに付いていっ《フォローし》ただけとは限らないかもしれない。


今年の始業式で、彼女の制服の着方を見た女生徒たちが真似し始めたとすれば、彼女自身がブームを作ってる可能性さえあるのだった。


正直男視点では、何をどう変えているのかよく判らない。けど、微妙な違いが積み重なって、男女問わず追いかけてみたくなる雰囲気を醸し出す: これが噂の乙女回路。


「それじゃあ、またね♪」


なにやら満足げな日枝辰美は、いつもに増して上機嫌(足音がウキウキと弾んでる気がする)で、廊下へ出ていった。


それを追って、俺も廊下へ出ていく。



見れば、日枝辰美は曲がり角で偶然会った友達と、合流したところだった。


彼女が明るく優しいのはいつものことで。彼女がいれば場が華やぐのも、いつもと同じ光景だけど。


ひとつだけ、大きな変化がある。日枝辰実が東照宮申彦の彼女になったということ。そして俺、東照宮申もまた、晴れて日枝辰実の彼氏になったということだ。






クラスで1番人気のあの娘をブロックした結果、ふたりは付き合うことになりました。


なんでやねん。

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クラスで1番人気のあの娘をブロックした結果 さきはひ @sakiwai

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