第6話 今時お節介なのは流行りませんかね

「すぐ人をブロックするの、良くないと思う」


「え――…?」


 俺はかじりかけのクラッカーを取り落としてしまう。


 この娘、何を言ってるんだ…?

 この状況、このタイミングで、面と向かってそんなことを言ってくる相手がいたことに、俺は喫驚きっきょうした。衝撃を受けた。びっくらこいた。


 ……要するに、驚いたってこと。


「なんで……?」


「だって、自分の都合だけでいきなりブロックするなんて、相手を傷付けるかもしれないし、周りにも良くない印象を与えると思う。自分にとっても、いいことないよ」


「いや、それはそうかもしれないけど」


 わかると思うけど、いま聞き返したのは、べつにブロックが良くない理由を尋ねたんじゃない。どちらかというと、『なんでそんなことを言うのか?』という意味だった。


 そもそも俺は人に指図されたり注意されたりするのが大・大・大キライなため、他人もそうだと思って行動している。


 いくら『友達のアドバイスは大切』だのと綺麗事を並べても、たかが知れている。


 忠告なんてものは、相手のことを思いやっていると見せかけて、実は自分がむかついているだけ。偽善以外の、本当に相手を思いやった忠告というものに、俺は16年間の人生で会ったことがない。

 だいたい、聞くはずもないと判りきっているのに、そんな良い子ちゃん気どりのアドバイス俺なら絶対できないね。


 日枝は、それをわざわざ言うために、俺をここに招いたのだろうか?


「自分が、あんま褒められたことしてないのは解るよ。けど、それでイメージが悪くなるのは俺自身だ。日枝さんのブロックは解除したし、それ以上はもう、関係ないと思うけど」


「そう、だけど、………」


 辰美は、俺の感じてることが解らないほど鈍感ではなかったようだ。


 彼女は何かを考えているらしく視線を宙へ浮かべた。まるで飛んでる虫でも追うように漂わせていたが、やがて頷きながら今一度、俺のところへ戻って、


「やっぱり駄目だよ。そのままでいたら、きっとダメな大人になっちゃう。申彦くん自身がこの先、楽しい人生を送れなくなっちゃうよ。

 少しずつでも、変えていった方が、絶対いいと思う」


「―――……??」


 日枝辰美……コイツはなんなんだ?


 ここまで真剣な意見をぶつけてくるのは、俺をからかっているのか。それともブロックされた腹癒せなのか。理由はいくつも考えられる。


 けど、この目は、人を騙そうとしているようには見えなかった。

 はらの底から真面目に俺のことを考えてくれているような――そんな目に見えた。


 まあ、きっと光りの加減でそう見えるんだろう。俺としては、そんな錯覚に惑わされたくなかったし。あるいはただ、女子と2人だけで個室にいるという状況に慣れておらず堪えられなかっただけかもしれない。 


 俺は時計を確認すると(まだカラスの歌が流れるまでは時間があったが)、「ごっそさん」と言ってゆるゆると立ち上がった。


 襖を開ける。背を向けたまま、捨て台詞を残す。


「いろいろ考えさせてくれ。そのことだけじゃなく、友達になるかどうかも」


「……うん。待ってる」


 閉じた襖は昔みた《ドラえもん》のアニメで押し入れを閉める時のような、子気味いい音がした。


     * * *


 家に帰ってからも、放心していた。


 ベッドに仰向けになって、天井を見つめる。

 夜の自由時間になっても、いつもみたいにネットで新しい情報を確認する気にならない。まだ心は今日あった出来事に捕らわれたまま、空っぽのままだ。


 それでも現代人の習性であろう。思いついたようにスマートフォンを手に取ると、検索エンジンを開いた。


「〝童貞 女 騙された〟と……お、出た出た。嘘だろ、こんなことあるのか。ひぇぇ、もう人生メチャクチャだな………怖すぎる」


 どれもこれも、彼女の真意を推し量るには役立ちそうになかった。1人で考えるしかないらしい。


『だいたい、俺の性格を矯正したところで、日枝辰美に何の得がある? まず一般人の俺と友達になりたいってのが非常事態だ。やんごとなき女御の気まぐれにしたって、度が過ぎるだろ』


 普段はスリープモードにしてある頭をフル稼働して思考を巡らせるが、その甲斐もなかった。肝心なところで空転しているのを感じるんだ。


「あ~、わからねー。ニンゲンがわからねえ」


 混乱した猿のように体じゅうを掻きむしり、手足を投げ出した。思考停止。

 それから横を向いて丸くなり、独りごちる。


「……たぶん俺、断りたいんだな。日枝辰美のことがイヤなんじゃない。もし俺と友達になったら、どうなるかってことを、考えて……」


 日枝辰美の狙いについては、ひとまず保留しておこう。


 だが、自己判断に優れてることだけは、俺の数少ない取り柄の一つである。


 そこから出てきた結論は、『うまく行かないに決まってる』。


 性格の不一致は、夫婦が離婚する理由の上位だって言うしな。こんな喩え、自分で出しててキモイけど。


 いまなら、まだ間に合う。何もなかったことにして、終わりにしよう。


『なんとか上手く断る方法はないか―――これは?』


 そこで偶然、目に入ったのは、最近よく見るマッチングアプリの広告だった。


 この手の有料サービスを利用することのない俺には邪魔でしかない類いのバナー広告だが、そのキャッチコピーだけは、なぜか心に響いてきた。


〝あなたの悩みも 恋人ができれば すべて解決 ~事前登録受付中!~〟


『これだ』

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