豚汁作り過ぎて、人生詰んだ話

@uru_ao4869

第1話

そろそろ季節の変わり目だな。

なんて少し温かくなっただけでまだニ月も過ぎてないのにほざいてしまうほど、時間の流れが曖昧になってしまっていました。


小学生の頃、何も勉強をしなくてもテストは満点ばかりでした。

中学生の頃、同じように勉強をほぼしなくても、話を聞いているだけで、学年でも上から十番目位の成績でした。

受験勉強などもありましたが、上には上がいるということが分かるくらい物分かりが良い方だと思ってましたので、自分の今の実力で出来るところで落ち着けていました。

客観的に見て平均より少し上というような所でしょう。


つまり、僕は勉強で努力をしたことが無かったのです。だからこそ、本気を出せば…という変な根拠のない自信が常に満ち溢れていました。


二十代半ばになって、僕は仕事を辞め、難関資格試験に挑戦することにしたのです。しかし、試験の結果は残酷でした。根拠のない自信を打ち砕くには十分な現実でした。その時は試験に落ちて生産性のない引きこもりの毎日を過ごすようになってからニヶ月が経とうとしていた時でした。


毎日、少しずつ、自分に絶望していく中、昨日は少し大きめな絶望を味わってしまい、その夜たくさんお酒を飲みました。


音楽と煙草とお酒は全てを忘れて心地よい時間に浸らせてくれる素晴らしいアイテムでした。


目が覚めたのはお昼過ぎでした。

起きて真っ先に感じたのは、ベッドの感触で、何故かそこに優しさを感じました。


思ったよりスッと起きれたことに、自分で感心しながら水をニ杯ほど飲み、再びベッドに戻りました。


次に目覚めたのは、日が落ちる頃でした。

夕陽のオレンジの光を浴びて起きて、また水を飲み、顔を洗い、口を濯ぎ、ソファにかけているとお腹が空いてることに気がつきました。


なんでか、酒を飲んだ次の日は満腹感がある癖に、ふとした時に何か食べたいなって思うんですよね。


豚汁とか、汁物の優しい感じ、そういうの食べたいと思いまして、一時間くらい部屋でスマホを覗いたりダラダラした後、近所のスーパーに行きました。


凝り性みたいで、豚汁ごときにクオリティを求める辺り、僕は料理が好きなんでしょう。色々買ってると、会計は千五百円を超えてました。


家に帰って、すぐに調理に取り掛かりました。


まず、食材を切って、その後、コンロを出してきてそこに鍋を置いて食材を入れ、強火で少し炒めて、別の鍋で昆布や鰹節で出汁をとり、その出汁を鍋に入れ、ある程度したら味噌をいれ…


と作ってる途中に自分一人じゃ絶対に食べられない量を作ってることに気付きながらそれは完成しました。


味は予想通りの味で、自画自賛出来るくらいは美味しかったです。

二日酔いの胃に豚や野菜の旨味と甘味が優しく沁み渡るようでした。


一通り食べたらベランダに出て煙草を一本吸いました。


ふと、横を見ると隣に住んでいる女性がベランダの塀越しに見えました。


同じように一服しているみたいでした。


それを見ていたらこちらに気付いたみたいで、会釈してくれました。少し遅れて、返しました。


お隣さんとは顔見知りではあったのですが、話したことはありませんでした。

僕は音楽が好きなのでたまにギターを弾いたり、割と大音量でお風呂で湯船に浸かりながら、音楽を聞いたりしたのでなんかバツが悪かったのです。



肌寒い風で長い黒色の艶のある髪が綺麗に靡いてるのを見て、つい僕は気さくな道化を演じるように声をかけました。


『こんばんは』


彼女は縁の薄い眼鏡を少し直してこちらを向き、


『こんばんは。どうやら、昨日はたくさん飲んでいたみたいですね。

長い時間夜中に、同じような曲がずっとこちらに流れてましたよ』


と、僕のボサボサの髪と、よれたシャツを嫌そうに一通り見ながら、その女性的で思っていたよりも遥かに透き通るような綺麗な声で、嫌味ったらしく彼女は返事を返してくれました。


僕は逆にそれが嬉しくて少し舞い上がりました。

いえ、大いに舞い上がりました。何しろ女性と話すのは久しぶりだったし、キツそうなイメージの彼女が僕と話してくれるとは思わなかったからです。


『あはは、申し訳ない。

お酒好きなんですよ笑

強いていうならワインが好きで、ニ本も一人で空けてしまいました。』


酔いが抜けてないのか覚えてないですが、舞い上がってたのもあって脈絡のない会話を早口で続けます。


『そのせいで、今朝は二日酔いで豚汁を夕飯に作ったんですけど、作り過ぎてたくさん余っちゃったんですよね…。良かったら、少し食べてくれませんか?結構、自信あるんですよ笑 自分的にはとても美味しくできたと思ってるんですよね〜笑』


なんて、半ば冗談混じりに彼女の方を向いて、目線は彼女斜め上を見て、つい口走ってしまいました。

どうやらまだ酒は抜けてないみたいでした。


美人なのに目つきの悪い彼女は所謂キャリアウーマンというイメージでこういうのは軽く流すタイプだと僕は思い込んでいたのですが、思いの外乗り気だったらしく、


『いいですよ』


と煙草の煙を吐いてそう答えました。


ベランダの閉じる音がして、ほんの数十秒後には、インターホンが鳴り、玄関の扉を開けると先程見た部屋着の格好で彼女は立っていました。近くで見ると、整った顔と思ってたよりも膨らんだ胸、それと、ほんの少し僕よりも低い背丈くらいに思っていたのですが、さらにもう二回りほど背が低いことを知りました。『おじゃまします』と僕に言いながら、サンダルを脱いでそのまま家に入り、僕の使ってるお気に入りの座椅子に堂々と座り、呆気をとられた僕を背にして、彼女は僕の部屋を観察していました。


僕は少し戸惑いながら、

『豚汁、用意しますね』

と言って、彼女の分をよそいました。


彼女の前のテーブルにゆっくり添えるように置くと、彼女は頂きますと声に出し、頭を下げて、箸をとり、ゆっくり啜りました。


目を丸くして『思ってたよりもずっと美味しい』と彼女は僕に言い、それが遅効性の薬品みたいにじわじわ嬉しく感じてきて、阿保な僕は料理人になろうとか一瞬思いさえしました。


一通り食べた後、彼女は冷たいような、でも優しくご馳走様と僕に言い、その日は帰って行きました。


その3日後、僕は夜中に本を読んでいると、隣の部屋から僕が良く聞いてる曲がうっすら聞こえてきました。

三十分ほど聞いているとなんかいてもたっても居られなくなってベランダに出ました。

彼女が出てこないかなぁと思っての行動でした。

一本吸い終わってしまい、少しがっかりして部屋に戻ると、突然インターホンが鳴りました。

もしかして、、と思い、玄関を出ると少しお酒の入った様子の彼女がいました。


彼女は『今日は豚汁作ってないの?』

と僕に聞き、僕は小さく『ないです』と下を向きながら言うと、『じゃあ一緒に飲もうよ』と言って僕の家の中に入ってきました。


正直嬉しかった。


この所、自分に自信もなければ、他者のことも分からず、未来も何も見えない状態だったので、人に何かを要求されることすら嬉しかったのです。


僕は冷蔵庫から缶ビールをニ本取り出し、彼女に一つ渡し、開けられそうにないフタを代わりに開けてあげて、缶を少し当てて乾杯しました。


最初は他愛のない会話をしていましたが、段々と沈黙が多くなりました。三分ほどの沈黙の後、彼女は少しずつ僕に自分の辛い状況を零し落とすように語り始めました。

周りよりも仕事がどうしても出来ない事。それなのにやる事はどんどん増えていく事。毎日、働き、少しの休みにも勉強をしたりしていて、ある日帰り道の電車の中でボロボロ泣いた事。実家の両親には元気でやっていると連絡だけしてもう3年も実家に帰ってない事。その両親が最近倒れた事。昔、付き合っていた彼氏に浮気をされた事。その時にただ別れを切り出されて何も言えなかった事。その彼氏が最近結婚して子供が出来た事をSNSでたまたま知った事。実はまだ少し引き摺っていた事。そしてその日のお昼過ぎ会社に打撃を与えるほどのミスをして損害を出したこと。それによって上司や後輩までもがそんな事あり得ない、よっぽど仕事を集中してないんだと陰口を叩かれていた事。


僕は何を言えば良いか、何を言えば彼女がラクになるのかわかりませんでした。だから、黙って聞くしかできなかったです。

僕なんかがいう言葉は何も意味がない気がしたのです。

でも、僕なんかでも、彼女が限界なんだと思えました。

僕なんかよりもよっぽど頑張っている彼女がこんなにも疲弊し、傷付いているのを見て僕は情けなくて死にたくなりました。それと同時に彼女の為に生きたいと思いました。


えずきながら泣いている彼女の肩を少しだけ寄せて、僕は衝動に駆られて、


『もう無理しなくいいです。僕が君の代わりに何もかも捨てるので、これから泣くときは僕の隣で泣いてくれませんか?』


と今思うととってもクサい台詞を吐いてしまいました。


ですが、彼女はキョトンとした顔で

本当に小さく


『なんですかそれ。』


と言い、少し微笑んで小さく頷き。


そのまま2人で何もせず、椅子とお互いにもたれて夜を明かしました。



あれから3年経ちました。

彼女は仕事を辞め、両親と会いたい時に会えるように実家の近くのアパートの一部屋を借り、小さな喫茶店でゆったり働いています。


僕はというと、以前の夢をやめて、副業で料理店でアルバイトをしています。確かに夢を諦めた事に悔しさというか敗北感はあります。でもそれ以上に今の生活に幸せを感じています。僕にとっての生きる理由は彼女に美味しい料理を作って、お酒を飲んで、2人で憎まれ口を言い合って、笑い合う。そんな日々を過ごすことのようでした。そのような日々を送る事があの夜本業になったのです。


明日、というか今日ですね。またあの時みたいに、先日酒を飲み過ぎたので豚汁を作ろうと思います。違う所は、飲み過ぎたのは僕だけではなくて、この部屋のセミダブルのベッドで寝込んでいる彼女と2人でという所と今回はもう豚汁は余らないであろうという所です。


おしまい。












あとがき


詰むことは果たして本当にダメなことでしょうか?


僕にはある意味で幸せだと思います。


世の中はやりたい事を見つけさせる事に躍起になってる気がします。


やりたい事があるから、その為に〜をする


この考え方は正しいのかも知れません。


でも、

人は何かやりたくないことや逃げ出したいほどの現実があるから

それから逃げるように

やる事を見つけるのではないかなと

逆に考えることもできるんではないかと思うのです。


死にたくないから生きるために働く

サッカーをやめたくないから、サッカーをやりたいと思う。

高級なバッグや車を持てない現実が嫌だからお金をたくさん稼いで手に入れたい


だとすると、やりたくないことが無くなる

詰むことはある意味で幸せなのではと思うのです。


ここまで読んでくれてありがとうございました。











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