きのじいの冒険の始まり
んなひ
第1話
ワシじゃ、キノコの爺さんこと、きのじいじゃ。
今日ワシは長年暮らしてきたこの森を出て、旅に出ようと思っておる。
そのために80年ほど前から足を生やし、50年ほど前から手を生やし、20年ほど前から歩いたり手を使ったりの練習をし始めて、今ではすっかり歩いたり物を持ったり使ったりと器用に動かせるようになったんじゃ。
「さらばじゃ母なる木よ! 我が森よ!」
ワシは前へと進む、こことは違う景色を求めて。
「なかなか景色が変わらんのう……」
歩き始めて丸一日、期待と共に歩き出したのはいいが、いかんせんきのじいは一般キノコサイズの爺さんなので1日歩いてもすすめる距離はたかがしれている。
風に揺られて擦れる木の葉の音だけが聞こえる森をきのじいは歩き続ける。
歩き続けて4日目の朝、きのじいの耳に木の葉の音とは異なる音が飛び込んできた。
喜んだきのじいは駆け出そうとして足を踏み出した瞬間、きのじいは顔から前に突っ込んだ。
手足が揃ってから20年歩く練習はしていたが、走る練習をしていなかったきのじいは、バランスを崩してあっさりと転んでしまった。
「一定のペースで歩く練習しかしとらんかったからのう、出かけるのは早かったかのう」
ブツブツと言いつつも体を起こし、また同じペースで歩き出しているあたりあまり気にしていないようだ。
転んでからまた丸一日、ようやく音の発生源にたどり着いた。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
「ホォー! これが滝か! 噂に聞いていたよりすごいのう」
きのじいの目の前には大きな、ピンクの液体が流れる滝があった。凄まじい音でピンクの液体が流れ落ちていく。滝壺からは川が流れている。その色もまた変わらずピンク色である。
「この川に大きな葉っぱを浮かべたらそのまま下流に行けるのう、ワシはついておるな」
そう言うときのじいは大きな葉っぱを探し始めた。
「これなんかどうかのう? 大きいし、しっかり浮かんでくれそうじゃ」
見つけた葉っぱを川に浮かべると、煙を上げてあっという間に溶けてしまった。
「これではダメか……」
切り替えてまた葉っぱを探し始めたきのじいは、滝壺の周りの葉っぱだけ薄っすらとピンク色をしているのに気がついた。先程まではただ跳ねた液体がかかっているだけかと思ったが、普通の葉っぱでは溶けてしまうし、こんなところに生えている葉っぱなら船にしても溶けてしまわないだろう。
その辺の草で葉っぱを拭いて乗り込めるようにしたら、再び川に浮かべてみる。
「ホッホー! これならいけるのう!」
やはり溶けなかった葉っぱにいそいそと乗り込むと流れに任せて川を下って行く。
「これからどんな所に行けるのかのう! 今からワクワクが止まらんぞ!」
きのじいの旅はこれからが始まり、どんな旅になるかはまだわからない。
いつかきのじいが帰ってきたら話してくれるだろう。
それまでは赤と白の母なる木と共に帰りを待つとしよう。
きのじいの冒険の始まり んなひ @aggain
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