アラサーOLが魔法少女にされて壁尻させられたら、流石にキレて良いですよね?
白神天稀
アラサーOLが魔法少女にされて壁尻させられたら、流石にキレて良いですよね?
「尾形様。この度は、あの、こちらの不手際でご迷惑をおかけしてしまい……」
「良いからこの姿解除しやがれクソが」
ピンクとホワイトで彩られたフリフリのドレスのような衣装を着させられ、三十歳OLは歩道橋の上で拘束される。
魔法少女の姿で、それも壁尻状態で。人間一人分の大きく薄めのパネルが拘束具となり、仕切りが上半身と下半身の間に差し込まれていた。
身動きは取れず、くの字に曲がった体勢で彼女は目の前のメルヘン生物へ怒りをぶつけた。ウサギ風の丸くフワフワした妖精は困ったような苦笑い。
「おーどうしてくれるんですかー? 三十歳女性尊厳破壊の音でASMRでも撮る気ですか~?」
「いえ、スパチャどころかクレームが来るので結構です」
「なんで私が提案した前提で進めてんだよボケ」
「ご説明してる通りこちらの手違いでしたので鼻息だけでも抑えて下さい腐れ神様」
「なんで最後煽ってんだオイ。こっちは紛うことなき被害者なんだが!?」
「最近はカスハラ対策として『お客様は神様だが、クソ神は腐れ神だ川に流せ』との社長命令でして」
「お前の星に法律事務所があったら通せ。勝訴する可能性しかねえからよ」
「わが社の法務部は尾形様の星でいうところの、ネズミか配管工の会社の法務部と同等の能力がございます」
「その能力を人材育成に割けや! 魔法少女にする相手間違えた挙句に痴態晒させる社員なんざ二度と野に離すな」
魔法少女勧誘生物も所詮は社畜。だからこそ社畜歴八年目の尾形の逆鱗に触れた。
「てかまず、なんで私は魔法少女にさせられた?」
「本来はこの地区の中学に通う緒方様という尾形様と上下の名の読みが同じ女子がいたのですが……漢字などという複雑で馬鹿みたいに分かりづらい文化のせいで翻訳ミスしまして」
「同じ社会人として言ってやる。お前は一度辞書引いてから営業ってもんを学び直せ。そしてハロワ行け」
「ともかく、それでターゲットである女性を間違えてしまったわけでして」
「一億歩譲ってそれは分かるが、なんで壁尻なんて状況が爆誕してんだよ。そろそろ腰死ぬからマジでイライラしてんだけど」
「そりゃ想定の倍の年齢してるターゲットに遭遇したら間違えて魔法少女変身アイテムを誤射もしますし、暴発で壁尻トラップも起動してしまいますよ」
「悪意あり過ぎてわざとに聞こえんだが?」
「わざとだったらもっと綺麗な腰つきの方にしますよ」
「誰の尻が汚ぇんだてめぇ殺すぞ!!」
「ほら暴れても抜けませんし、下半身に重心あって体プラプラしてるじゃないですか」
「知られざる怪物の卵、蠢く混沌の瞳、穢れし愚者の身に天命は能わず宵闇に――」
「ちょ黒魔法詠唱しないでくださいよ!? その身体だとマジに魔法放てるんですから!」
「地獄までお姉さんついてってやるから喜べよ」
悪魔のような殺気と睨みつけにビビったメルヘン生物は一歩引いた位置から面倒そうに彼女をあしらう。
「ひとまず『
「車じゃねんだよ。つーか今こっちは歩道橋の上で死ぬほど痛い恰好で待たされてんだけど」
「滑稽ですね」
「てめえのせいだろうが!!」
「まあまあ。見せるは一瞬の恥、見せられぬは一生の恥って諺を信じましょう」
「広辞苑に記載してるか確かめた上で、辞書の角で殴り殺す」
「撮られて金になるわけでもないのに過敏ですね」
「すまん人の心をお前に求めた私が悪かった。終わったらダニとして責任もって処分する」
「部下の責任は上司の責任なので係長にお願いします」
「部下が吐いて良い台詞じゃねんだわ。責任能力が欠如してんなら裁判かけらんねえから島流ししてやんよ」
「どこに流すつもりです?」
「イースター島にでも九十九里浜から送り出してやるよ」
「気候的には暖かくて過ごしやすそうじゃないですか。南半球なのでこっちとは季節逆でしょうけど」
「イースター島の知識あんならターゲットの下調べぐらいしてこいや!!」
火に油、ガソリン、石油並の燃料が絶え間なく注がれ続けた。
だが冷静さを先に取り戻したのは尾形だ。目の前のボンクラ社員とは違い、社会人としてアンガーマネジメントは心得ている。
「分かった。最大限変えられない現状についてはこれ以上言及しないから。ただ姿を隠す魔法とか、せめて腰回りだけでもブランケットとかないの?」
「現場のものには触れず、状態をそのままにしておけっていうのがこの場合の鉄則ですから」
「殺人現場か何かと勘違いしてるか? だったら救護活動だから布の一つでも覆わんかい」
「たしかに事件ですね。大の大人が街中でコスプレして壁尻してるって、普通に事案ですもの。変質者極まりないですから」
「記憶メモリは揮発性かコラ。数分前のこと思い出してみろ」
「クソ神は腐れ神だ川に流せ」
「どこに戻してんだよ産廃脳みそ!!」
政治家とメルヘン生物は記憶容量がファミコンカセット程もない、と尾形の辞書に追記された。
「本当に尊厳破壊超えて蹂躙されてんだよ。こんな姿周りに見られたらどうなるか」
「一応魔法はかけといたので人払いは済ませてありますよ」
「今までのやり取りは何だったんだ!」
「と言っても完全に存在を消せる強力なものではなく、野次馬が集まらず『うわー変な人いるー』程度まで認識レベルを下げる魔法ですが」
「じゃあさっきからずっと変な目では見られてるじゃねーか!」
「スマホで撮影はされないのでデジタルタトゥーにはならないでしょう。まあ絵面はお笑いものですが」
「笑いごとか? 笑いごととして処理しようとしてんのか?」
「だって可愛い魔法少女の服も似合ってないってことはないですけど、その、あまりにピッチピチなんですもん」
「どうも青筋立ってビッキビキですわ余計キツくなったな。そしてフォロー入れんなら世辞でも可愛いって言っとけや」
「いや、正直……厳しいって」
「どこぞのコーチみてぇで腹立つ!」
「訂正します。キッツい」
「あと二歩こっち来い。首ネジ切ってやっからよ」
「三十路でよくそこまでキレる元気ありますね」
「誰が更年期だゴルァ!?」
「言ってませんが自覚あるなら終わりですよ」
この場に『命のママ』でもあったものなら、彼女はオーバードーズしていたことだろう。
「けど、一応役割は完了出来てるようでして……」
「あ? なんだよ役割って」
「ほら、あそこご覧ください……小学生の男の子が固まって貴方を見てる」
「お前のとこコンプラ研修やってんのかドブカス?」
彼女の視界の端には確かに小学校三年生ぐらいの男児が歩道橋の下から見上げていた。
少年は赤面し、凝視したまま、明らかに心臓のピッチが速まっている。未知との遭遇で興奮と混乱からフリーズしてしまっているのだろう。
下手をすれば、初恋をアラサー魔法少女の壁尻で奪った可能性さえある。
「だって三十代女性がフリフリでピッチピチの魔法少女服来て壁尻してるんですよ? 子どもの性癖も歪むでしょう」
「なに人を辱めた挙句に不健全な教材として子供に提供してるんだよ。無駄のない人権侵害リサイクルにびっくりしちゃったよ」
「私は好みですので良いと思いますよ」
「それはフォローじゃない。ただ性癖を告白しただけだ。慰めるハグで絞殺そうとしてるだけなんだよ」
「その上で言わせていただきます。キッツ!」
「同業他社の名刺持ってない? 今ならお前殺すために魔法少女やっても良いわ」
「名刺は自分のかキャバクラのしか……」
「お前の貰ってる給料次第で殺害方法選びたいから教えろ後で」
殺意が三十年間の人生で最も高まっている女性を無視し、メルヘン生物は手元に目をやる。
ジュエルでデコレーションしたハンドミラーのようなアイテムで、この場と少年から溢れるエネルギーのデータを鬼畜生物は計測する。
「てか怪人と戦うより性癖破壊の方がエネルギー生産率高いんですね」
「どんなプロセスでエネルギー生み出してんだよ。お子さんのお子さんの血流しか良くなってないんだよ」
「魔法少女ってかわいい姿で戦ったり、敵を倒したり、女の子が夢を叶えることでプラスのエネルギーを生んでるんですけど……あの少年の性癖破壊一回で魔法少女二十人分の一年に相当するエネルギーです」
「最悪のエネルギー資源。無垢な男の子からSDGsを実現すんな」
「これで徴収エネルギーのノルマ達成で今月一位になれそうですし、もう少し稼がせてくれませんか?」
「骨までしゃぶる気満々だな鬼畜生物。日曜の朝には存在しちゃいけないタイプの精神性してんな上等じゃねえか」
「まあ『邪夫』ももう少しで来ますし、どうせこのポーズ変わらないんだし良いじゃないですか」
「お前がこっちの心情決めんな! それと『邪夫』!! ネーミングといい、この壁尻トラップといい、ぜったい魔法少女にいかがわしいことする目的だろ!!」
「技術職は男性がほとんどなので『魔法少女の間に入ってくる邪魔な男』って意味の『邪夫』です」
「現場で頑張ってる人馬鹿にしてんじゃねえぞガチクズ有害指定外来種! 私ら営業が食ってけてるのはそういう現場の人達のお陰なんだよ!!」
「そこまでプロ意識持ったって手取り変わらないじゃないですか。六割以下の実力を全力に見せて仕事してるのが一番ですよ」
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
結果、邪夫が到着するまでの四十六分あまり。尾形は七人を超える男児の性癖を破壊しながらその場で痴態を晒し続けることとなった。
後日、鬼畜妖精の社長が社員の懲戒解雇の報せと菓子折りを持って謝りに来たことで、ようやく彼女の溜飲は下がった。
アラサーOLが魔法少女にされて壁尻させられたら、流石にキレて良いですよね? 白神天稀 @Amaki666
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