第4話 再会者


 カシスの情報によると、金翁は、自分の会社のあった場所アジトとして潜伏しているとのことだった。灯台下暗しとはこのこと。

 金翁の会社は倒産したはずだが、その建物はそのまま残されて廃墟のようになっていた。地下には、あの実験施設があった場所があった。もう機材などは警察に押収されていているはずだったが、今でも残されている機械もあった。

 この機械を使って、またあの恐ろしい怪物を生み出そうとしているのだろうか。


 私たち三人は、割れたままの窓ガラスの隙間から、廃墟の中へと潜入した。

 けれど、最初に入った部屋で、すぐに閃光弾を投げ込まれて目がくらんだ隙に、ミカンの姿が消えていた。

 目が慣れてきたころには、金翁の仲間たちに拘束されてしまった。あっさり捕まる、私とイチジク。


 手下たちに連れられて奥の部屋、かつて金翁の会長室があった部屋に入るように促された。

 大きなソファで金翁の膝の上に座っているミカンがいた。

 これは……二重スパイだ。

「何が俺を裏切らない女よ。カシス、手玉に取ったつもりで、手玉に取られたんじゃない。笑う気も起きやしない」

 ここで終わりか。私の家族だけは守ってよねと心の中でカシスに呟く。

「ようこそ、待っていたぞ。おまえにプレゼントがあるんだ。おまえの喜びそうな殺人マシンがもう一体ある。今連れて来よう」

 しわがれ声で金翁は嬉しそうに言った。

 ……殺人マシン。あの大男があと一体いるのか……。

「あれは、コントロール不能なマシンではないとしてとして登録した者の指示にはよく従う便利なマシンだ。うまく従えば、強力な用心棒として使えるし、人類と共存することも可能だ。まあ、残念ながら、主人はわしで、君は殺戮対象として登録してあるがな。はは、どんな顔で君があのマシンに殺されるのか、見ものだな」

 その時、ザクザクと、部屋の奥から足音がした。

また、大男のマシンが来るのか……。

 戦うにしても、普通の人間である私との体力差は歴然だ。銃を取り上げられた丸腰では勝てる気がしなかった。


 後はもう、死に物狂いで行くしかない。

 私が覚悟を決めた時、今度はシューッと部屋中にスモークがたかれた。

 その煙に紛れて、カシスとその大勢の部下たちがなだれ込む。


 先程の閃光弾に続いて、今度のスモーク弾を投げたのも、なんとミカンだった。

 彼女は三重スパイだったのだ。


 カシスたちは、激しい銃撃戦に競り勝って、金翁の一味を倒すと、縛り上げて警察に引き渡した。


 その後、ミカンは近付いて、私の縄をほどいてくれた。

 ありがとうと言ったが、表情をピクリとも動かさなかった。先程までは感情的な女の演技をしていたが、本当は氷のように冷たい女のようだ。

「演技だったのね。じゃあカシスの恋人というのも演技?」

 私が尋ねてもミカンは答えない。あくまでも役作りだったようで、本来の無機質な姿に戻っていた。

「それは本当だ。彼女は、私が今一番信頼している女だ」

 建物の上階を確認していたカシスが、階段の手すりに手を置きながら降りて来た。

一番信頼している、と言う言葉に、少し心が痛んだ。


「組織に戻れ。ビワ、お前には相応のポジションを用意してやる」

 カシスに言われたが、私は首を縦に振ることが出来なかった。正直に、今の不安な気持ちを口にする。

「今回のことで痛感したわ。息子という最大の弱点がある今の私では、この仕事は務まらないと思う。これからもずっと、あの子たちを人質に取られる日々が来るのは不安なの」

「息子は安全な場所に保護するよ」

「安全な場所って、結局はアジトのうちのどこかよね。今は夏休みだけど、ずっと閉じ込めておくわけにいかないわ。保育園に行き小学校に行き……そうなった時に、安全を確保できるとは言えないわよね」

「君の気持ちは理解した。しかし、そんなことを言ってはきりがない。今回の金翁も、君がすでに足を洗ったにもかかわらず過去の事件の恨みで、君の家族が人質となった。今後も、君がこの仕事から足を洗う洗わないにかかわらず、君と君の家族は狙われるリスクをはらんでいる」

「その通りですが、今後新しい任務を引き受けなければ、少しでもリスクの確率を減らすことにはなると思います」

「相変わらず頑なだな。それならば、正式に組織に戻らなくてもよい。ただ、私が君の力を必要とした時には連絡をする。その時に引き受けられそうな任務であれば引き受けて欲しい。君の家族はその任務の間だけ保護することにしよう。これ以上、譲歩はできない」

「……わかりました」


 私と息子の二人は、イチジクとミカンに、車で自宅まで送迎してもらった。

義両親は、目覚めてすぐに、彼らの家へ送られたそうだ。彼らには、私の夫を殺した犯人の仲間が捕まるまでの間、私の友人の家にいてもらったと説明してあるようだ。


 久しぶりに自宅へ帰った。金翁の手によって自宅が壊されているものと覚悟していたが、なぜか元通りに修復してあった。


 玄関から入ろうとすると、庭に誰かがいることに気が付いた。あの大男がいたあたりに人影が。

 あぁ悪夢が蘇る。


美輪みわ、おかえり」

 そこにいたのは、夫だった。自宅を修復してくれていたのは彼のようだ。

 ペタペタと、彼の全身を触ってみたが、紛れもなく本人だった。

「どういうこと?どうして?」

 息子は無邪気に夫に駆け寄り、夫は当然のように肩車をする。

「心配かけてごめんな。カシスさんからの指示だったんだ」

 夫の口から、まさかその名前が出るとは思わなかった。

「殺されたのは、俺そっくりに顔を整形された別人だよ。カシスさんは、金翁が君を狙っていることに気が付いて、君を守るために、腕利きの男を俺と交代させておいたんだよ。結果的に俺の身代わりに倒されてしまったみたいだけど」

「本当に?殺されたのはあなたじゃなかったのね?でも、カシスさんって。あなたは、あの男のことをどこまで知っているの?まさか、組織の人間?」

「違うよ。僕は普通のサラリーマンだ。ただ、今回、君の留守中にカシスさんが僕に会いに来て、カシスさんに君の過去の活動について初めて聞いたんだ。僕は君の任務には関わらないが、これからも応援しているよ」

 優しく微笑む夫の笑顔に心が温かくなる。予想外の再会に私は喜びに包まれた。

「良かった……夢じゃないのね」

 家族三人で、これからも幸せに暮らしてゆける。

 私は主人の首に手を回した。

 首の後ろに、スイッチのような感触があったが、私は、気付かない振りをした。


 ミカンが私の背後で誰かと電話している声が聞こえる。相手はカシスのようだ。

「ビワは、金翁からの最期のプレゼントに対面しただろうか。私がきちんと、インプットし直しておいたから、用心棒として役に立つだろう。……開発途中のマシンだから、暴走しないことを祈るよ」

 私は目をつぶると、息子と夫と一緒に自宅に入って行った。


 振り返ると夫の目が、紅く光ったように思った。



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スパイの罠~殺人マシンと知りながら~ 花彩水奈子 @kasasuna

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