EP.09――雷槌――
一
それは、早朝の悪夢な蛮行といえた。人気の薄い場所とはいえ朝の通勤学時間にひとりの少女が白昼堂々と襲われた。少なからずな目撃者がいる中で、数人の悪漢供は目撃者を殴り飛ばす無計画さで東京駅から少女ひとりを誘拐する事件を成功させてしまう。
悪漢達は東京メインシティの警察組織が現れる前に、中古車で東京駅から走り去って行った。
ニ
悪漢供は中古車を走り飛ばし、とある港の使われなくなって久しい物流倉庫の中へと手足を拘束した千代乃を運び込み寝転がした。
目隠しで視界を奪われ噛まされた
「この女で本当に間違いはねえのかい?」
「ああ、アジアンな黒髪に別嬪な顔、唆る制服とドンピシャだ。へへへ、
下卑た笑いの悪漢供はワシントン
「しかし、こんだけ危ねえ橋を渡って仕事を成功させたんだ。おこぼれは貰ってもバチは当たらねえだろ?」
「よせよ、セオドア所長にはキレイな身体んまんまで拐うように言われてんだ、おツマミなんて殺されちまうぞ」
どうやら仲間の悪漢供も美少女な千代乃を前にしてそれぞれの邪が出たようだ。大男はセオドアに何度も殴り飛ばされてる頬を擦りながら、今一度、千代乃を見下し顔を歪ませた。
「まぁ多少はバレやしねえんじゃねえか? トーキョーの趣味な動画でしかお目にかかれなかったご馳走だ。据え膳おあずけてのも酷なもんだ」
大男は散々酷い目にあわされてきたセオドアを出し抜く小さな優越感と自分本意な身勝手さで口裏合わせに道連れに出来そうな仲間供を見回すと、下卑た笑いで賛成を返してきた。
あまりにも身勝手な貞操を剥ぐ会話に千代乃は拘束された身体を暴れさせるが、それは悪漢を喜ばせる刺激になってしまう。
「ヒへ、すぐにかわいがってやるぜ」
大男はその暴力的な欲望を剥き出した腕で千代乃の着衣に手を伸ばしてきた。
――そこまでです。
だが、淫行におよぼうとする直後、物流倉庫に凛と落ちついた何者かの声音が響いた。悪漢供がその汚れた眼を剥き出し、声のする方を見やると。
「傍観できるものではありませんね」
いつの間にそこにいたのだろうか。丸眼鏡を掛けた長身な優男が真っ直ぐと歩みよって来るのが見えた。
「またお会いしてしまいましたねお嬢さん」
翡翠な眼を優しげに細めて千代乃を見つめる。この声に千代乃は聞き覚えがあった。
「自分の身勝手な目的遂行のために
面を上げた柔和な顔に翡翠な眼は笑わずに、悪漢供を見下し落ちついた声を響かせた。
「あなた達、このシティでそんな下衆な企みが許されぬことはわかっていますでしょうか?」
翡翠の眼は悪漢を
「ハッ、シティのコミックヒーロー気取りかようッ」
一瞬、この優男のどこまでも自分達を冷淡に蔑む眼に気圧されたが、多勢に無勢こちらの有利は変わらないと強気な男達はこの蛮勇な優男を血染めの亡骸へと変えるために鈍器を手にした。
「めでてぇ
歯の溶ろけた男がギラついた暴力な眼で小綺麗な顔へと鈍器の一撃を見舞うために振り上げた。
「っ――ッ」
瞬間、暴力を振るった男の視界は回転し、高所から背中落ち潰れた蛙のように叩きつけられた。
「踏み込みが甘すぎますね」
優男は振り下ろされた鈍器に指を這わせたかと思うと一瞬にして男を風車のように回転させて後ろへと投げ飛ばした。
「一応の警告はします。無謀を晒さず大人しくしなさい」
優男は涼し気な表情に感情の薄い声音を漏らし、まるで聞き分けの無いペットを躾けるかのように悪漢供に警告をした。
「や、やっちまえよッッ」
だが、目の前にした早業に一瞬と怯んだ悪漢達は未だこちらに数の利があると奮い立たせ、一斉に優男へと襲い掛かった。
「
優男は呆れ声と同時に両サイドから襲い来る鈍器に両手を這わせ悪漢供を風車回転させ、中心に向かい
悪漢供の数的な優位はたったひとりに覆され、大男はひとり対峙する形と相成った。
「さて、どうしますか?」
「へ……ヘヘ、へへへへ」
優男の短くも威圧を示す声の圧と仲間を全て目の前で叩き伏せられた惨状にどうするもこうするもない。大男は渇いた声を漏らしながら、降参と両手をあげた。勝てる見込みが無い喧嘩はするものではない。外街の育ちが身に着けた、強いものにへりくだってでも生き残る処世術だ。
「賢明な判断としておきましょうか」
もはや虚勢を張る脆い牙もなさそうだと優男は攻撃の構えを解いて、高速された千代乃の側へと歩みよる。
(あぁ、これでクえなくなっちまうのか)
大男は拘束を解かれようとする寝転がる千代乃を眺める。
この優男の手に渡ればもう二度と手を出せなくなるだろう。自分はシティの警察組織に引き渡され、外街への強制送還か、悪ければシティへの収監だ。いや、悪い事は無いのか、牢獄でも外街に比べりゃ上等な臭い飯が食えるかも知れない。あぁ、でもクうならその真っ白で小綺麗なこの娘がいい。おツマミとは言わず、頭の先から爪先まで丸噛じりに独り占めだ。クえりゃいい、クヮしてもらえりゃいい、クれよソレ、クいたいだけなんだよ、クう、クウ、クッ、クラ―――ィ
大男の欲溺れた思考は知らぬまに暗く墜ちてイク。
「ッッっ」
優男は急速に空間が変化する黒い感覚に翡翠な眼を剥き、千代乃を抱えて後方へと飛び退いた。瞬間、鎌を振り下ろすような一撃に鉄板を敷いた床が飴細工のようにへしゃげていた。ドス黒く長い管のようなモノが先端に生えた鋸のような歯で鉄板を喰らってゆく。その先には大男だったらしい人とも動物とも取れない軟体な怪異が次々と歯の付いた触手を生やし、その悍ましい巨躯を持ち上げ始めていた。
「愚かなヤツ
着地した優男が丸眼鏡越しに憎々しげに翡翠の眼を軟体な怪異に睨ませると、視界を奪われたまま何が起きたかもわからぬ千代乃を後ろへと置くと怪異へと向かって前進した。
(〈サイ・ゴースト〉にもなれぬ
優男は振り下ろされる触手を紙一重で回避しながら丸眼鏡を上空へと放り投げる。
「瞬くまもなく沈めッ」
――コンセプト/ボルスカーロ――
優男は軟体なる亜空魔を見据え、念じる言葉を
優男の身体が瞬転に
唸る
捻れ揺らめく空間が戻り始めると同時に黄金髑髏の巨躯も全身に紫電を走らせ崩れ落ち、空間に吸収されるかのように消滅した。後に残った空間にはニュアンスパーマの乱れを手櫛に直しながら上空へと放り投げたはずの丸眼鏡を掛けなおす優男の姿があった。
「少々、派手にやりすぎましたかね」
優男が吐息を突く声を漏らしながら、千代乃の方へと振り向くと、一瞬の戦闘の衝撃に目隠しが外れ飛び、アイスブルーの瞳が瞳孔広く揺れながら優男を見つめていた。どうやら、優男の
「なん、なの?」
短く震える千代乃の言葉の色には様々なモノが含まれている事だろう。
「いま見えてしまったモノが全てといいましょうか。お嬢さんには何事もない日常に戻っていただきたかったのですが、それも無理になりそうです」
優男は千代乃のアイスブルーの瞳を真っ直ぐと見つめながら淡々と語ると顔を柔和に笑わせた。
「すみませんが、お嬢さんをトーキョー
「……
一方的な優男の言葉に反論の余地の許されない圧を肌で感じたが「
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