EP.07――叫変――

 一


 亜空魔エヴィルの大口に突き入れられた黒鉄の巨腕が鋭爪クローを突き立てる。亜空魔は耳をつんざく金切りな鳴声を上げる。亜空魔の巨大な黒き尾が驚異を取り除こうと蛇行に伸び穿こうとするが、もう片方の黒鉄の腕が尾を掴み、力に任せた鋭爪の突き立てに、黒き尾が軋みをあげる。

 白鉄の巨躯の口から雷槌の打落されるような咆哮が上がると同時に大口と亜空魔の尾が、黒鉄の巨腕に粉々に砕き潰された。


 セオドア達、悪漢を一瞬にして生命砕いた亜空魔もまたより狂大な力の前に脆く崩れた。


 白鉄の巨鋼は黒鉄の鋭爪と脚部を地に沈ませるとアイスブルーの雙眼が鈍く輝き、猛き咆哮を挙げ、大地に存在を主張した。まるで、獣が響かせる鳴き声はもはや人間のものとは思えない。この怪物の如き白と黒の生きた鉄塊が「多神矢光司コウシ・タカミヤ」であることも無い。人の意識というものが感じられぬ怪物の猛狂った叫びは、どこか泣き濡れた子供のようだ。


 ただ一体、大地に取り残された咆哮の獣は。


『ほう、壮観な面だ』


 中空の漆黒の空より、多重に響く短な声音の主に反応し、アイスブルーの雙眼を見上げた。その先に映るは黒キ蝙蝠の如き翼を背負った深紅の鋼が紫色しいろ頭甲バイザーに眼覆う鉄仮面たる存在。

 深紅鋼の彼奴は白鉄の獣を空高く見下ろしていた。



 アイスブルーの雙眼が瞳孔に開かれると黒鉄の脚部を折曲げ、白鉄は一瞬に優劣な位置を更なる中空へと押し上げ、下に首を傾けたまの深紅鋼を逆に見下ろし、黒鉄の巨腕を振り上げていた。視界に捕らえた獲物を逃さぬ本能の猛獣に、鉄仮面はその襲い狂る巨腕に顔を向けぬまま

『まるで暴牛だな』

 幾重に響く機械じみた低い声音を発すると同時に蝙蝠の如き黒の翼を深紅鋼ボディを守護する障壁と折りたたみ、力任せな巨腕の衝撃を受けながら、大地に撃ち落とされた。鉄仮面は砂煙をあげる朽ちた建物に巨躯を沈み込ませる態勢から折りたたまれた翼を広げ悠々と立ち上がる。

『さて、新種エヴィル同類同ジか』

 狂哮と空中から追撃しくる白鉄を見上げながら両腕をまるで降参をするような姿勢ポーズに上げるとその赤黒な掌を大きく広げた。

『まずはそのヤル気に応えるとしようか?』

 黒キ蝙蝠の翼を掴むと引き千切るように前へと抜き振るった。掌で回転させた黒キ翼は眼前でぶつかると武骨な大剣ラージソードへと変化した。握る大剣を足蹴り一回転に振り、追撃の巨腕に対峙する。急速落下に叩き込まれる巨腕の一撃に鉄仮面は大剣を真正面からぶつける。鉄仮面の細みな深紅鋼ボディはまるで笑うかのように小刻みに軋み震える。秒に刻む刹那の一瞬で頭甲バイザー越しにアイスブルーの雙眼を観察した鉄仮面は

『フッ』

 低く薄く笑う声音を響かせると、大剣の刃に拳を連続で打ちつけ巨腕に競り勝つ。大剣を縦に振り回し、暴風に荒れる風車の如く刃を白鉄の巨腕に断と刻みつけ軽々と押し戻した。

 態勢が崩れた白鉄の胴体部へと鉄仮面は縦回転を続ける大剣を握り変える。大剣は一瞬にして大槌メイスへと変化し、それを横へと円心に殴りつけた。

 苦悶なる唸声をあげる前のめりな白鉄に赤黒な掌の上で振り回す大槌を白鉄の脳天に断と叩きつけると大地に屈服とさせた。

『さて、キサマはどっちだ?』

 大槌で白鉄の首を上から圧迫に抑えつけながら、鉄仮面は熟考に観察しようと顎を足蹴りに持ち上げ、その面に煌くアイスブルーの雙眼を確認する。

『ほう、アタリは俺だったよジュニア』

 喜色な響きを含ませた声を震わせて鉄仮面は指をこめかみ部に当て鳴らし独り言を呟いた。

 白鉄のアイスブルーの雙眼を今一度、間近に眺めようと大槌に力を込めながら顔を近づけると

『ッッ』

 鉄仮面は足蹴りな自身の爪先つまさきが白く変わる異変に気づき、脚部を離すと同時に、白鉄の頭部に牛のような淡く光る蒼白い角が瞬時に生え、首を圧迫していた大槌メイスが瞬時に凍りつき先端の槌が砕けた。

 飛び退いた鉄仮面の深紅鋼ボディが白く氷結を始めている。

『〈ルゴシェル〉の〈トランスァーム相棒〉を砕くとはな。しかし、その姿はミノタウルスかイエティと言ったところか?』

 先端を砕かれ棒に成り果てた長柄で身体を叩き氷結を削ぎ落とすと、周囲を凍てつかせながら再び立ち上がる白鉄を鉄仮面は冗談めかした嘲笑を呟きながら白鉄の首に凍り張り付いたままの大槌メイスの先端を確認し、長柄を回転させる。

氷結の一手手品か魔法を隠して燥ぐのは良いが』

 鉄仮面が長柄を空中へと放り投げると

『首筋に張り付いた蝙蝠ノ牙には気をつけておかなきゃな』

 鉄仮面が声を発した瞬間、白鉄の首に張り付いた大槌が氷結を砕き割り、その姿を翼状に変えると、煌くアイスブルーの雙眼ごと顔を覆った。視界を奪われ、巨腕を震わせ暴れる白鉄に鉄仮面は空中に投げはなった長柄に指を刺し、振り降ろすと戦輪チャクラムに姿を変えた武器が蝙蝠の翼ごと白鉄を縦一線に切り裂いた。

『その狂変クレイジー変身コンセプトを砕くッ』

 鉄仮面は苦悶に喘ぐ白鉄の懐まで一気に入り込む。戦輪と翼を合着して振り回すと再び大槌メイスを構築すると滅多打ちに何度も叩きつけた。白鉄が背中落ちに倒れると、大槌を回転させ大剣ソードを構築し、躊躇なく胸部に振り下ろした。

 雙眼を瞳孔に見開く咆哮を挙げると、白鉄の巨躯は急激な熱の走りに溶ける氷塊のように溶け落ちていった。

『なんだ、随分と可愛らしいもんじゃないか?』

 大剣を肩担ぐ鉄仮面の頭甲バイザー越しに見下ろす先には傷一つない産まれたままのまっさらな姿の光司が横たわっていた。

『さて、どうも――』

 担ぐ大剣を降ろし光司の身体に触れようとする鉄仮面の周りの何もない空間が幾つもネジ曲がり始めた。

『やれやれ、おやつの横取りかい?』

 呆れに肩を竦める鉄仮面の周辺に肥大な口の亜空魔エヴィルが現れると襲いかかってきた。

『俺にとっても貴重で強靭な同類サイ・ゴーストだ。ひと噛りもやれんさ』

 鉄仮面は不適な声の響きと共に大剣を一回転させた。







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