EP.05――境界――


 一


 光司の身体は揺られていた。まるで、ぞんざいな荷物を扱われるように冷たい鉄の床に放り投げられた。鈍い痛みを感じ、いや、なにが痛みなのかもわからない。朧気な視界、鼻と口の奥で渇いた血と渇ききらない血がせめぎ合う鉄の臭いと味に世界の全てが支配されているようだ。僅かに混じる車のエンジン音とガソリンの臭みで、トラックのようなものにでも乗せられたとわかった。そんなことがわかってもどうでもいい。どうせ死んでしまうのだから、揺られ続ける酷い振動。暗い暗い鉄の箱の世界で光司は幻覚のような物を見ていた。


 白いワンピースの少女がアイスブルーの瞳でこちらを見下ろしている。


 幻覚で無ければこんな所にいることに説明がつかない。今みえる冷たくなってゆく世界には不釣り合いな少女。光司の視界は朧気なはずなのに彼女は輝くようにハッキリと見えた。誰に似ている?チヨノ

 なにか、思い出せない。記憶が薄まってゆく気がする。これが、死ぬ前にみえるものなのか。けど、これなら悪くない。このアイスブルーの瞳は安心できる。ひどく冷たくも感じるけど、白くて優しい、子どものように頭を撫でてくれそうな華奢な腕は――酷く――




 突然、扉が開くと外から入り込む外の空気と共に少女の幻覚は姿を消し、暗い鉄の世界は唐突に終わりを告げ、光司の身体は無骨な男達の腕に引きずられていった。




 「よーしいいぞ。捨てろ」

 冷徹なセオドアの声に従い、二人の部下が荷台から引きずり降ろしたぼろ布な光司の身体を地面に転がした。

「……」

 仰向けに転がった光司の潰れかけた赤黒く染まり濁る眼に映る空の色はどこまでも黒く夜の空に見えた。だが、星も月も輝かない夜などあるのだろうか。それは生命の消えかかった者にはどうでもいいことだろう。ただ消える生命を灯すために狭く薄く空気を吐き続ける。

「よう、生きてるかぁ?」

 浅黒い禿頭はくとうが薄笑いに見下ろしてくる。この男セオドアに酷く恐ろしい者を感じるが光司は考える事を否定する。セオドアは構わずに漆黒の空を見上げて勝手に話を始める。

「どうだぁ、どこまでもキモチ悪い空だろう。昼も夜も関係ねえ外街クレータ境界線ラインを越えちまうとずっとこんな空だ。シティボーイでも知らねえだろう。中央でふんぞり返るやつらが隠してる世界の外だ」

 得意げな演説のような語りに光司は反応することは無い。ただ狭い呼吸を続ける半分に潰れかけた顔に手下から引ったくった手持ちの投光器を光司に近づけると、顔を薄らに笑わせ愉悦な声を吐いた。

「ついやりすぎちまった。あんなんで死なれちまったら残念になるところだった」

 セオドアは意味深な言葉を吐きながら靴裏で息を懸命に通す光司の喉を踏みつけた。

「おめえは今から喰われるんだぜシティボーイ。想像もできねえようなてやつにな。俺は安全地帯でその様子をジックリ見届けてやるぜ? なあ?」

所長オヤジ早くしてくれよっ。〈亜空魔エヴィル〉が来ちまうよっっ」

「うるせえッッ。まだ時間じゃねぇ慌てんっ――」

 何かに怯える手下の小心な声にセオドアは苛立ち怒鳴ると、足元で鈍い音がして気怠げに見おろす。喉を踏む足の力を入れすぎたか、それとも無意識な抵抗か。光司の吐き出した喀血かっけつがセオドアの足を汚した。

 セオドアの禿頭はくとうに怒る血管が浮いた。

「てめえッ――」

 セオドアは直上に手にした投光器を振り下ろし光司の顔を完全に潰そうとした。怒りに任した蛮行の腕は。

「――あ?」

 振り下ろされる事はなく、セオドアは間の抜けた声を上げて突然消えた投光器の熱と光りに視線を振り下ろす筈の腕に向けた。


 セオドアの腕は投光器と共に消失していた。

 セオドアの腕があった空間がネジ曲がり、がなにもない空間から突然現れた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る