EP.03――暴力――

 一

 時代に取り残されたガソリンエンジンの臭いと自由を主張するセクシャルなスプレーアートに久々な外街は一瞬で価値観が変わってしまう世界の景色を見せてくる。噎せ返ってしまいそうな公害的な空気の悪さはメインシティでは味わえないスリルという噛みがいのあるガムを口にするようで光司に取ってはたまらない贅沢のようにも感じられる。

「おい、ボーッとしてないで行こうぜ。お仕事ちゃんが待ってっから」

 我が家ホームに帰ってきたジェイムズに取ってはココはいつもの光景か。光司の無防備な肩を叩いて行動を促す、光司もそれに頷いて歩を進める。


「てか、さっき渡してたのはなんだよ?」

「トーキョーみやげ。セクシーなやつだよ。たく、本市民の上等なお味を覚えちまうと、通行しやすくする賄賂も欲張りになっちまって始末に負えねぇ」

 先程の通行賄賂を手渡した地下通路扉の門衛もんえいに対しての愚痴をこぼす。光司は何を手渡したか特に気にはしないようにしてるがポケットに雑に突っ込んできてしまった「携帯デバイス」でない事は確かだろうと思っていると

「おい、おにいちゃんおにいちゃん」

 やけに馴れ馴れしい掠れているが中性的な少年達の声が後ろから追ってくるので思わず見返る。

「なんかくれよおにいちゃん持ってんだろなんか」

 走り込んできた黄ばんだ半袖シャツを着た十歳くらいの見知らぬ少年達はすきっ歯な顔を笑わせて、光司とジェイムズに遠慮のない物乞いをしてくる。二人は無視して歩き続けるが、少年達のしつこさはネバりつく廃油のようだ。

「なんだよ石鹸で洗ったみてぇな小ぎれいな顔して服だってきれいなくせによ。なんかいいもん持ってんだっていってんだよッ」

 シビレを切らせた少年達は口だけは暴力的に脅してくるが、ジェイムズが一言も発さずに目だけを動かし見下ろすと少年達は短い悲鳴をあげて逃げていった。

「イキってくんならもっと身体でっかくなってからおいでよなぁ、そんときゃ喧嘩は買わねえけど」

 ジェイムズは逃げる背中に見下ろした目を細めて薄く笑わせて呟くと再び歩きだした。


 ワシントン外街クレータにはああいった悪ガキに絡まれるのは日常茶飯事だ。多くは育ててくれる親も雨風をしのぐ家も無い子達であるが、同情や優しさをみせると手痛いめに合うのは光司もわかっているのでジェイムズの背に着いていくだけだ。ジェイムズの「仕事」を手伝い、数時間後にはまたメインシティの自宅マンションに帰って平凡な日常へと戻るだけだ。


 ニ

 ジェイムズがこのワシントン外街クレータでおこなっている仕事というの「スクラッパー」と呼ばれるものだ。外街には多くの鉄屑が集められた巨大な集積所がひとつは存在する。多くの鉄クズは光司にはよくわからない出どころの不明なものであるが、中にはメインシティから運ばれてくる鉄ゴミも少なからずあるためか外街の住民達はここから使えそうなものを漁り機械部品等を用い自動車や工場機械を修理しそれぞれの生きるための生活の基盤を作っている。住民にとっては宝の山とも呼べるスクラップ集積所であるが、スクラップを漁るものは集積所を仕切る所長に高い利用料ミカジメを支払わなければならない。ジェイムズはこの集積所の所長のお気に入りであるらしく、スクラップから修理された機械部品等をメインシティのとある企業へと枝分かれする底辺業者に格安で横流して利益を得る仕事を主に任されている。そのためメインシティへと続く地下通路の利用を認められており、たまにうまく横脱いた収益で地下通路の門衛を買収しつつ頻繁にメインシティに向かい贅沢を味わうという外街クレータでは勝ち組ともいえる生活を送れている。光司と出会ったのも贅沢を味わっている彼なりの豪遊途中であった。


「おや?」

 スクラッパー仕事をしにいつものスクラップ集積所にやってくると外街には珍しくもないガラの悪げな男達の集団が入口をせき止めていた。ジェイムズと顔を見合わせる。明らかに見覚えのない男達だったからだ。

「あのぅ、すいません。所長オヤジに仕事を貰いに来たんですが、おたくらはどなたで?」

「……あっ?」

 ジェイムズが恐れ知らずに気安く黒ずんだ油まみれな帽子を被った男に声を掛けるが不快げに至近距離に下から見上げる圧をかけてきた。

「えーっと、ピエール所長を呼んできちゃくれませんかね? もしくは通してくれるだけでも構わないんですが、そうすりゃ話は早く済むんで」

「ピエールゥ? ふぉっはっはっ!」

 光司の声に独特な笑いでトロケた歯を剥き出しにして帽子の男が可笑しげに腹を抱えた。変わりに隣にいた髭面の黒人男がこめかみに指を当てて応えた。

「フランスかぶれのオッサンは死んだぜ? ちょっと前になセオドアのアニキがハジいちまった」

「……え?」

 ジェイムズが冗談だろと言いたげな間の抜けた声をあげると周りの男達は気味悪げなニヤケヅラをしていると、奥の方から大男がゆっくりとジェイムズの前にやってきた。

「悪いが冗談でもなんでもねぇ。ちょうど今日からセオドアの所長アニキがここのオヤジだ。テメェらスクラッパーか。ならよ、使用料ミカジメもこっちの取り分もこれだから、ヨロシクよ」

 大男は古めかしい計算機をジェイムズの顔に埋めるように押し付ける。ジェイムズはそこに表された数字を見つめ、乾いた笑いをみせた。

「こいつは、冗談でしょう? これじゃコッチの儲けが出ないじゃない? タダで働けって言ってるようなもんだ」

「正しぃくぅ、そう言ってんだぜぇ? おめえぇらは今から所長アニキと俺達の為に馬車馬に働く奴隷なんだよぅ」

 眉ひとつ動かさない真顔で大男はジェイムズに言い放った。この男が言ってる事に悪い意味で嘘は無いとジェイムズは肩を大げさに竦めて笑いを乾かせる。

「はっはっ、イヤぁ過ぎた冗談は笑えねえ。ピエールのオヤジんがまだマシだね。コウシ早く行こうぜ。もうここにゃ永遠に用は無くなった」

「あ、あぁ」

 ジェイムズに促され光司もすぐさま後ずさろうとするが

「おっと、そうは行かねえなあっ」

 既に周りは男達に囲まれ、背中を鉄パイプで押され強制的に戻される。

「おめえらは稼ぎが良いってなぁフランス野郎のピエールから聞いてんだあっ逃がすわけねえんだよなあっ」

 大男の気色悪げに歪んだ顔を見上げながらジェイムズは舌を短く打ちながら一応の交渉を試みる。

「わかったわかった。俺は言うとおりにするよ。だがこいつはまったくもって役に立たないやつで――」

「――どっちも奴隷だっつってんだろっ。そこのアジア顔がシティのガキだってぇのもわかってんだよッ。役に立たなくても使いみちは俺様達が決めてやるよッ」

 聞く耳持たず。それどころか光司がメインシティの市民だという事も知られている。この目の前の男はなにをするかわからない暴力欲が見える。睨めつくような冷たい眼に光司は背中が冷たくなるのを感じた。

「クソッタレ、コウシ逃げっ――」

「――逃さんゆってんだろうがッ学習しろボケッ」

 ジェイムズの顔に大男の容赦のない重い拳が叩き込まれ重油混じりな地面に転がった。

「ジェイム――っッ」

 光司が悲鳴に近い声をあげると同時に後頭部を鈍器鉄パイプで殴られた衝撃に襲われ、そのまま意識を失った。






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