EP.02――外街――
一
「しかし、ジェイムズおまえ、東京まで来るのに市民IDはどうしたんだよ?」
駅へと向かう道すがら、光司はいつの間にかどこで買ったかもわからないタイヤキを頬張るジェイムズに声を掛けた。
「そりゃ、俺も一応いまは市民だからねぇ、電車にだって乗れちゃうよ」
飄々と携帯デバイスを揺らすジェイムズの様子に光司は深くため息を漏らしてデバイスを指さした。
「また「偽造ID」か?」
「人聞き悪いねぇ、ちょっと今はいない他人から人権を借りただけじゃないの」
特に悪びれる様子も無いジェイムズに光司は呆れた。
「おまえね、正規のID持ってる俺がワシントンまでいきゃ済む話だろう。なんでやばい橋渡って東京に来るんだよ」
「わかってないねぇ。こういうジャンキーなフードを現地で食う贅沢と」
携帯デバイスを揺らしながら残りのタイヤキを口に放り込み
「俺好みの
前歯を突きだす独特な笑いで楽しげに笑った。
「ジェイムズ、正真正銘の変態だよおまえは」
「よせよせ、照れちゃうよ」
「いや、ほめてねえ」
相変わらずなプラス思考に光司は苦笑いだ。
「まぁ、言ってもコウシが思うほどの苦労はねえさ、トーキョーとワシントンはお隣なんだからな」
指と指とをぶつけ合っておどけてみせるジェイムズにコウシは肩を竦めて半笑いだ。
「なぁ知ってるかジェイムズ、本当は東京とワシントンは隣同士じゃなかったらしいぜ?」
「この「メインシティ」はパッチワークな平行世界の集合都市ってやつだろ? まったく冗談キツい話だ。俺らにとっちゃトーキョーとワシントンはお隣同士なのはガキん頃から当たり前だってのによ」
「全くだな、十五年前の「時空震動災害」なんて二歳か三歳のガキの頃に起こった現実なんて記憶の無い玉手箱みたいなもんだ」
「お、トーキョーのグリム童話「ウラシマ」か?」
「別にグリムてやつが作った話じゃねえし、東京の昔ばなしでもねぇよ。まあ、俺たちの世界の「日本」て国はこの東京しかないらしいけどな」
光司達の住む「メインシティ」は十五年前に起きた「時空震動災害」によって生まれた歪に合わさったパッチワーク都市だ。国どころか世界も違う都市同士が時空転移によって強制的に繋ぎあった現実は混乱の体を極めたが、ここが合衆国に位置する事から先ずは合衆国主導の政治始動、地区制度の樹立、地区間の文化保全運動による政治体制。都市を繋ぐライフラインの直結復旧。長くも短い十五年の合間に非現実な世界はメインシティの住民の当たり前な日常へと置き換わり、受け入れられていった。
ニ
メインシティに住む市民達には中央政府が発給する「市民ID」というものが必要になる。各交通機関の利用、物資購入、ネットワーク利用、手続き各位等に必要不可欠である。市民にとっての自由に利用できる通行手形であり、自由を引き換えに管理される楔ともいえる制度だ。
(ジェイムズと初めてあったのはここだったよな)
東京駅前の地下街へと向かう道すがらで座り込んで缶コーヒーを飲んでる妙な白人系の青年がいた。周りの人間は特に気にも止めずに早足でとおりすぎるだけだったが、光司は妙に気になって、彼に思わず声を掛けていた。驚いた顔をされたがすぐに前歯を突きだす独特な笑い方で気さくな素顔をみせた。それが約一年前のジェイムズと光司の出会いだった。
「おい、どうしたよコウシ?」
いま現在の一年前よりも老けた顔のジェイムズが変わらぬ気さくな笑いをみせる。
「いや、別に、それより
「急がんでも電車でワシントンまで行かねぇと俺の住んでるワシントン
ジェイムズはメインシティに住む本市民ではない。各地区の端に広がる地区外の荒廃地街からきた住民だ。華やかなメインシティとは対極をなす開発も行われずに感情の通りも許さぬ強硬な壁に隔たれたこのパッチワーク都市のもうひとつの顔と重要な社会問題だ。
メインシティが突如とある惑星に落ちてきた輝く彗星と例えるならば、周りを取り囲む荒廃した街なみは
三
光司とジェイムズは地下鉄を使い目的地のワシントン・ユニオン駅へと到着すると地上へとは向かわず少し外れた場所にある機能していない鉄格子に囲われた壊れたコーラ自販機の前を通り過ぎる。ジェイムズがその先で瓶ビールを飲んでいる赤ら顔な男と会話を二言三言まじわせ握手をするとすぐ後ろの扉が開かれる。その奥にいた男とも会話をまじわせ握手をすると更に地下へと続く長い階段を降りた。冷たい空気と異臭が奥から流れてくる地下通路を通ってゆき、しばらくすると明かりも薄く錆浮きの強い大型車両が一台停まっている。ホロの着いた荷台に乗り込むと数人の男達が適当に腰を降ろしている。ジェイムズと光司も慣れた様子で座り込み時間が来るのを待った。しばらくして、車両が地下通路に反響するやかましいボロなエンジンを噴かせて地下通路を発進する。時はそれほどと経たずに車両が登り坂を上がってゆく感覚に襲われ車体にしがみつく、無骨なシャッターが上がる音が聞こえると乗車した男達は車両を降ろされた。シャッターの前にいる男になにやら男達が小袋を手渡しているのが見えた。ジェイムズも小袋を手渡すと半開きなシャッターの奥を潜ってゆく。光司が通る際に一瞬、鋭い眼に眺められるが特に気にも止めずにジェイムズの背中を追ってくと眩しい太陽の光がようやく迎えてくれた。光司は眼を細めながら伸びをすると、鼻を突く油臭さとスプレーアートの目立ついまや見知ったワシントン
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