聖剣さんは刺さりたい~異聞アーサー王伝説~

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聖剣さんは刺さりたい~異聞アーサー王伝説~

「うー、大岩大岩」


 いま、大岩を求めて全力飛翔している私は月の女神アリアンロッド様に仕えるごく一般的な天使の子。強いて違うところをあげるとすれば、特別な使命を賜っているってことですかね。


「アッピーはん、あのへんのロケーションなんかバッチリやと思いまへんか?」

「ああ、たしかに森に囲まれた湖のほとりで風光明媚。岩のサイズも手頃でよさそうですね」


 いま話しかけてきたのは私が携えている一振りの大剣です。

 最近、地上界ブリテン島が騒がしくてかなわないので、人間の王の証として作られた史上初のということになっています。

 この剣を手に入れたものを王にして、人間同士の小競り合いを収めてもらおうという魂胆です。


「せやろせやろ。やっぱりワイが降臨する場所と言ったら、後世の画家がこぞって描きたくなるような場所でないと嘘やで」

「どうせ想像で描くから実際の場所なんてどうでもいいじゃないですかね?」

「あかんわー、アッピーはんは聖剣の浪漫っちゅうものが1ミリもわかっとらんわー。これも男子と女子の感性の違いなんやろか」

「それセクハラですよ。あと、アッピーとか無駄にフレンドリーなあだ名はやめてください。無機物と友だちになる趣味はありません」

「それこそ聖剣差別や!」


 このように、聖剣は非常に面倒くさい性格をしています。

 史上初の聖剣という名誉に当てられたのか、シチュエーションにやたらとこだわるんですよね。

 女神様からのオーダーは「それっぽいものに突き刺しておいて、最初に抜いた人がブリテンの王ってことで」という内容だったのですが。

 簡単なお使いだったはずが、聖剣がうるさく注文をつけるせいですっかり残業確定になってしまっています。


 ともあれ、やっといい場所が見つかったので地上に降り立ちましょう。

 岩を調べてみると、いい感じに裂け目がありますね。

 ここにおりゃっと聖剣を挟んで、よし、お仕事完了!


「待て待て待て待て待てぇー!」

「えー、なんですかまた」

「こんなん岩の隙間にたまたま挟まって抜けなくなっちゃっただけやん! どっかの間抜けな騎士がやらかしちゃっただけやん! 神秘性のかけらもあらへんで!」

「実際、後世の画家も初期はそんなかんじで描き残してますので考証的には正しいかと」

「考証はどうでもええねん! ワイみたいな聖剣に求められているのは高尚さ! 史上初の聖剣エクスカリバー様の格が落ちるのは困るで!」

「あっ、さっそく人が来たみたいですよ。静かにしましょう」

「えぇ……ま、立派な騎士でも来たらそれで手を打ったるわ」


 じっと息を殺していると、森の奥からやってきたのは一人の少年でした。

 年の頃は十代前半といったところ。

 さらさらの金髪に、宝石のような青い瞳。

 そして、くっちゃくっちゃスルメを噛んでいてなんだか頭が悪そうです。


「チェンジー! チェンジチェンジチェンジー!」

「なんですか急にわがままを。剣なんてしょせん道具なんですから、主を選ぶ権利なんてありませんよ?」

「それゆうたら聖剣伝説の意味が根本からなくなるやつやん!? あんな頭が悪そうなガキは願い下げやで!」

「あー、まあ抜ければの話ですけどね」


 適当に岩の裂け目に突っ込んだようなことを言いましたけれど、私の膂力は地上の人間の何十倍もあります。

 たまたまやってきただけの普通の少年に簡単に引き抜けるものではないでしょう。


 案の定、少年は剣を引き抜こうと四苦八苦した後、諦めてどこかに消えてしまいました。


「ふん、あんなガキをワイが主と認めてたまるかい」

「いや、聖剣さんが認めなくても岩から抜かれたら無条件で主ですよ」

「えぇ……」

「しょせん道具なんですから」

「それは言わんといて、マジで」


 おや、くだらないことを話していたら少年が戻ってきました。

 パンパンに膨らんだ革袋を持っていますね。

 何か道具を使って引き抜こうという算段でしょうか?


「ほう、アホそうなガキやったけど、知恵を使うんか」

「曲がりなりにも地上の王になりますからね。脳筋タイプより好ましいかもしれません」

「それは一理あるのう」


 少年は袋の中身を岩の裂け目に流し込みました。

 土、でしょうか? いや、なにやらザワザワとうごめいていますね。

 ……あっ、これって……。


「いやぁぁぁあああ! やめてぇぇぇえええ! こいつ裂け目にダンゴムシ流し込んできよったぁぁぁあああ!!」

「シデムシ、ゴミムシ、カタツムリ。アリンコやミミズも混ざってますね」

「冷静に解説しとらんと助けてぇぇぇえええ!」

「あー、いや。私も虫は苦手ですし」

「あああああっ! そこはだめっ! 大事なところに、大事なところに虫が入ってくりゅぅぅぅううう!!」


 聖剣の悶絶をよそに、袋の中身をすべてぶちまけた少年は「にやり」と満足げな笑みを浮かべて立ち去っていきました。

 金目のもの聖剣が抜けなかった腹いせに、先ほどのような嫌がらせをしていったのでしょう。


 少年が視界から消えたのを確認してから、私は湖の水を汲んで虫を流し、聖剣を引き抜きました。

 聖剣が抜かれるシチュエーションに興味はありませんが、さすがに虫まみれではやって来る人が虫フェチだけになってしまいます。


「ひぃ、ひぃ、助かったで……。しかしアイツ、なんでワイらがあんな騒いどったのに気づかなかったんや?」

「騒いでいたのはあなただけですね。一緒にしないでください」

「他人事!?」

「人ではなく剣ですね。それから、聖剣さんの声や、私の姿は聖剣の持ち主以外には見えも聞こえもしないですよ」

「えぇ……じゃあ最初に静かにしたのはなんか意味あるん?」

「あなたとの会話を打ち切ることができました」

「辛辣ぅ……」


 ともあれ、隙間があるとよくないことは学びました。

 さっきのクソガキのように虫を流し込む人間はめったにいないでしょうけれども、隙間に小銭が放り込まれてぎゅうぎゅうになる未来は容易に予想可能です。

 そこまでいくと、引き抜こうとした人間が賽銭ドロと間違えられてしまうかもしれません。


「仕方がありません。きっちり突き刺しましょう」

「頼むで。どうやって刺したのかわからんっていうのがまず神秘性を醸し出す第一歩や」

「はいはい、わかりましたよっと!」

「痛ったぁぁぁああああ!!!」


 私が力任せに聖剣を岩に突き立てると、聖剣が悲鳴を上げました。

 もう、要望に応えたら応えたでうるさいですね。

 まあ面倒なことに岩には突き刺さらず弾かれてしまったのですが。


「もっと鮮やかにやれんのかい!?」

「こんなのは純粋にパワーの問題でしょう?」

「東洋には石灯籠をスパスパ切るような刀もあるんやで!?」

「切れ味が不足しているというのなら、私の問題ではなく聖剣さんの問題ですね」

「なんやこう……岩の目を読んで隙間を貫く的な……」

「いや、剣術とか習ったことないですし」


 聖剣の悲鳴をよそに、ガキンガキンとやっているうちにようやく綺麗に突き刺さりました。

 もしかしたら私には剣術の才能があるのかもしれませんね。


「いやぜぇぇぇったいにないわっ! 何百回トライしとんねん!? もう頭が欠けてしまったわ」

「なるほど、聖剣さん的には切っ先が頭なんですね。イカみたいに刀身が胴体扱いなのかなと誤解していました」

「そこに引っかかる!?」


 そうこうしていると、また森の奥から先ほどの少年が現れました。

 隙間なく岩に刺さっている聖剣を見て、少年はぺっとつばを吐いて革袋を捨てました。

 中からは無数の虫がこぼれ出しています。


「なんなん!? なんなんこいつぅ……。ワイになんか恨みでもあるの!?」

「心理学的には、手に入ると思って手に入らなかったものは、損をした気分になって余計に腹が立つらしいですよ」

「それにしたってやりすぎやん!?」


 少年は剣の柄を掴んでぐいぐいと引っ張りますが、やはり抜けません。

 そうでしょうそうでしょう、何しろ未来の剣神たる私が突き刺したのですから、そう簡単に抜けてはたまりません。


 少年は諦めたのか、荒い息をついて聖剣を蹴り飛ばしました。

 それからおもむろに大股になり、ズボンのチャックに手をかけました。

 少年がニチャァと糸を引くような笑いを浮かべると――


「あっ」

「やめ! やめぇぇぇえええ! それはホンマにやめてぇぇぇえええ!!」


 哀れ、聖剣は少年の黄金水で汚されてしまったのです。えんがちょ……。

 少年は、満足げに森の奥へと帰っていきました。


「えんがちょちゃうがな! 洗って! 洗ってぇ!」

「えぇ……」

「こんなばばっちい聖剣、誰も抜いてくれへんぞ!?」

「まあ……仕方ないですね」


 私は湖から何度も水を汲み出し、聖剣にぶっかけて綺麗にしました。


「はぁ、はぁ、これは大変ですね」

「ワイのほうが百倍大変やがな……」

「遺憾ながら、それについては同意します」

「どうする? あのクソガキ、下手すると毎日立ちションしに来かねへんで?」

「さすがにそれは困りますね……」


 聖剣を岩に刺してくるのが私の使命ですが、あくまでも前提として「聖剣が抜かれること」があります。

 抜かれない聖剣なんて、使われないまま捨てられる割り箸とセットの爪楊枝くらい価値がありません。

 もはや金属資源を無駄に使っただけの剣、無駄剣です。

 SDGsの流れに逆らっているとも言えるでしょう。


「なんか流れでディスられてる気がするんやけど」

「そんなことより何か良案はないんですか、駄剣?」

「口に出しよった!? まぁええわ……。とにかくアレや、やっぱり格式が足らんのちゃうか? 神聖な雰囲気が醸し出せてたら、立ちションしよ思うても出るもんも引っ込むやろ」

「ああ、被害の多い場所にミニ鳥居を置く的な」

「……だいたいそういうこっちゃ」


 たしかに、現状の絵面はただの岩にただの剣が刺さっているだけです。

 これではどこかの粗忽者の忘れ物にしか見えず、侮られるのも仕方がないでしょう。

 剣の方は炎の神タラニス様に鍛えていただいたものなのでこれ以上はいじりようがありませんから、岩の方をなんとかするべきでしょうか?


「せやせや! 立派な台座をしつらえてな。そこにデーン! と刺さっとったら誰も立ちションなんてせぇへんで」

「あなたのためにそこまで手をかけるのも癪ですが……仕方がありませんね」

「いちいち言い方が引っかかるのう」


 ともあれ、聖剣の言い分ももっともなので、私は地精ノームに呼びかけてローマ神殿の遺物もかくやという立派な台座を作ってもらいました。

 ローマン・コンクリート製で経年劣化の心配もないそうです。

 この駄剣にはもったいない品物のような気がしてなりませんが、これ以上残業が長引くよりはよいでしょう。

 しかし、地精に払った工賃は経費で落ちるのか心配です……。


「あ、あいつまた来よったで!」


 立ちションのクソガキがまたやってきて、立派な台座を前に目を白黒させています。

 チャックを下ろしてしばらくぶらぶらさせていましたが、きゅっと小さくしぼんだそれからは何も放出されることはありませんでした。

 クソガキはしょんぼりと肩を落とし、ぺっとつばを吐いて去っていきました。

 ふふ、ざまーみやがれ!


「やったでアッピー! ワイとアッピーのはじめての共同作業成功や!」

「気持ち悪いのでそういう言い方はやめてください」


 これでようやく平和が訪れました。

 もうしばらく様子を見て、まともな人が訪れるようなら使命は達成できたと考えてよいでしょう。


 いろいろ話しかけてくる聖剣を無視して時間を潰していると、遠くからギャリギャリと何やら地響きが聞こえてきました。

 それは森の奥から轟いてきて、だんだんとこちらに近づいてきます。

 木々をなぎ倒しながら進む、鋼鉄に包まれた一本の剛腕を持つそれは――


「あのクソガキ! 重機を持ち出してきよった!?」


 ――パワーショベルでした。


 クソガキが操るパワーショベルはがりがりと台座を砕くと、あっという間に聖剣を掘り出してしまいました。

 パワーショベルから降りたクソガキは、聖剣を拾ってニヤニヤと笑っています。


 それから刀身をぺろりと舐めようとして……。

 あっ、やめました。自分で小便をひっかけたことを思い出したのでしょう。

 さらには、聖剣を湖に聖剣を放り投げ、自分の手も洗いはじめました。


 ……ええ、これ、使命達成ってことでいいですよね?


 聖剣の件は忘れて帰ろうかと悩んでいると、今度は湖の方からゴゴゴゴと低い音が聞こえてきました。

 そちらを見れば、すさまじい勢いで渦巻く湖の中央から何かが現れます。


「あなたが落としたのは金の聖剣ですか、銀の聖剣ですか? ……それとも、私の血に染まった聖剣ですかァ? この聖剣を落としたのはあなたですかァ……?」


 それは、血まみれの顔に凶獣のような笑みを貼り付けた女性の姿をしていました。

 女性は頭に剣を突き刺したまま、両手に金銀の聖剣を持ってクソガキに詰め寄っていきます。


 腰を抜かしたクソガキは尻餅をつき、青い顔でぶんぶんと首を振り、こちらを指差してきます。

 なぜ私の姿が見えるのか……あっ、さっき聖剣を拾ったことで認識ロックが解除されたのか!?


「あなたが落としたのは金の聖剣ですか、銀の聖剣ですか? ……それとも、私の血に染まった聖剣ですかァ? この聖剣を落としたのはあなたですかァ……?」


 湖から現れた女が、方向転換して今度はこちらに迫ってきます。

 同じセリフを繰り返しながら徐々にアップになる血まみれの女の顔。

 完全にスプラッタホラーです。

 泣きそう。


 その場にへたり込んだ私の目の前までやってきた女は、頭に刺さった剣をこちらに向けてきました。

 いまもだくだくと血が流れ続けていて、ぴちゃぴちゃと血が垂れてきます。


「とりあえず、これ抜けや」

「ひゃ、ひゃい!」


 かすれる声で応え、必死で聖剣を抜きます。

 幸い、柄は血で濡れていなかったので滑ることはなく、スムーズに抜くことができました。


 すると、女は血まみれの顔を鼻と鼻がくっつかんほどに近づけてきて、ぼそりと伝えてきました。


「わしも大人じゃけぇ、ちょっとやそっとのことじゃ怒らんがのう。あんまりイタズラが過ぎるとぶち殺すけぇな?」

「ひゃ、ひゃい!」


 そう言うと、女は湖の中に帰っていきました。

 九死に一生を得るとはまさにこのような気分を言うのでしょう。


<<System:聖剣の主に認定されました>>


 はぁ!?

 なんか脳内に直接声が届いてきたんですけど!?


「あー、アッピー。ワイの主に認定されたみたいやな。おめでとう?」

「ちょっと意味がわからないんですが」

「だって、ワイを抜いたやんか」

「先にあのクソガキが抜いてますよね?」

「あれは抜いたっちゅうか砕いたってかんじやし、上書きされたのかもなあ」

「えぇ……」


 私はさっさと使命を果たして天界でのんびりスローライフを楽しみたいのです。

 何が悲しくて田舎臭いブリテン島なんかで王様をやらなきゃならないんですか!

 食べ物なんて、フィッシュ・アンド・チップス以外はゴミしかないんですよ!


「一応朝食と紅茶もイケるらしいやん」

「朝は和食党ですし、紅茶よりコーヒーが好きです」

「……さよか」


 とはいえ、こうなってしまっては逃れるわけにはいかないのでしょう。

 さくっとブリテンを統一して、天界に帰ろうではないでしょうか。


「アッピーも天使から王様に出世やな」

「むしろ降格ですよ。あと、何度も言いますけどそのあだ名はやめてください」

「えぇ……アーサー・ペンドラゴンなんて長すぎてよう言いづらいわ」

「アーサーでいいじゃないですか」

「ほな、アーちゃんで」

「アーサー!」


 くだらない口論をしながら、私たちは最初の目的地に向かいました。

 それはもちろん、剣をきっちりクリーニングしてくれそうな研師のところです。


 なお、これは後でわかったことですが、あのクソガキは湖にゴミを投げ込むなどのイタズラを繰り返しており、その犯人が私だと勘違いされていたそうです。


 * * *


 後世の歴史家は言う。

 絶大な知名度を誇るアーサー王伝説であるが、その愛剣であるエクスカリバーの出自は実ははっきりしていない。


 岩に刺さっていたものを抜いたという伝説もあれば、湖の乙女から授けられたという伝説もある。

 いずれの説を取るにせよ、エクスカリバーを鍛えたものは誰なのか、それを岩に刺した、あるいは湖の乙女に渡したものが誰なのか、それはまったく不明なのだ。


 これは、歴史の隙間に埋もれてしまった数あるアーサー王伝説のひとつである。


(了)

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