魔術師ウドンは茹でている~スキル「白い紐生成」に目覚めた俺、侯爵家を追放されるが究極の味を目指して冒険の旅に出る。「頼むから戻ってくれ!」と言われてももう遅い~
瘴気領域@漫画化してます
魔術師ウドンは茹でている
「スキル発動!」
掛け声とともに伸ばした右手が青くぼんやり輝きはじめた。
「果たして、どんなスキルに目覚めたか。期待しておるぞ、ウドンよ」
「腐っても兄上はムサシーノ家長男。剣や魔術の才能に恵まれなくとも、きっとそのぶんすごいスキルに目覚めるはずですよ!」
俺がはじめてスキルを発動する様子を見守っているのは侯爵家当主である父サヌキと、弟のイナニワだ。
期待のこもった視線に思わず手のひらが汗ばむ。
ムサシーノ侯爵家は、代々その異能を以って王国を支えてきた譜代の貴族だ。
ムサシーノ家に生まれたものは15歳になると特別な力に目覚める。
当主である父は強力な爆発を生み出す火球を発射できるし、祖父は竜巻を作り出して敵の大群を吹き飛ばすことができた。
弟のイナニワも、来年になればなんらかのスキルに目覚めるはずだ。
「発動にかなり時間がかかっているな。念のため、防御術式をまとっておけ」
「はい、父上。溜めが長いほど強力なスキルの可能性が高いんですよね?」
父と弟の身体が銀色の光で覆われる。
第三位階の防御術式を無詠唱で、この速度で展開できるとは……やはり、持って生まれた才能の差というしかない。
弟が言ったとおり、俺は剣の才能にも魔術の才能にも恵まれなかった。
人一倍の努力は重ねたが、結果として身についたのは人並み程度の実力。
ムサシーノ家の嫡男として、不甲斐ない自覚はある。
だが! それも今日までだ!
すごいスキルに目覚めて一発逆転!
ムサシーノ家にふさわしい男になってみせるぜ!!
スキルを発動している右手に思わず力がこもる。
青い光がひときわ強くなると、ふっと全身の力が抜けるような感覚がした。
これはいよいよスキル発動の瞬間だな!
――にゅるり
と奇妙な感触が手のひらに走った。
――べちゃり
と気の抜ける湿った音が足元からした。
「お、おい、ウドンよ。それは何だ?」
「ひょっとして新種の召喚獣などでしょうか?」
驚く父と弟と……それから俺の視線の先には、白く長い無数の紐のようなものが地面に落ちていた。
スキルの効果は発動した本人でもわからない。
いま自分が生成したものを膝をかがめて眺めてみる。
表面の湿った感じはどことなく生き物めいているが、動く様子はまったくない。
召喚獣の線ではないだろう。
魔力を通せば自在に動かせるのかもしれないと試してみるが、反応はない。
糸使いとかかっこいいと思ったのだが、それもハズレのようだ。
強力な効果を持ったマジックアイテムということはないだろうか?
体に巻き付けると身体能力が劇的に強化されるとか……。
「こら! ヒミ、近寄ったらダメだ!」
思考に没頭していると、弟の声が聞こえてきた。
顔を上げると、愛犬のヒミが走り寄ってきている。
おー、どうした。お前も一緒に検証してくれるのかい?
でも危ないかもしれないから近寄っちゃだめだよー。
ヒミは止めようとする俺の股の間をするりと駆け抜け、俺が生み出した白い何かに飛びついた。
そしてガツガツと食べてから、満足げにゲップをひとつした。
え、食べ物だったの、それ?
* * *
「ウドンよ、お前は廃嫡し、侯爵家から追放する。理由は言わずともわかるな?」
「はい!」
「なんで元気いっぱいなんですか、兄上……」
「俺のスキルの可能性を試すには、侯爵家なんて世界は狭すぎるからな」
うきうきで追放を受け入れる俺に、父も弟も顔を覆ってため息をついた。
いや家族なんだしさ、最後が愁嘆場っていうのは後味が悪くない?
カラッと元気にお別れしようぜ。
「まあ、恨みに思われるよりはずっとマシだ。当座の生活資金くらいは持たせてやるから、くれぐれも変な犯罪に走ったりするでないぞ」
「兄上の腕ではたいそうなことはできないと思いますが……キレておかしなことはしないでくださいよ? 縁を切ったと言っても、兄上がムサシーノ家嫡男であったという過去まで消えるわけではないのですから」
「無駄に顔だけはよいからな……。いいか、ムサシーノ家の人間たるもの、婦女子には優しく、頼られる存在であれよ? もしヒモにでもなっていたら、わし自ら叩っ斬ってやるからな!」
どういう方向で心配されてるんだよ。
確かにスキルに目覚めてから人が変わったようだとはみんなから言われたけどさ。
あの日以来数ヶ月、俺はスキルの検証を進めていた。
毒ではないことを確認した後は、追加の効果などが存在しないか調べていたのだ。
そして結果は……一切なし。
360度どこからどう見てもただの食べ物だということがわかったのだ。
兵糧の供給ができるのだから後方支援としては優れたスキルだと思う。
しかし、武門の誉れ高いムサシーノ家の人間が後方に回ることなど許されない。
要するに、完全に期待はずれのスキルだったのである。
だが、俺にとっては有益な発見があった。
俺の生み出す白い紐だが、なかなかに美味なのだ。
検証も途中からもっと美味い食べ方を探す方向に切り替わっていた。
没頭するあまり、子どものころから休むことなく続けていた剣と魔術の鍛錬もやめてしまったほどだ。
なお、いまのところのベストは卵の黄身と粉チーズを混ぜたソースに絡める調理法である。
「ムサシーノ家の男子が料理にうつつを抜かすとは……世も末だ」
「父上、僕が兄上に代わって立派に後を継ぎますのでご安心を!」
「「ああ、期待しているぞ」」
「はい、父上……ってなんで兄上まで!? 多少は悔しがるなりしてくださいよっ!」
思わず父とハモってしまったが、実際、弟は俺よりもはるかにムサシーノ家の跡継ぎとしてふさわしいのだから仕方がない。
弟は俺と違って剣と魔術の才能にも恵まれている。
仮に俺のような戦闘に使えないスキルを得てしまったとしても、ムサシーノ家次期当主としての役割はきっちりこなせるだろう。
俺は生活資金という名の手切れ金を受け取って、ムサシーノ邸を後にするのだった。
* * *
「ダーシィ、お前をこの冒険者パーティ『荒野の風』から追放する!」
「ふぇぇ、団長、勘弁してくださいぃぃ」
まずは市井の生活でも眺めてみるかと考えた俺が訪れたのは冒険者の酒場と言われる大衆食堂だった。
そこには冒険者を名乗る日雇い人足が集まり、雑多な仕事を受けて糊口をしのいでいるらしい。
俺も簡単な日雇い仕事でも受けてみようか……と思って覗いてみたのだが、そこへ聞こえてきたのが先ほどの言い争いだった。
「勘弁も何も、まともな水も生成できない水魔法使いがどこにいるんだよ」
「それは入団前からお話してたじゃないですかぁ」
「まだ若いし、成長して普通の水が出せるようになると思ってたんだよ。お前、冒険者に向いてないから街の仕事でも探せ」
「……街の仕事の稼ぎじゃ弟たちを食べさせられないんです」
「悪いがそこまでは面倒見きれねえよ。諦めな」
見れば、モヒカンの大男とメガネを掛けた小柄な少女が何やら言い争っていた。
モヒカンの方はいかにもなならず者といった風体で、少女の方はこんな店にいるのが似つかわしくない華奢な体つきをしている。
魔術学院で本でも読んでいる方が似合うのではないだろうか。
ともあれこのウドン、痩せても枯れても貴族の出である。
女性が泣かされている場面に行きあって、見て見ぬ振りをするわけにはいかない。
「一体どうしたんだ? 訳を話してみろ」
「なんだあんたは? これはパーティ内の揉め事だ。余所者が出る幕じゃねえ」
「先ほど追放すると聞いたが、いまでもパーティ内の揉め事なのか?」
「口の減らねえガキだな。まあ面倒だが説明してやるよ。別に理不尽なことをしてるわけじゃねえ」
男の説明によると、このダーシィという眼鏡の少女は水魔法使いなのだが、どんな魔術を唱えても茶色の水しか出せないらしい。
しかもそれがやたらといい匂いがするせいで、彼女が魔術を使うとそれに惹かれた魔物たちが集まってしまって危険極まりないそうなのだ。
「ふむ、いい匂いの水か。ちょっと出してみてくれないか?」
「かまわないですけど……」
ふと思い当たった俺は、愛用の丼鉢を懐から取り出した。
白い紐を食べやすくするために特注した一品だ。
ダーシィが丼鉢に手をかざすと、そこからじょぼじょぼと茶色の水が注がれる。
湯気が立ち昇り、それとともに得も言われぬ香気が周囲を漂いはじめる。
「わざわざ『熱湯』の魔術を使ってくれたのか」
「はい、汎用性の高い術ですから……」
『熱湯』は敵にかけて攻撃もできるし、調理にも使える便利な魔術だ。
これをスムーズに発動できるということは、水魔法使いとしての素質は悪くないはずなのだが。
そんなことより、気になることがある。
丼鉢に口をつけ、ズズズッと飲んでみた。
「ええっ!? 飲むんですか!?」
「野郎……あんな気味の悪いもの飲みやがった……坊っちゃんに見えて意外とやるじゃねえか……」
モヒカンが腕を組んで妙に感心をしているが、いまはそんなことは関係がない。
口中に広がるまろやかな塩味、深みのある甘み。
飲み込むと鼻を抜ける、海を思わせるふくよかな香り……。
これは! やるしかない!
「スキル発動!!」
俺は丼鉢に手をかざし、スキルを発動して白い紐を中へと投入した。
そしてマイ箸を取り出して一気にすすり上げる!
「くぅ……ごっそさん。これこそ究極のマリアージュ……」
卵の黄身とチーズのソースをはるかに超える逸品が出来上がった!
まさか、侯爵家を追放された初日にこんな運命の出会いがあるとは。
「ダーシィくん、と言ったね?」
「ひゃ、ひゃい!」
俺が真剣な目を向けると、ダーシィはぴんと背筋を伸ばして上ずった返事をした。
いかんいかん、真剣すぎて怖がらせてしまったか?
しかし、俺自身にもこの想いは止められない!
ダーシィの両肩に手を置き、思いの丈を言葉に載せる!
「俺は、君が欲しい!」
「ひゃい! って、ええええぇぇぇ!?」
ダーシィは顔を真っ赤にして硬直してしまった。
何か間違ったような気はしなくもないが、「はい」と返事がもらえたのだから問題ないだろう。
「野郎……出会って何分もしないうちに女を口説いちまうとは……とんでもねえ新人が現れたぜ……。しかし、そいつを連れてってどうするつもりなんだ?」
俺は黙って、モヒカン男の前に空になった丼鉢を置く。
手をかざし、丼鉢に白い紐を落とした。
「ダーシィ、ここにまた水を注いでくれるかい? なるべく熱々の方がいい」
「ひゃい! わわわかりました!」
丼鉢に再び茶色の熱湯に漬かった白い紐が現れる。
思わず喉が鳴るが、ここは我慢だ。
卓上にあった割り箸をモヒカンに渡し、食ってみろと促す。
「お、俺様にこんなわけのわからないものを食え……だと?」
「ふっ、大きいのは身体だけで、肝っ玉は小さいようだな」
「なんだとぉ! こんなもん、食ってやらぁ!」
モヒカンは大声を上げ自分を鼓舞すると、丼鉢をひっつかんで一気にかき込んだ。
ほう、なかなか思い切りのある男じゃないか。見どころがあるぞ。
「なんだこの……もちもち、しこしことした歯ごたえ……それでいて喉を通るときのつるりとした食感……茶色の水がほどよく絡まって……こんな味、食べたことない! くっ、悔しい!」
モヒカンは茶色い水の一滴までを飲み干すと、恍惚とした表情で椅子ごと床に倒れた。
騒ぎを聞いた他の客たちが集まってきたので事情を説明すると、自分にも食わせろと言い出す。
まあ、白い紐の究極の食べ方を見つけるには、他人の意見も重要だろう。
俺は酒場の主人にチップを渡し、厨房と食器を借りることにした。
白い紐はそのまま食べることもできるが、一度湯に通して熱々にした方がもっとうまくなるのだ。
大量の湯を沸かして白い紐を茹で、ザルですくっては食器に取り分けていく。
そこにダーシィの茶色の水を入れれば一丁上がりだ。
出来上がったものを客に渡していくと、全員がすべて平らげてはモヒカンのように卒倒していく。
「ふっ、初の共同作業は上手くいったな」
「ひゃ、ひゃい!」
市井での初仕事に満足した俺がダーシィを連れて酒場を出ようとすると、背後から「ま、待ってくれ!」と声をかけられた。
振り返ると、モヒカンがふらふらと立ち上がっている。
「ダーシィ……お前の魔法の真価は味にこそあったんだな。恥を忍んで頼む! 『荒野の風』に戻ってきてくれねえか!」
モヒカンは床に膝を付き、深々と頭を下げた。
ダーシィは思わずそれに駆け寄ろうとし、はたと何かに気がついて足を止めた。
「いや、団長。申し出はうれしいんですけど、冒険者パーティで味を評価されましても……」
「はっ!?」
「あと、あの白い紐と組み合わせた方が美味しいみたいですし……」
「たしかにっ!?」
「納得したか? それにダーシィはもう俺のものだ。いまさら戻ってきてくれと言っても、もう遅い」
「ぐぅっ……」
モヒカンは、再び床に倒れ伏した。
* * *
それから数週間。
俺とダーシィは屋台を借りて、市民に白い紐の茶色い熱湯漬けを提供し続けた。
白い紐の茶色い熱湯漬けは美味い。
侯爵家嫡男として様々な美食を味わってきた俺だが、最高峰と言えるレベルだ。
だが、頂点ではない。
まだ何か、白い紐にはこの先の何かがある気がしてならないのだ。
俺としてはさらなる高みを目指すために新たな食材を探しに出たかったのだが、ダーシィには養わなければならない家族がいる。
手持ちにはまだまだ余裕があるし、当面の生活資金くらいなら渡せたのだが、ダーシィが「つ、つ、パートナーとして、一方に頼り続ける関係は不健全です!」と主張したのでこのような形となった。
俺としても客の意見を聞けるし、街にある食材を色々試せるので問題はない。
金が貯まったら食材探しの旅に出ればよいのだ。
すでにダーシィの家族が数ヶ月暮らせる金はじゅうぶんに貯まっている。
そんな風に考えていたら、聞き捨てならない言葉を客から聞いた。
「この白い紐も美味いけどよ、やっぱり最高なのはエルフのレンバスだぜ! 薄っぺらい焼き菓子のくせに腹持ちがよくって、爽やかな甘味が後を引く。1枚で1食分の栄養まで取れるっつうんだからよぉ。あれを超える食い物なんてねえぜ!」
どうやら、次の目的地が決まったようだ。
* * *
エルフの森。
それは通称「入れずの森」と呼ばれる魔境だ。
強力な魔物が出没するわけではないが、エルフたちがかけた魔法によって方向を見失い、決して奥へと進めないようになっているらしい。
強引に奥へと進もうとすれば、同じ場所をぐるぐると巡ってやがて力尽きてしまうという話だった。
そんな魔境を、俺とダーシィは屋台を引きながら進んでいる。
「ウドンさぁん……屋台まで引いてくる必要はあったんですかぁ?」
「最高のコンディションで白い紐を食べるためには必須だと思ったんだがな。さすがに気持ちが先走りすぎてしまったようだ」
屋台を引いてのろのろと森を進むうち、すっかり日が暮れてしまった。
暗い森の中を行くのはさすがに危険だ。
今日はこのあたりで野営にしようか。
「野営の準備……と言いながら、どうして提灯に火を入れてるんですか?」
「む、しまったな。普段の営業のくせが抜けていなかったようだ」
まあせっかくだから屋台気分で夕食を楽しもうじゃないかと湯を沸かしていると、森の奥から何やら気配が近づいてきた。
――ううう……うううう……
女のすすり泣くような声。
これは、伝承に聞く
泣き女に魅入られた人間は数日以内に死を迎えると言う。
とんでもない魔物に出遭ってしまったものだ。
俺はダーシィを屋台の中に隠し、剣を構えた。
泣き女の呪いを避けるすべは知らないが、気づかれなければリスクは下がるはずだ。
俺が囮になれば、ダーシィが助かる確率は高まるだろう。
――ううう……うううう……おなかすいた……あれ? 屋台? なんでこんなところに?
木々の間の暗闇からぬっと現れたのは、緑の服を着た長身の女だった。
泣き声を上げながら一歩ずつ、ふらふらと一歩ずつ近づいてくる。
屋台の灯りに照らされて、徐々にその姿がはっきりしてくる。
細身の身体に、陶器を思わせるすべすべの白い肌。
切れ長の瞳に長い金髪から飛び出す尖った耳……これはもしや?
「貴様、エルフか!?」
「えっ、エルフですけど? どうして人間の屋台がここに?」
やれやれ、泣き女ではなかったようだ。
屋台の収納に押し込んでいたダーシィを引っ張り出すと、ダーシィはふぅっとため息をついて怒鳴った。
「どうしてひとりで無茶をしようとするんですか! ボクだって戦えるんですからね!」
「む……それはすまん。女を守るのは我が家の家訓でな。男女共同参画社会が謳われる現代では古臭い考え方だったか……」
「そういうことじゃなくですねえ……」
「あのぅ、屋台ということはごはんが食べられるんですか?」
俺とダーシィが口論をはじめようとすると、エルフ女が口を挟んだ。
「別に営業しているわけではないが、食べたいのならかまわんぞ」
「やったぁ! ……あ、でもお金がいるんだっけ? 人間のお金なんて持ってないよ……」
「さすがにただというのは不健全だな。お前はエルフだろう? 俺たちはエルフのレンバスを探しに来たのだが、持っていたらそれと交換でどうだろうか」
「レンバス……ですか……」
エルフはがっくりと肩を落とすと、屋台のカウンターに突っ伏して泣きはじめた。
「どうせ私はまともなレンバスも作れない出来損ないのハイエルフだよ」
「む、どういうことだ?」
「私がレンバスを作るとね、こんなのになっちゃうの……」
顔を起こしたエルフが手をかざすと、金色の光とともに何やら刺々しい形をした黄金色の何かが現れた。
手のひらほどの大きさで、全体としては円形。厚みは指先ほどだろうか。
黄金色の何かで覆われており、内側には赤色や白色や半透明の何かが入っている。
「これがレンバスなのか?」
「……違う。ホントのレンバスはね、もっと真っ平らできれいなの」
「ふうむ、これはこれで美味そうだが」
「レンバスみたいに甘くないし、油が強くて胃にもたれるんだ……って、あっ!?」
エルフの作ったレンバスもどきをひょいと拾ってかじってみると、独特の香ばしさと野菜の甘味が口の中に広がった。
これはこれで美味いが……
たしかにこれは、単品で食べるには少々くどすぎる。
「だが、これは……」
「いけそうですね、ウドンさん!」
俺は沸かした湯に白い紐を入れて素早く湯がく。
ダーシィは丼鉢を湯気で温めて待機。
俺が入れた白い紐に、ダーシィが茶色い水を注いで一丁上がりだ。
数ヶ月の屋台営業で完璧なコンビネーションが実現している。
「まずはこいつを食べてみてくれないか」
「え、お代が払えないのにいいの?」
「かまわん」
エルフはおずおずと丼鉢に箸を入れる。
白い紐を一本つまんで、それをすすると……。
「美味しい! 人間ってこんな美味しいもの食べてたの!?」
「ふふ、口にあったようで何よりだ。次は、それにこいつを載せて食ってみろ」
「えっ、それは……!?」
俺が丼鉢に載せたのは、さっきエルフが作ったレンバスもどきだ。
「うう……お金を持ってないから意地悪しようってことね……。いいよ、どうせ人間も村のみんなと同じで私なんてどうでもいいんだ……う、うううう……ずるずる……うううう!? びゃぁうまいぃぃぃいいい!!」
レンバスもどきを載せた白い紐をすすったエルフは、血相を変えて丼鉢に覆いかぶさった。
あっという間に丼鉢の中身が空になり、まるで得物を飲み込む
「ぷはーっ! なにこれ、最高っ! 私のレンバスがどうしてこんなに美味しくなっちゃったの!?」
「ああ、それはバランスの問題だな」
驚くエルフに、簡単に説明をしてやる。
俺とダーシィの作る白い紐の茶色い熱湯漬けはたしかに美味い。
だが、あっさりとしすぎてコクや食べごたえに不足するところがあったのだ。
一方、エルフの作るレンバスもどきはくどすぎた。
一口目は美味いのだが、食べ進めるうちに油のしつこさが気になってしまう。
あっさりした俺たちの白い紐と、レンバスもどきが組み合わさることで最高のマリアージュが実現したのだ!
たぎる情熱。血液が沸騰するような感覚。
これは至高の白い紐料理への
俺は屋台から身を乗り出すと、エルフの両肩をつかみ、トパーズの瞳をまっすぐに向けた。
「名前を教えてくれ!」
「え、あ、カーキ・アゲイル……だけど?」
「そうか、いい名だ! カーキ、俺と一緒になってくれないか!?」
「ひゃ、ひゃぃぃ!?」
カーキは陶器のような白い肌を真っ赤に染めて硬直してしまった。
まあ、急な申し出で動揺しているようだが、「はい」と応えてくれたのだから問題ないだろう。
ダーシィがシラけた目でこちらを見ている気がするが、なぜだろうか?
ともあれ、俺とダーシィにカーキが加われば、白い紐料理の完成度は一気に高まる!
俺が歓喜に打ち震えていると、また森の奥から気配がしてきた。
今度は複数。話し声も聞こえてくる。
「うふふ、カーキのやつ、いまごろどこかで泣いてるのかしらぁ」
「まったく、レンバスもまともに作れないなんて」
「エルフは油もの苦手だからねぇ。って……何、この臭いは!?」
「エービ姉さま、あそこに人間の屋台が!」
森の奥からやってきたのは二人組のエルフ女だった。
ひとりは小剣、ひとりは弓をかまえながらこちらににじり寄ってくる。
「あらぁン、人間風情がこの森で何しているのかしらぁン?」
「森をみだりに侵すものはただでは済ませませんよ!」
「俺はただ、エルフが作るというレンバスを探しに来ただけなのだがな」
近寄ってきたエルフたちは放心しているカーキの存在に気づくと、キッとまなじりを上げた。
「この汚らわしい人間め! 我が妹、カーキに何をした!」
「何って何も。ただあんたらが出来損ないって言ったレンバスを使った料理を食べさせただけさ」
「レンバスを食べてこんなことになるわけがないでしょう!」
「さぁね。美味いかどうかは、俺もまだ
「味見ですって……この下劣な人間め!」
エルフの一人が、俺に向かって小剣を突きつけてくる。
困ったな……おい、カーキ、何か誤解があるようだから説明してくれないか?
「ひゃ、ひゃいっ!? えっ、あ、お姉さま方がなぜここに!?」
「なぜも何も……あなたがお祖父様のいう『まともなレンバスも作れんものなど追放じゃ!』とかいう戯言を真に受けて村を出て行っちゃったから探しに来たんじゃない」
「でも……まともなレンバスが作れないのはホントだし……」
「まともなレンバスが作れないのはしょうがないわぁン。練習が足りないだけなのよ」
「練習はいっぱい、いっぱいしたのに……」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ」
俺は目に涙を浮かべたカーキの前に割って入る。
「カーキのレンバスが出来損ないだって? それはあんたらの舌に問題があるせいじゃないのか?」
「ふん、何を馬鹿なことを。どうせ本物のレンバスも食べたことがない人間が何を言ってらっしゃるのかしらぁン?」
「ああ、本物のレンバスは食べたことはないさ。だが俺は、本物以上のレンバスをすでに味わった!」
カーキを指差し、にやりと笑ってみせる。
本物のレンバスがどれほどのものか知らないが、カーキが魅せてくれたマリアージュは最高だと断言できる。
それを否定することは、俺の魂が許さない!!
「うふふ、やっぱり人間はお馬鹿ねえ。カーキのレンバスはね、本物とは似ても似つかないのよぉン」
「……で、でもお姉さま。この人たちの料理に私のレンバスを載せたら、本当においしかったの!」
「出来損ないのレンバスが美味しいだなんて、そんなお世辞を真に受けるなんてこの子はまったくもう……。さ、早く村に帰るわよ」
「え、で、でもお姉さま……」
エルフ女はカーキの肘を掴み連れて行こうとするが、俺はその手を止めた。
「ちょっと待った、姉さんとやら。カーキはもう、俺と一緒になるって決めたんだ」
「いいい、一緒に!? なんですってぇぇぇえええ!?」
「エービ姉さま、こいつ、人攫いですよ!」
狂乱するエルフ女たちを手のひらで制し、言葉を続ける。
「俺は本物のレンバスを知らない。だが、カーキの作るレンバスが本物の美味さだということは知っている。どうだい、まずは俺
「ふん、そんなの食べる前からわかるわぁン」
「お姉さま、私からもお願いです。村のみんなからは否定された私のレンバス……この人は、本当に美味しくしてくれたんです!」
「まったくあなたって子は……。わかったわぁン、そこまで言うなら作ってごらんなさい。知っているでしょうけれど、私はレンバスの味については村一番なのよぉン?」
「能書きはいい。早く食え」
俺とダーシィは素早く調理を完了し、白い紐の茶色い熱湯漬けをカウンターに置いた。
「さ、カーキ。ここにお前のレンバスを載せるんだ」
「は、はい……」
カーキが自信なさげに手をかざし、2杯の丼鉢にレンバスもどきを載せる。
二人のエルフ女が、割り箸を手に丼鉢の前に座った。
「まったく、こんなものが美味しいわけが……!?」
「エービ姉さまもお人好しが過ぎます。こんな余興に付き合う必要は……!?」
「「んほぉぉぉおおおぉぉぉおおお!!!!」」
二人のエルフ女は、猛然と丼鉢を空にするとそのまま椅子ごとひっくり返った。
どうやら失神してしまったようだが、はぁはぁと荒い息をついているので命に別条はないだろう。
呆然とその光景を見ていたカーキに、俺は片目をつむってみせた。
「どうだ、俺と一緒になってくれるか?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
このようにカーキからは快諾が得られたのだが、その後、数日にわたってダーシィの機嫌が悪かった。
生活の変化が続いたせいで、白い紐の品質が下がっていたりでもしたのだろうか?
気をつけなければならないな。
なお補足すると、意識を取り戻したエルフたちに作ってもらったレンバスはいかにもスイーツという趣きで白い紐には合わなかった。
* * *
カーキを加え三人になった俺たちは、屋台を引きつつ各地を回っていた。
人間の支配する地域はもちろん、時には魔物が跋扈する危険地帯を含めてだ。
ムサシーノ家を出て早数年。思えば遠くに来たものだ。
ダーシィの茶色い水、カーキのレンバスもどきを加えて確実に白い紐料理は究極の高みへと向かっている。
だが、まだまだ先があるように思えてならないのだ。
俺たちはしばしば激しい議論を交わしながら旅を続けていた。
そんなある日のことだ。
王国軍と魔王軍との戦線に近い場所で、疲労困憊する一団を見つけた。
数にすると数百といったところか。
遠目に旗印を見ると……あれは、まさか!?
「むぅ、ウドンよ、なぜこのような場所にいるのだ!?」
「なぜと言われましても。高みを求める当て所もない旅故に」
「いや兄上、かっこいい感じに言われても屋台を引いてると絵になりませんよ。それになんですか、戦場に二人も婦女子を連れ歩いて……」
「婦女子と侮るのは時代遅れだぞ、イナニワ。時代は男女平等、そして二人は俺の大切なパートナーだ」
「はぁ……そうですか」
案の定、一団はムサシーノ侯爵家の軍だった。
俺の記憶の中にある勇壮な軍とは異なり、すっかり疲弊しきってボロボロだ。
「一体何があったのですか、父上……、あ、いや、ムサシーノ侯爵閣下。並みの魔物に遅れを取るような弱兵ではなかったはずです」
「まさか貴様にそんなことを言われる日が来るとはな……。まあ、隠しても致し方がない。後続の
「そういうことでしたか……。しかし、ならば話が早い。俺から兵糧を買いませんか?」
「この軍勢をまかなえるほどの兵糧がその屋台に積めるのか? ははは、まあ無いよりはマシだ。あるだけ買ってやるから持ってこい」
「いえ、これは作るそばから食べていただきたいのです」
そう言うと、まずカーキが素早い身のこなしを活かして無数の丼鉢を地面に並べた。
俺は空中に無数の白い紐の塊を生み出し、それを丼鉢に投入する。
俺のスキルは進化し、茹で上がりの状態の白い紐を直接作れるようになったのだ。
続いてダーシィが茶色い水を投入し、カーキがレンバスもどきを載せる。
一瞬にして、ムサシーノ軍団数百に行き渡る大量の白い紐の茶色い熱湯漬けレンバスもどき載せを作り出したのだ!
「これは……なんという……」
「さすがは兄上……努力の方向性が斜め上……いや、下、えっ、どこなんだろう?」
「ともかく、白い紐が湯でダレる前に召し上がってください」
「う、うむ」
「わ、わかりました」
得体の知れない料理ではあるが、そこは二人とも武人である。
たかが食い物を恐れる様子を見せては兵たちの士気にも関わる。
二人は覚悟を決め、懐から取り出したマイ箸で白い紐をすすった。
その瞬間!
「「んほぉぉぉおおおぉぉぉおおお!!!!」」
二人の頬が紅潮し、箸の動きが止まらなくなる!
凄まじい速度で白い紐をすすり、レンバスもどきをかじり、茶色い湯を飲む。
時にレンバスもどきを崩して茶色い湯につけ、白い紐とともにすすり込む。
気がつけば、一滴も残さず完食していた。
「これはなんという……宮廷料理すらかすむ滋味深さ……」
「兄上! もう一杯、もう一杯お願いします!」
「いや、一杯と言わず無限におかわりが欲しい! ウドンよ、お主のスキルを見誤っていたことを謝る。どうかムサシーノ侯爵家に帰ってきてくれ!」
「この料理が毎日食べられるなら、嫡男の地位なんてまったく惜しくありません!」
ほかほかと汗を流しながら、二人は縋り付いてくる。
追放されたとはいえ、他ならぬ家族の頼みだ。
聞いてやりたいのは山々だが……。
「父上、弟よ。すまないがその頼みは聞くことができない」
「「そこをなんとか!」」
俺は屋台の方へと視線を送る。
そこには俺を心配そうに見守るダーシィとカーキの姿があった。
俺が侯爵家へ帰ってしまわないかと心配しているのだろう。
「悪いが、俺にはもっと大切なものができてしまったんだ」
俺はそう言い残すと、屋台の引き手を取った。
「さ、行こうぜ」
「本当にいいんですか……?」
「私たちに気を使っているのなら、余計なお世話だぞ」
ダーシィとカーキが声をかけてくるが、それこそ余計なお世話ってものだ。
「俺にとってはダーシィもカーキも家族以上に大切なんだ。一生、離れることなんて考えられない!」
「「ひゃ、ひゃい!!」」
究極の白い紐料理にたどり着くには二人とも欠かすことができないと俺の直感が囁いている。
さらなる食材を求め、俺は屋台を引いて歩き出すのだった。
(了)
魔術師ウドンは茹でている~スキル「白い紐生成」に目覚めた俺、侯爵家を追放されるが究極の味を目指して冒険の旅に出る。「頼むから戻ってくれ!」と言われてももう遅い~ 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai
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