メリーさん・イン・ゾンビアポカリプス~瓦礫に埋まって数十年。やっと地上に出れたと思ったら人類が滅亡寸前なんですが?~

瘴気領域@漫画化決定!

もしもし、わたしメリー。いま、瓦礫に埋もれているの。

 ――もしもし、わたしメリー。いま、瓦礫に埋もれているの。


 って冗談じゃないわ。

 いくらわたしが都市伝説最強の一角「メリーさん」様であるとはいえ、瓦礫に埋もれてしまっていては何もしようがない。


 あれはもう何年、いや何十年前のことだったのだろうか。

 光の差さない瓦礫の下にずっといたものだから、時間の感覚がまったくない。


 いつものように街角のゴミ捨て場に鎮座し、獲物を待ち構えていたわたしはまたいつものように物好きに拾われた。

 いつもと違っていたのは拾い主が少女ではなく壮年の男性で、外国人だったことだ。

 金髪碧眼でガタイがよい、「ザ・アメリカン!」という感じの人物である。


 連れて行かれたのはやはり「ザ・アメリカン!」という雰囲気の一戸建て。

 頭上には流線型の戦闘機がびゅんびゅん飛び交い、地上ではいかつい四輪駆動車が行き交っている。

 そう、拾い主は在日米軍の軍人で、そこは米軍住宅だったのだ。


 男はわたしにアルコールスプレーを吹き付けておざなりに掃除をすると、地下の物置のようなところにしまい込んだ。

 あたりを見渡せば、わたしのような古い人形がたくさん並んでいた。


 時折地下室に降りてきては、人形を足したり連れ出していったりしている。

「こいつは高く売れそうだ」だとか「これはもう捨てちまうか」などとつぶやいていたので、おそらく小遣い稼ぎにアンティークドールの転売をしているようだった。


 わたしは内心でほくそ笑んでいた。

 こういう人形を大切にしないやつを恐怖のどん底に叩き落すのが楽しいのだ。

 親が勝手に捨ててしまった場合など、持ち主の子を祟るのは正直なところ後ろめたさがあるのだが、こういう人間であれば気兼ねなく思いっきりやれる。


 そしてわたしの能力に妨害されて転売は必ず失敗する。

 わたしを拾った以上は、一生手元に置き続けるか、捨てるかの2択しかないのだ。


 男がわたしを捨てる日を指折り数えて待っていた待っていたある日、は起こった。


 凄まじい振動。棚に並んだ人形が一斉に床に落ちる。

 轟音。天井から粉塵がこぼれてくる。

 衝撃。電灯が明滅する。

 再びの轟音。天井に亀裂。滝のように降り注ぐ土砂。

 再びの衝撃。暗闇。全身にかかる重み。


 放心ののち、暗闇の中で悟ったのは、地下室が崩落したという事実だった。


 * * *


 米軍基地内のことだし、しばらくすれば掘り出されるだろうと考えていたのだが見積もりが甘かった。

 どうしたわけか一向に掘り返そうという気配がしてこないのだ。


 あの男がわたしを見捨てた……ということならよかったのだが、それもない。

 必殺の「もしもし、わたしメリー。いまあなたの後ろにいるの」が発動できないのだ。


 電話のないところにいる?

 黒電話だろうがスマートフォンだろうがトランシーバーだろうが、およそ通話ができるものであればわたしの権能は及ぶ。なんならおもちゃの電話だっていいし、圏外だろうがおかまいなしだ。


 見捨てられたのでもなくこの状況がいつまでも続くということはつまり……あの男も崩落に巻き込まれて死んでしまったということだろう。


 これは困った。非常に困った。都市伝説として生を受けてから最大のピンチである。

 何しろわたしの力は「捨てられる」ことをトリガーにして発動するのだ。

 捨てられない限り、わたしは指一本動かせないし、声も発せられない。

 誰かが掘り出してくれるまで、わたしはこの真っ暗で冷たい地中で過ごすほかないのである……。


 * * *


 やることがなさすぎる。

 このところの日課は、脳内で口裂け女先輩と一緒に人面犬のアニキを散歩させる妄想に浸ることくらいだ。

 町内を歩いていると八尺様ちゃんやターボババアさんとすれ違ったりする。


 テレビから這い出るあの子はワールドワイドな存在になってしまったから、日本の地方都市などで会うことはない。ニュースなどで活躍を聞くだけだ。

 八尺様ちゃんと出会うと、自然共通の知人である彼女の話題になる。


『へえ、今度はアメコミヒーローと共闘するんだ』

『あの子もビッグになっちゃいましたよね。ほぼ同期だったんですけれども』

『いまや恐怖の象徴っていうよりアイドル偶像って言ったほうがぴったりだよ』

『ですねえ。萌キャラ化もよくされてますし』

『それは八尺様ちゃんも一緒じゃーん』

『ちょ、やめてくださいよ。なんで私がショタ好きの長身おねえさんにならなきゃいけないんですか……』

「よいしょ、よいしょ」

『別によいしょしてるわけじゃないよ。人気がうらやましいなあって』

『一部の性癖が極まった人たちに人気なだけですよ……。ほら、メリーさん先輩だってかわいく萌キャラ化されてるじゃないですか』

「あ、かわいいお人形!」

『えへへ、そんなかわいいかわいい連呼しなくても。これはわたしの時代がまた来ちゃうかな』


 ……って、あれ?

 全身にかかっていた土砂の重みが消え去り、代わりに浮遊感がやってきた。

 真っ暗だった視界が明るくなる。

 まず視界に飛び込んだのは燦々と輝く太陽と、やけにきれいな青空だった。

 それから視線を下に降ろすと、そこにはわたしを両手で高い高いする女の子がいた。


 * * *


 それから1ヶ月ほどして、だいぶ状況が飲み込めてきた。

 どうやら人類はほとんど滅亡寸前らしい。

 原因は――馬鹿げた話だが――ゾンビパンデミック。

 数十年前に世界中で広まったそれは一瞬にして人類を未曾有の混乱に叩き落とした。


 大都市を中心に膨大な数に膨れ上がったゾンビの群れはあっという間に国家機能を麻痺させ、めくら撃ちの核ミサイルが飛び交う地獄の戦争を引き起こした。

 わたしがいた米軍住宅も、その爆発に巻き込まれて崩壊したのだろう。

 拾った男が死んだのも、誰も掘り返しに来ないのも当然のことだった。


 そしてわたしを拾った少女だが、年齢は十歳前後くらいだろうか?

 疑問符がつくのは少女自身がどうやら自分の正確な年齢を把握していないせいだ。

 おまけに泥だらけで、ぼろぼろの服を着て、栄養状態も悪いようだから見た目の予想も当てにならない。


 少女は米軍基地から徒歩で1時間ほど離れたマンション――といっても廃屋だが――の13階にひとりで住んでいる。

 父親は物心がつくころには亡くなっていて、母親とは何年か前にゾンビの群れに襲われた際に離れ離れになってしまったそうだ。


 少女の他に、生きた人間を見かけたことはない。

 おぼぼぼぼぉ、おぼぼぼぼぉと不気味な唸り声を上げながらふらふら歩く人影ならば何度か見かけたが。おそらく、あれがゾンビというやつだろう。


 どうして世情やら少女の事情やらにこれほど詳しくなったかと言えば、それは少女がやたらにわたしに話しかけてくるからだ。

 真っ黒な手でわたしの髪をすきながら、楽しそうに色々と話しかけてくる。


 家の中はもちろん、出かけるときもいつも一緒だ。

 どこで見つけてきたのか赤ちゃん用のおんぶ紐をわたしにくくりつけていつも背負っている。


 少女が出かけるのは決まって日中だ。

 ゾンビ映画の定番だが、夜はゾンビの活動が活発になって危険らしい。


 日中にあちこちの廃屋を漁って保存食を見つけたり、野草を摘んだりして食いつないでいた。

 わたしがいた米軍基地は穴場だったらしく、瓦礫を掘り返すとさまざまな物資が拾えるのだそうだ。


 視界がきく昼間に外出できるのはわたしにとっても有益だった。

 ずっと昔に貼られたポスターやら、新聞やらの残骸を見て少女の話だけではわからない情報を補えるからだ。


 そして地中から出てもわたしのピンチは続いていたことがわかった。

 この世界……もはや電話が通じないのである。

 というか電気もガスも水道もインターネットもひっくるめてインフラが死んでいる。


 わたしが生き埋めになった時代にはすでに家庭用の固定電話は消滅しつつあったが、代わりにスマートフォンが普及していた。

 ネット通話だってあったし、むしろ活動しやすくなったと時代の変化を喜んだものである。


 では質問。

 電気もネットもない時代に通信機器の需要はあるか?

 答えはシンプルにノーである。


 わたしの能力は圏外だろうがおもちゃの電話だろうが有効だと言ったが、それもあくまで「通話可能な媒介が対象の近くにあること」を前提とする。

 使えもしないスマートフォンなんて、ガラス板よりも価値が劣る。


 仮に今後、生きた人間の集まるコミュニティに出会えたとしても、身の回りに通信機器を置いている可能性はゼロに近いだろう。


 今後だなんてまどろっこしいことを言わずとも、たとえばいまこの少女に捨てられたらどうなるか?

 結論から言えば、何もできない。


 少女は当然スマホを持ち歩いていないし、マンションの部屋にも電話機はなかった。そもそも電話機という概念を知っているかも怪しい。

 電話をかけた相手の背後に瞬間移動するというわたしの能力は、現状では完全に死にスキルなのである。


「やったぁ! お弁当セット発見!」


 わたしの心配をよそに、少女は今日も元気に廃品漁りだ。

 お弁当セットとはなんだと見てみると、米軍のレーション戦闘糧食だった。

 ダンボールに詰め込まれていたものを発見したらしく、大収穫だ。

 これで1ヶ月は食いつなげるのではないだろうか?


 ――おぼぼぼぉ

   ――おぼぼぼぉ


 少女がレーションをスポーツバッグに詰める作業に夢中になっていると、遠くからゾンビの唸り声が聞こえてきた。

 少女も気が付き、ぴたりと動きを止める。


 パンパンに詰まったバッグを肩に担ごうとするが、背中のわたしが邪魔で上手くいかないようだ。


 ――ああ、これは捨てられるな。


 諦観。

 この状況下で、食料とわたしお人形の優先順位なんて比べるまでもないだろう。

 こんなにどうにもならない理由で捨てられたことなんてなくて、恨む気もまるで湧いてこなかった。


 少女はもう数回バッグを担ごうとチャレンジして、ついに断念して地面に置いた。

 そしてバッグの中身を両手で持てるだけ抱え、走り出した。


 えっ? 置いてくのはわたしの方じゃないの?


 その晩、少女はレーションに入っていた甘いチョコバーと、ケミカルな色の粉ジュースを堪能して満足気に眠りについた。

 その腕の中には、わたしがきっちり抱きしめられている。


 少女が寝言で、「お母さん……」と小さくつぶやいていた。


 * * *


 夢を見た。

 口裂け女先輩や八尺様ちゃんと遊ぶ妄想じゃない、大昔の思い出の夢。

 わたしが都市伝説になる前、普通の人形だったころの夢だ。


 わたしの最初の持ち主は幼稚園児の女の子だった。

 クリスマスのプレゼントとしてから贈られて、とても大切にしてくれた。

 でも、中学に上がるころになって少女趣味が急に恥ずかしくなったらしい。

 従姉妹の女の子にプレゼントされてしまった。


 捨てられた、と思った。


 従姉妹の女の子も、はじめのうちは大切にしてくれた。

 でもそのうちにアニメのキャラに夢中になって、わたしは邪魔者になった。

 わたしを妹に譲ろうとして、古臭いから要らない、と断られた。

 学校のチャリティーバザーに出品された。

 値段は十円だった。

 女の子の友だちのおかあさんに買われた。


 捨てられた、と思った。


 おかあさんはわたしの服を剥ぎ取ると、安物の服に着せ替えた。

 わたしの衣装はよい布でできていて、価値が高かったらしい。

 そしてセルロイドのわたしは価値が低いらしい。

 放置され、引っ越しのついでにまとめてリサイクルショップに売られた。


 捨てられた、と思った。


 それから何人も、何人も、わたしを手に入れては捨てていった。

 トイガンの的にしたり、殴ったり蹴ったりして憂さを晴らす人もいた。

 繰り返し、繰り返し捨てられるうちに、わたしに魂が宿った。


 きっかけが何だったかはわからない。

 でも、手に入れた力でわたしを捨てた人たちに復讐するのは何よりもすばらしいことだと思っていた。


 * * *


 ドンドンとドアを叩く音で覚醒する。

 少女も目を覚まし、わたしを抱えたまま素早く立つ。

 暗闇に目を凝らして玄関を見ると、スチール製のドアが歪んでいる。


 確かめるまでもない。ゾンビだ。


 少女は身の回りのものをバッグに詰め込み、わたしを背負う。

 そしてベランダまで後退して身を潜める。

 ベランダの窓ガラスはすべて割れていて、閉めることはできない。


 大きな音とともにドアがぶち破られた。

 おぼぼぼぼぉ、おぼぼぼぼぉ、と唸り声が聞こえてくる。


 唸り声を発していたもとはカーキ色の迷彩服に身を包んだゾンビだった。

 右肩には星条旗のワッペン。

 撃ち方もわからないくせに、ライフルを肩にかけている。


 青黒く変色した顔を除けば、シルエットは米兵そのまま。

 おそらく、軍務中の兵士がそのままゾンビ化したのだろう。

 ゾンビ化から何十年も経つだろうに、ひどい劣化が見られないのはさすがは軍用品といったところか。


 部屋に押し入った米兵ゾンビはうろうろと中を歩き回る。

 やつらがどうやって人間を認識しているかわからないが、人がいた気配を感じ取っているのは間違いないようだ。

 少女の寝床のあたりをしきりにうろついている。


 ――ガリ


 と硬質な音が足元から響いた。

 少女が割れたガラスの破片を踏んでしまったのだ。

 ゾンビの背筋がびくりと跳ねるように伸び、こちらに視線を向けた。


 まずいまずいまずいまずい、見つかったぞ!


 少女は身を隠すのを諦める。

 音が出るのも構わず隣の部屋のベランダにバッグを放り込んだ。

 ゾンビが迫ってくる。

 飛び移るために、手すりの上に足をかける。

 ゾンビが手を伸ばす。

 わたしの背中にゾンビの指がかかる。

 跳躍!

 だが、おんぶ紐に引っかかったゾンビに妨げられてバランスを崩している。

 万全であれば余裕で飛び移れる距離が遠い。

 隣室のベランダの手すりをなんとかつかむ。

 宙ぶらりんだ。

 だが少女の運動神経ならじゅうぶんに這い上がれるだろう。

 地上13階はぞっとしない高さだが、少女はそれも恐れず手すりを這い上が――ろうとして、動きを止めた。


 何があった?


 少女の肩越しに、米兵ゾンビの姿が見えた。

 さっきのやつがもう移動してきた!?

 いや、後ろからもあの嫌らしい唸り声が聞こえている。

 つまり、あれは新手だ。

 隣の部屋にもゾンビが侵入していたのだ!


 手すりにぶら下がった少女に、正面からもゾンビが迫る。

 もはや逃げ道はない。

 動きを止めた少女の背中から、わたしがずり落ちそうになる。

 先ほど飛び移ったときに、紐がちぎれかかっていたのだ。

 それに気がついた少女が、身をよじってわたしが落ちないようにする。


 ――まったく、こんなときまで何を気にしてるのよ。


 あるいは、片手を離せばわたしを支えられるかもしれない。

 けれども、片手で少女自身の体はいつまで支えきれるのか。

 おまけに正面からはゾンビが近づいてきている。

 ベランダに放置されていたガラクタに邪魔されて手間取っているが、もう何十秒と余裕はないだろう。

 見捨てろ、もう見捨てるしかないだろ。早く見捨てろ!


 そして、わたしは捨てられた。

 13階から地上へ向かって真っ逆さまに落ちていった。


 * * *


「うう、お人形さん。落っこちちゃった」


 命の危機に直面しているのに、私はそんなことを気にしていた。

 むかし、お母さんが言っていた。

 ピンチになると、かえって頭が冷静になることがあるらしい。

 いまの私もそういう状態なんだろうか?


 お母さんは、私に生き抜くための方法をたくさん教えてくれた。

 それからお母さんのお母さんが過ごしていた時代の楽しいことも教えてくれた。

 とっても強くて、とっても優しいお母さんだった。


 そのお母さんとはぐれてしまってもう3年は経つ。

 お母さんが教えてくれた知識を活かして生き抜いてきたけれど、それも今日で限界みたいだ。


「お母さん……会いたいよ」


 弱音を吐いている場合じゃないのに、ぼろぼろと涙が溢れてくる。

 手すりの向こうから迫るゾンビの姿がにじむ。

 それは記憶の中のお母さんの顔がだんだんぼやけてくるのと同じだった。


 あのお人形さんはどことなくお母さんに似ていた。

 栗色がかった髪、色素の薄い瞳、少し彫りの深い顔立ち……。

 お人形さんと話していると、記憶の中のお母さんの顔が輪郭を取り戻していく気がした。


 ガシャッと何かが崩れる音がする。

 正面のゾンビが最後の障害物を乗り越えたのだ。

 もう半歩も近づけば、手すりをつかむ私の手にその爪が届くだろう。


「ゾンビになるくらいなら、いっそのこと……」


 ――ピーガガッ……ザッ……ザザー


 諦めて手すりを離そうとした瞬間、正面のゾンビから耳慣れない奇妙な音がした。


 ――ピーガガッ! ……わ……し、メリー。……たのうしろに……


 続いて、雑音混じりの人の声!?


「いるのォォォッ! オラァッッッ!!」


 突然、背中を駆け上がるような軽い感触がして、何かが視界の上から降ってきた。

 目の前のゾンビに躍りかかり、栗色の髪を振り乱して横っ面に見事な回し蹴りを叩き込む。


 着地。

 即座に足払い。

 バランスを崩したゾンビがベランダから転落していく。


 誰かが助けにくれた?

 目の前に現れた私よりもずっと小さな女の子がくるりと回って、少し彫りの深い顔立ちをこちらに向ける。


「もしもし、わたしメリーさん。いまあなたの後ろに……後ろじゃねえしっ!」


 地団太を踏む彼女の色素の薄い瞳は、それでもとてもきれいだった。


 * * *


 その後、私たちはマンションを離れて旅に出た。

 あの変な柄の服を着たゾンビが周りに増えてしまったからだ。

 普通のゾンビより力が強くて、動きも速いのでさすがに危なすぎる。


 お人形さんが歩けるようになったから、背中には大きなリュックを背負っている。

 中身はもちろん、甘くておいしいお弁当でいっぱいだ。


 お人形さんの名前はメリーちゃんと言うらしい。

 かわいらしくてよく似合う名前だと言ったら、顔を赤くしていた。


 メリーちゃんは人形が話したり動いたりするのが怖くないのかと聞いてきた。

 たしかに知らない人はびっくりするかもしれないけど、私はお母さんから教えてもらったので大丈夫なのだ。

 ずっと昔は、しゃべったり動いたりする人形はたくさんあったらしい。


 それを話すと「そうじゃなくて! そうじゃなくって!」となんだかすごく悔しがっていた。演技でもびっくりしてあげた方がよかったのかな……?


 それからメリーちゃんは私に「これを肌身離さず持ってなさい」とあのゾンビが持っていた変な機械を押し付けてきた。トランシーバーというらしい。

 離れている人同士で話せるすごいものなんだけど……壊れてるし、電気もないし、こんなものを持ってて意味あるのかな?


 まあ、そんなに荷物になるものでもないし、メリーちゃんがそこまで言うなら無理に断ることもない。


「そうそう、おとなしく持ってなさい。命の次に大切なものだと思いなさい」

「命の次に大切なのはメリーちゃんだよ!」

「あばばばばばばばば。ままままたそそそそんなこと言って!」


 声がすごく震えてるけど、大丈夫かな?

 故障とかじゃないよね?


「そ、そんなことより旅って言っても目的地はあるの? アテもなく歩き回っても野垂れ死んじゃうわよ!」

「ひとまずは川沿いに下って行こうかなって。少なくとも水の心配は要らないし、魚や虫もいるから食べ物がなくなってもなんとかなると思う」

「サバイバルスキルが高すぎる」


 メリーちゃんはなぜだか呆れ顔だ。

 なにか変なこと言ったかな?


「それでね、お母さんを探すんだ。いつ見つけられるかはわからないし、ひょっとしたらもう……」

「あなたのお母さんなら絶対に生きてるわよ」


 私が言いかけた言葉をメリーちゃんが力強くさえぎる。

 正直、いままでずっと不安だったのだけれど、メリーちゃんに言ってもらえると本当にお母さんはどこかで元気で暮らしているに違いないと思えてくる。


「それでね、お母さんを見つけたらこう言うの」

「何を言うの?」


 私はメリーちゃんにはじめて会ったときみたいに、高い高いをして太陽にかざした。


「こんなに素敵なお友だちができたよって!」

「あばばばばばばばば」


 * * *


 ――もしもし、わたしメリー。いまも、明日も、明後日も、来年も、再来年も、その後も、ずっとずっとあなたと一緒にいるの。


(了)

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