卒園試験(天地創造前夜)


「光あれ!」

 

 ぼくは高らかに叫んだ。けれど瞬息しゅんそくというものが、どうやら園長先生との会話のあとで考え込んでしまった神生(註︰人生のこと)への疑義ぎぎというものを引きってしまっていたようだ。

 つい、こう思ったのだ。果たして、コトバというものに、何かを成せる力があるのだろうか……と。なにものかを動かしうるだけの力を有しているのか、絶対の確信をぼくは持つことができなかったようだ。


 だから。

 やはり、なにも、起こらなかった……。


 ぼくは、ふうっと吐息を洩らした。

 これで六度目だ。自分の不甲斐なさというものにイラついてくる。

 これまで学び会得えとくしてきたもののすべてが、一斉に霧散むさんしていくかのような感覚。それを何度味わえばいいのだろう。

 やるせない。息苦しい。いたたまれない。

 やはり、そろそろ、限界というものを認めなければならないのだろうか。


 そんなことをおもっていると、トントンと肩を叩かれた。

 振り向くと、懐かしい顔が、うすら笑いを浮かべている……。

「やあ、久しぶりだね、君、またダメだったのかね」

 そう言ったのは、あの先生……マズ先生だった。

「なあ、あれほど懇切丁寧に教えてやったろ? 気持ちの込め方が足りんのだよ」


 そして、見本を見せてやろうと、マズ先生は胸を張って右腕を高く振り上げた。


「光あれ!」


 ……なにも、起こらなかった。


「あれっ? おかしいなあ、君のドジさ加減がうつったのかな」


 するとそこに、別の創造主候補生が現れた。


「ったく、お前らは、なっとらんのぅ! 破壊力が足りんのだ!」

「なんだ、カイか!」と、驚いてマズ先生が叫んだ。

 ぼくは初めてカイ様をみた。

 マズ先生は急に顔を赤らめて、モジモジして躰をくねらせている。

 いまだに、先生はカイ様に愛を感じているのだろうか。

 ぼくには、光をどうこうするより、この二人のこころの芯奥しんおうに潜んでいる、あやしげで、ふしぎなともしびのほうが気がかりだった。


「マズよ、こいつは、おまえの教え子か? 噂では、何百光年分の歳月を経て、待ちに待ったかいがある、初めて、創造主足り得る人材……と聴いてはいたが、これでは、到底、ダメだ」


 カイ様はそんなことを言っている。

「おい、二人ともよく見ておけっ! 特別に、わしがやってやろう!」


 ハッとしてぼくは緊張した。

 カイ様が右手を高く上げ……

「光あれ!・・・あれっ?」 

 なにも起こらない。

 すると、そこへ現れたのは、園長のハジメ先生だった。

 園長先生を見るなり、ついさっきまでえらぶっていたカイ様は、モジモジと躰をくねらせて、

「ハジメ……」

と、情けなさそうな声をあげた。カイ様もまた、何百光年もの間、園長先生に慕情を抱き続けていたのだ。

 嗚呼ああ。と、ぼくはなぜか感激した。理由もなく感動した。非論理的だといわれてもいい。すべての疑問が氷解ひょうかいしなくてもいい。

 ほんの一瞬、今を感じることができるなら、創造主なんかにならなくてもいい、なれなくてもいい……ぼくは心底そうおもった。

 すると、園長先生は、

「もう、カイもマズもダメねえ、ダメダメ」

と言ってから、ぼくを見つめた。

「ね、この間も話してあげたけど、いつも、あたしが口うるさく言ってきた『マズ、カイより、ハジメよ!』ってわけね。あたしの出番……」


 そう言うと園長先生は、右手を上げて……。

「光あれ!……あれれ?」

 なにも、起こらなかった。


 ふう。

 ぼくを含めて四人が同時についた落胆のため息と、それぞれがそれぞれに抱いている愛なるものの切なさを含んだが合さって、竜巻のように舞った。

 それは風となりありとあらゆるものの奥底に潜む闇を撃った。

 このとき、ふいに、ぼくは自分につけられていた古いニックネームを思い出した。

 ヨリ。

 そうか、そうだったのだ……と、ぼくは思い至った。

 天地創造には、たった一人の創造主の力ではなく、多様で、雑多な、それこそぶっつけ本番的なあやしい総合力が必要だったのだ。

 マズ、カイ、ヨリ、ハジメよ!

 

 こうして、ついに……

 世界に、光が満ちちた。

 ぼくら四人は、四季をつかさどり、東西南北の四方を感得かんとくした。


 だから。

 には、彩りがある。

 皆のもの、心ゆくまで、楽しむべし。みずからの満ち足りないものをこそ、いつくしむべし。


              (了)

           

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卒 園 (副題︰天地創造前夜にまつわる二、三の伝承) 嵯峨嶋 掌 @yume2aliens

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