ダンジョン頭穴

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ダンジョン頭穴

 これはダンジョンというものが身近になってまだ歴史の浅いころの話。

 原理も詳しくわかっておらず、法整備もまだまだだったころでございます。

 今の世の人から見れば、なんともまあくだらない、バカバカしいお話に聞こえるかと存じますが、ひとつ、お付き合いを願います。


 深川のあたりに長次郎という底辺冒険者がおりました。

 長次郎はたいそうなケチンボで、装備は壊れるまで買い換えない、聖水や回復ポーションと言った消耗品もろくに揃えない。

 当然、そんな装備ではダンジョンの深層に潜れるはずもありません。


 なもんで低層でちまちまとゴブリンやスライムを狩るしかないから稼ぎも悪い。

 稼ぎが悪いから装備や道具をますますケチる……。

 ってな流れで、すっかり底辺が染みついちまったわけでございます。


 そんな長次郎が定宿にしている冒険者の宿……といっても、今のような個室でシャワー、トイレ付きなんて上等なもんじゃあございません。

 このころの貧乏冒険者の宿といえば、大部屋の雑魚寝。

 風呂なし、トイレは共同というのが当たり前。

 そんな大部屋で冒険者仲間のひとりが大はしゃぎをしておりました。


「これでおいらも底辺脱出よ!」

「おい、ハチ公、一体どうしたんだよ」


 あまりの浮かれ具合に気になった長次郎が尋ねるっていうと、


「ああん? どうしたもこうしたもねえよ。おいらもな、ついにダンジョンを一個攻略したんだ」

「へえ、そりゃすげえな。一体どこのダンジョンだい?」

「代々木公園第三ダンジョンよ」

「なんでえ、乞食ダンジョンじゃねえか」

「なんでえとはなんでえ。悪りぃのか!」


 代々木公園第三ダンジョンとは、名前の通り代々木公園内にあるダンジョンでございまして、とにかく出る敵が弱い。

 1センチくらいの蚊とか、10センチくらいの黒くてすばしっこいやつとか、まあ普通よりちょっとでっかいくらいの昆虫モンスターしか出ないんでございますな。


 狩っても売れる素材はほとんどドロップしないし、宝箱の中身も昆虫用ゼリーだったりで、普通の冒険者にはまず相手にされず、公園のホームレスたちが住み着いてたってんで「乞食ダンジョン」なんて呼ばれていたわけでございます。


「しかしよう、あそこを攻略しちまって恨まれねえのか?」

「恨むも恨まれるも、モンスターよりも攻略を妨害しようっていう乞食どもの方がよっぽど手強かったぜ」

「そりゃあそうだろうな」

「ほら、見てくれよ。こんなところを噛まれちまった」

「よせよせ、ンなもん見たくねえ」


 ハチ公がズボンを脱いでケツを見せようとしてくるもんだから、長次郎は両手を振って止めました。


「ともあれだ、ダンジョンを攻略したんだから手に入ったんだろう、あれがよ」

「ああ、手に入ったぜ」


 ハチ公がぼろぼろの巾着から自慢気に取り出したのは真っ赤な宝石。

 小指の先より小さいけれども、いわゆるダンジョンコアと呼ばれるものでございました。


「こいつを砕けば、近くにダンジョンが生成されるってえわけかい」

「そのとおり。これでおいらも立派なダンジョン持ちよ」

「乞食ダンジョンのコアでそんな大層なダンジョンができるかねえ」

「んなもん、やってみねえとわからねえじゃねえか」


 ご存知の通り、ダンジョンから取れる資源は、採掘した冒険者とダンジョンのオーナーで折半にするのが慣例でございます。

 現代でも長者番付の上位には人気ダンジョンのオーナーの名前が並びますが、そのあたりの事情はこのころでも変わらなかったわけでございますな。


「そうだなあ。それじゃ運気が上がるようによ、酒でもおごられてやるよ」

「なんでえ、図々しい野郎だな。こういうときはてめえがおごるもんだろうよ」

「じゃあこうしよう。おれが飲む分はお前がおごる。お前が飲む分はお前がおごるってことでどうでえ」

「なるほど、それなら……って、ぜんぶおいらの払いじゃねえか。まあいい。今日は気分がいいからおごってやらあ」

「へへ、さすがはダンジョン攻略者様だぜ、そうこなくっちゃあ」


 そんなわけでハチ公のおごりで酒を飲み、ただ酒の匂いに気づいたほかの底辺冒険者達が集まってすっかりどんちゃん騒ぎ。

 気づけば黄色いお日様がさんさんと輝いておりました。


「あーちくしょう。頭が痛てぇぜ。今日は冒険者稼業は休みだな……」


 飲み過ぎで二日酔いの長次郎。

 カラッカラの喉を潤そうと洗面所へ向かいます。


「んぐんぐんぐ……二日酔いの朝はこのカルキ臭え水が妙に美味いんだよな。ついでにざぶざぶと顔も洗って。しかし、どうしてこの男前に女っ気がないかねえ。やっぱりあれか、男は器量より金なのかねえ。……って、なんだこりゃあ?」


 鏡を見た長次郎が驚くのも無理はございません。

 なんせ、額にぽっかりと穴が空いていたんですから。


「ちょちょちょちょ、ハチ公、起きろ。起きて今すぐ俺のツラを見ろ」

「ううーん、BLでもあるめえし、寝起きから気持ち悪りぃことを言うんじゃねえよ。っておい、なんだその穴! 気持ち悪りぃな!」

「うげえ、おれの見間違いじゃねえのか。いったい何の穴だ。おめえ、おれが寝てる間にドリルでもぶち込んだか?」

「んな猟奇的な趣味はねえよ、おいらには。しかしなんだな、この穴、見てると妙に入りたくなってくるな」

「てめえこそ気持ちの悪りぃことを言うんじゃねえ。って、おい! おい! やめろ!」


 ハチ公は長次郎が止めるにも関わらず、長次郎の額の穴に右手を突っ込むっていうと、そのままにゅるっと全身ごと入り込んじまった。


「うええ、頭の中にハチ公がいるとかろくな心地がしねえな。ああ、落ち着かねえな、飲み直しだ! 飲み直し!」


 そういうと長次郎は昨日の飲み残しの酒をかき集めて、かーっと飲んでまた寝ちまった。


「おい! おい! 長次郎! 起きろ! こいつはただごとじゃねえぞ!」

「何がただごとでえ。おれがタダでやるもんなんてハナっからねえぞ……って、なんだそのお宝の山は!」


 目を覚ました長次郎の目に映ったのは、ダンジョンハンバーグやダンジョンソーセージ、ダンジョンベーコンなどをたんまりと手に持ったハチ公でございました。


「こいつがよう、お前の穴から獲れたんだよ」

「おれの穴ぁ? っつーと頭のこれか?」

「頭のそれだ」

「これダンジョンか?」

「それダンジョンだ」

「なんでだよ」

「それがよう」


 ハチ公によくよく話を聞いてみると、昨日の宴会の最中に、間違ってダンジョンコアを砕いてしまっていたそうで。

 ダンジョンコアを砕くと近くにダンジョンが生成されるもの。

 それが長次郎の頭に生成されてしまったと、まあこういう次第でございます。

 いまでいう、生体ダンジョンというやつでございますな。


 ダンジョンハンバーグやダンジョンソーセージなど、ダンジョンから穫れる食材というのはとにかく美味い。

 なもんで昔もいまも高く売れるダンジョン産物の筆頭となっております。


「するってえと、おれの頭に宝の山、ならぬ宝の穴ができたのか」

「おいおい、ダンジョンコアはおいらのもんだぜ。おまえの穴はおいらの穴だろうが」

「気持ち悪りぃ物言いをするんじゃねえよ。まあしかし、一理はある。そしたらこの穴のアガリはおれとおまえの折半でどうだ?」

「ああ、それでかまやしねえ。さっそく客を入れようぜ」


 というわけで、深く考えないふたりはダンジョン「頭穴」を即日開業。

 まずは大部屋にいる冒険者を全員誘い込み、それから冒険者ギルドで誘って目につく冒険者を片っ端から頭の穴に入れた。


 帰ってくる冒険者はもれなくダンジョン食材を大量に抱えてくるもんだから、こりゃあもう笑いが止まらない。

 一番深くまで潜った冒険者に話を聞いてみると、99層まで潜ってもまだまだ最深部には届きそうにないという。


「うへへへへ、こりゃあ儲かるなあ」

「これでおいらたちもダンジョン長者だな」


 新宿歌舞伎町の高級キャバクラを貸し切りにしてドンペリを飲みながら、長次郎とハチ公はすっかり上機嫌。

 美女を何人もはべらして酒を飲む合間にも、頭の穴には冒険者たちがひっきりなしに出入りしている。


「へえー、お兄さんのこの穴ってダンジョンなの? あたいも一回ダンジョンって入ってみたかったんだあ」

「やめとけやめとけ、姉ちゃんみたいなかわい子ちゃんには似合うもんじゃねえ」

「いいじゃない。一回くらい入れさせてよ。ちょっとだけ、ちょっとだけだからさあ」

「女から入れさせてって言われると、なんか特殊なプレイみてぇで興奮するな。ええい、仕方ねえ。おれとハチ公が護衛につくからよ、入ってすぐのところで待っててくんな」

「わーい! ありがとう。チョーさんすてき♡」


 ほっぺたにチューをされた長次郎がでれでれしている間に、キャバクラのおねえちゃんたちが頭の穴にどんどん入っていく。


「あややや、一人じゃなかったのかよ。まあいいや。次はハチ公、入れ」

「おうおう、ダンジョンで酒池肉林としゃれこもうや」


 ハチ公が頭の穴に姿を消す。


「さて、おれもダンジョンに入るはひさしぶりだなあ」


 そして長次郎が頭の穴に入り、キャバクラの店内からは誰一人いなくなった。


(了)

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