タイチとクミは総持の指示で二階にある職員室で待機することとなった。

 休日であるもののマスコミ対応やPTAへの説明などで教員の三分の一が出勤するという異例の事態の最中であったが、全員が混乱さながらに対応に当たるため出払っていて無人だった。

 タイチとクミは真ん中に置かれた机の席に、向かい合わないように座る。

 互いに言葉を切り出せない沈黙の時間が続く。


 安井のことは総持が抱き抱え保健室へと運んでいくことになった。

 休日であるため保険医は出勤していなかったが、落下による怪我やどこか打っていないかなど一応の処置は必要だと総持が判断した。


 窓の外からは校門周辺に集まっているだろうマスコミ陣の声が聞こえてくる。

 先程の騒動は外にも聞こえていたようで、それについて何が起きてるのかと校門前で対応する教員に詰め寄っているようだ。

 何が起きてるんですか、どうして教えてくれないんですか、と重なるように問う声が二階の職員室にも聞こえてきていた。


「ねぇ、射場君? 何があったの?」


 沈黙を破ったのはクミだった。

 外から聞こえる問いはクミも聞きたいものだった。

 顔は左隣に座るタイチの方には向けず、視線は職員室の前の方、無人の空間の先にある連絡用黒板をぼんやりと見つめていた。

 顔を下げ机を茫然と見つめ答えないタイチ。

 タイチは鼻で息を吸い込んで、唾を飲み込んだ。

 どう言えばいいか、何を言えばいいか。


「私は・・・・・・何もかもを教えて欲しい」


 誤魔化すかどうかすら悩んでるタイチを見透かしてるかのように、クミは言葉を続ける。

 タイチは口からゆっくり息を吐いた。

 誤魔化すとか嘘をつくとかこの期に及んでクミに対して取るべきではない態度だ。

 それは彼女を傷つける行為で、彼女を排除するような態度だ。

 それではこれまでの全てが意味をなさない。

 吹田を殺してしまったことも、アツシが殺されたことも、安井のことも。

 

「わかった、全部話すよ、高塚」


 そう言ってタイチはたどたどしくも全てをクミに話していく。

 吹田マコトを殺したこと、富田アツシが殺された理由、安井タイチとの会話。

 それは罪の自白であり、歪で不恰好な告白だった。


 君のために、殺そうと思った。


 それは本来、安井が口にするべき言葉であったが代弁するようにタイチは言うことにした。

 クミに罪を擦り付け責任転嫁したいわけではない、この行動の全ては好意によるものであると言葉にしなければならないと思った。

 階段を落ちていく安井の表情を見て、それだけは嘘偽りないものだと伝えなければならないとタイチは思った。


 タイチの告白を聞いて、クミは頷くわけでもなく黙っていた。

 また少し沈黙の時間が生まれ、それに耐えれずタイチがようやく顔を上げた。

 顔を上げ、ゆっくりと視線を動かしてクミの様子を窺う。

 その視線を感じてか、クミは小さく頷くように顔を下に向け目を閉じた。


「射場君、私ね。あの夏の日、家を出ていくお父さんを追いかけたの」


 目を閉じてあの日を思い出そうとするとうるさいぐらいの蝉の声が耳元に聞こえてくる。

 サンダルの足音、玄関のドアノブに付けた鈴の音、少し錆びたドアが開く音。

 母親がぶたれた痛さを堪えながら泣く声。

 クミは父親を追いかけて、裸足のまま出ていった。


「お母さんに暴力を振るお父さんの事を怒る気持ちもあったし、もう暴力を振るわないで欲しいとお願いしようとも思ったの。そういうことを言えば私もぶたれたのだけど、それでもお父さんにお願いすればいつかは止めてくれるとも思ってた。お酒を飲んでいない時のお父さんは本当に優しくて、気弱な人だったから」


 玄関を出て、数歩。

 酔いが回りおぼつかない父親の足。

 脱げそうになるサンダル。

 夏の日差しに団地の階段は熱くなっていて、裸足で出てきたクミの足裏は焼けそうになり痛かった。


「私は階段を降りようとするお父さんに呼び掛けたの。お父さん、ってたった一言だけ。ぶたれてもいいって決心したお願いは何も言えることもなくて、お父さんは私の呼び掛けに振り向いて──」


 階段を降りようと上げた足。

 呼び掛けに振り向く身体。

 泥酔しふらついた父親は、階段を転げ落ちた。


「射場君、私はね、お父さんを殺したわけじゃないの。ただ、声をかけただけ。でもね、死んでしまう要因にはなった。そしてそれは、お母さんを護れたっていうことだとも思った」


 クミが目を開けて、顔をタイチへと向ける。

 目元にうっすらと涙が滲んでいる。

 クミは左手を伸ばし、タイチの右手を掴んだ。

 クミの手は震えていて、タイチはその手に左手を重ねた。


「私ね・・・・・・文化祭の準備で射場君と話すようになって、射場君が私を護ってくれる人だって何となく思っていて、それで・・・・・・安井君がそれを奪っていくのかと思ったの。だから私は、初めて人を殺そうと手を伸ばしたの。気づいたら安井君のことを押していて──」


 タイチを護ろうと安井を押した、けれどそれはクミの望みではなかった。

 総持に問われ口にした言葉こそが、クミがそうであって欲しいという願望。


「だから私は、射場君のしてくれたことを絶対に批難しないし、誰かに言ったりもしない」


 クミの頬に涙が一滴零れていく。

 じっとタイチを見つめる瞳を、タイチは応えるように見つめ返した。

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