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 職員室のドアがノックされ、返事をする間もなく開けられる。

 入ってきたのは総持と三年四組の担任である相川だった。

 正門前でマスコミ対応を取っていたのだが、総持から電話で連絡を受けて切り上げてやってきた。


「射場、高塚、待たせたな」


 総持がそう言って、タイチとクミは立ち上がったが相川が座っているようにと手で指示する。


「安井の様子は、どうですか?」


「保健室の先生は出勤してなくてな、簡単な処置というか見ただけの判断でしか物が言えないが、何処かを打ったとか外傷は特に無いし痛みを訴えてるわけでもないからな、安心していい。まぁ、明日にでもちゃんとした医者には診てもらった方がいいかもしれんが」


 総持の答えを聞いてタイチはふーっと息を吐き少しばかりの安堵を抱いた。

 これでクミが余計な罪悪感を抱えずに済む。

 彼女は父親のことだけでも十分抱え込んでいるのだ。


「それで──安井からは話を聞いたのだけど。射場、高塚、二人からも何があったのか聞かしてもらっていいか?」


「事情が事情だからね、後々警察にも連絡することにはなるだろう。安井くんの話だけで説明するとなると間違ったことを伝えてしまうかもしれない。射場くん、高塚さん、ちゃんと何があったのかを説明出来るように協力してくれるかな?」


 総持に続けて相川が柔らかな物腰で問う。

 協力という形、それは安井が階段から落ちたことについて罪を問うわけではないのだということなのだろうか?

 クミが言ったことがそのまま受け入れられたということなのだろうか?

 安井は何と説明したのだろうか。

 口にした計画通り全ての罪を一人で被るつもりなのだろうか?

 それとも、クミに押され落とされたことで考えを変えてしまったのだろうか。


「富田君のお別れ会で、安井君に学校へ来るようにと呼び出されました」


 タイチが考えを逡巡させていると、クミが先に答え始めた。

 ドアのノックが聞こえ離れた手は震えを止めていた。


「呼び出された時間に校舎に来てみたら、安井君は私のために犯罪を起こした──吹田さんと富田君のことを殺したのだと言ってきました」


 クミの説明を総持と相川は言葉を挟むことなく小さく頷きながら聞いている。

 タイチは、ただクミのことを見ていた。

 何かを悟られるわけにはいかない。

 総持と相川がこちらの様子を窺い見てるのはわかっていたが、じっとクミのことを見ていた。


「私は恐くなって、安井君のことを拒否して通報しようとしました。すると、安井君は激昂し私のことも殺そうとしてきました。そこへ、同じように安井君に呼び出されていた射場君がやって来て──」


 クミが話しているのは全くの嘘だ、それはわかりきっている。

 しかしそれは、全てを知った上での嘘である。

 安井がどういった思いで行動に出たのか、タイチはちゃんとクミに説明していた。

 それを知った上での嘘、思いを汲み取った上での虚言ストーリー

 クミが嘘を語ることで安井の計画が真実味を増すのだと、クミは安井を信じているのだ。

 安井は計画のまま全ての罪を被り、それを総持と相川に説明したのだと。


「なるほど、わかりました。高塚さん、非常に怖い思いをしたのに毅然と説明してくれてありがとう。それと、申し訳ない。君のケアを射場くんに任せきりにしてしまったのは教師として反省すべきところだね。総持先生、保護者の方には連絡は?」


「いえ、まだですが・・・・・・」


「それなら、すぐに連絡をしよう。同級生が亡くなってまだ間もないのに自分も同じ目にあいそうになったなんて・・・・・・まず事情を聞くことより落ち着かせてあげるべきだった。我々は順番を間違えたようだ」


「いえ、しかし、射場からはまだ何も・・・・・・」


「総持先生、先程も言ったが我々は順番を間違えたようです。マスコミやPTAの対応とそればかりに注力する数日でしたから、どうやら見誤ってしまったようだ。何より優先すべきは生徒の心のケアです。一旦、二人を家族のもとへ帰しましょう。事情聴取まがいはその後で良い」


 相川は総持にそう言うと、タイチとクミに小さく頭を下げる。

 ポケットから携帯電話を取り出すと何処かへかけ、職員室から出ていった。

 総持は言われるがままになってしまい、出ていく相川の背中を見ながら気まずそうに頭をかきむしった。


「はぁ、全く言いたいことはわかるけど、意見を押しつけ過ぎなんだよ、あのジイサンは」


 独り言のように愚痴り総持はタイチとクミに向き直した。


「俺はさ、ここ最近のお前たちを見ていて何かはっきりとは言えないもやみたいな物を感じていてな。それをはっきりとさせなかったから今日までの出来事が起きてしまったんだと反省してるんだ。そして、ここでまた時間を置けばお前たちを間違えた方向に進ませてしまうんじゃないかと思ってしまってる。これもまた、根拠ははっきりとしちゃいない。教師としての勘みたいなもんだ」


 総持は頭をかきながら小さくため息をついた。

 教師としての勘などと言ってみたものの、ここまで確信も根拠もない靄を抱いたのは初めてのことだった。


「だからさ、射場。ちゃんと説明して欲しいんだ、本当は何があったのかを。お前は、何をどうしたんだ?」


 総持の鋭い視線にタイチは息を飲む。

 何と答えるかは、何と告げるかは既に決まっている。

 総持からは見えない位置、机に隠れるようにしてクミがタイチの手を握っていた。

 震えない手、自分よりも小さく、優しい手。

 タイチはそれをなるべく優しく握り返した。

 大丈夫。

 自分に言い聞かせるように、クミに告げるように、クミに誓うように、大丈夫と込めてクミの手を握る。




「僕は────」










終。

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