今と過去と決断

 

「文化祭まであと一週間となったので、本日より下校時間は一時間延長の六時になりました」


 ホームルームの最後に担任の総持は顎の髭を掻きながらそう言った。

 何とも締まりがないが、その言葉にクラスの生徒達は一喜一憂の反応を見せる。

 文化祭に対してやる気のある者と無い者との区別が簡単についた。


 生徒それぞれの反応がある程度落ち着いた頃に、今日の日直が号令を口にした。

 起立、気をつけ、礼。

 着席はせず、ホームルームは終わる。

 それじゃあ頑張って、と誰に向けたわけでも無さそうな言葉を告げて総持は教室を出ていった。


「タ~イチッ」


 アツシが後ろからタイチの両肩を捕まえる。


「だから止めろって、その呼び方」


 タイチはすかさずその手を振りほどいた。


「今日はどうすんだ? 音響の方、順調?」


 アツシは構わず話をし始めた。

 抗議を無視されてタイチは少し腹がたったが、このまま文句を言ったところで相手にされないのがオチなので諦めた。


「こっちはあと、舞台の進行に合わせて音を鳴らすタイミングの調整ぐらい。だから、正直言えば暇かな」

「じゃあさ、お前も大道具の仕事手伝ってくれよ。他にも頼んでんだけどさ、めちゃくちゃヤバいんだよ」


 大道具の係は一番多く、各クラスから二十人ずつ計四十人はいるはずだ。

 一クラス分の人数がいるのに、作業が一向に間に合っていないのにはいくつか理由があった。

 一つは、四十人中半分程しか結局は参加していなかった事。

 一つは、大道具の班長を名乗る人物がそのセット一つ一つにこだわりをみせてしまった事。


 その大道具の班長を名乗る人物とは、タイチの目の前で苦笑いしているアツシその人であった。

 場面展開の多い劇の内容を忠実に表現するとすれば、自然と背景は多くなり大道具としてのセットも多くなる。

 よく電柱役とか木の役なる人物がいたりして惨めな配役と笑われたりするが、そういう妥協を許さなかったのがこの班長である。


 作業が始めの方はそのこだわりに好意的に賛同する者も多かったらしく、スムーズに作業は進んだらしい。

 しかし、十月に入った辺りから早くもその膨大な作業量に殆どの者が根を上げ、嫌々する作業は遅々としてしか進まなかった。


 

「皆頑張ってんだからさ、目立つ俺達の仕事が手抜きだったら格好悪いだろ」


 各係から数名ずつレンタルしたその場でアツシはそう言った。


「レンタルしてる時点で格好悪いっての」


 タイチとは面識も無い四組の生徒がそう言って他の生徒達が笑いだし、アツシはまた苦笑いを浮かべる。


「格好良い悪いは後にしてさ、さっさと取りかかろうぜ。出来なかったら、この劇自体が格好悪いモノになっちゃうんだからさ」


 笑ってる生徒達の声より大きな声でタイチはそう言い、教室の床に置かれた自分が任された背景用の段ボールに指定されたペンキを塗り始めた。

 その姿に他の生徒達は口々に何かを呟いた後に、タイチと同じ様に作業についた。


「何だよ、今の俺へのフォロー?」


 タイチの横にアツシが座り込んだ。

 タイチが任された場所にアツシもペンキを塗っていく。


「どちらかと言えば、プレッシャー、かな」

「うわ、嫌なヤツ」

「自分でハードル上げたんだろ?」


 床に置かれた段ボールに色が塗られていく。

 それは、教室の窓際となるセットだった。


「……ありがとな」


 そう呟いたアツシに、タイチは小さく頷いた。


 黙々と作業が行われたのは一時間程の事で、そのうち誰かが会話をしはじめて誰しもが騒がしくなっていった。

 次第に手の動きより口の動きの方が活発になっている生徒が多くなってきていて、タイチは少し腹がたってきていた。

 無理くり応援にきてもらってるのはわかるが、急いでると言っているのに手を抜くなんて冗談じゃない。

 注意してやろう、そう思い立ち上がろうとした時にアツシの手が遮った。


「いいって、タイチ」

「いいって、って注意しないと作業が進まないぞ」


 アツシが小声で言うものだからタイチも小声で返した。

 タイチはアツシにそう返しながら視線を教室の隅の生徒に向ける。

 睨みつけた先には明らかに手が止まり話に夢中になっている男子生徒が数名。

 四組の生徒なので、タイチは彼らとは交流も面識も無かった。


「いいって言ったらいいんだよ。応援に来てもらってるんだからさ、ガミガミ言って帰られたら困るんだよ」

「あんなの、いるだけで騒がしくなって邪魔だよ」

「お前はたまにそういうキツい言い方するよな。とにかくいいから、ほらこっちに集中集中」


 アツシが指し示した床に置かれた窓枠のセットの進行具合はまだ半分にも満たしてなかった。

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