「あの映画の良さに近づけるように、俺達も音響にこだわろう」

「だけどラストは変わっちゃってるし」

「だから、そのラストを俺達のイメージに音響で作り上げてくのさ」

「音響で?」


 言葉と絵だけでは伝わらないものが映像というものにはある。

 それが、音だ。

 音がまた言葉や絵を際立たせ、時に音がその二つよりも重要性を持つ。

 その音に意味を込め、その音楽にメッセージをのせれる。

 そうすれば音響で世界を作れる、作品を作れる。


 タイチは、『時と砂』を観てそう強く思った。


「そうすれば高塚が好きじゃないこの作品も、好きになれるさ」

「なんかいいのかな、そんなに自分達だけで作り上げちゃって」

「作品を作るのは脚本と演者だけじゃないって、総持先生は言ってたよ」

「それってただ皆で協力しろってことじゃ……」

「あの先生なら、裏方だからって手を抜くな気を抜くな、って意味になるんだよ」


 そういう先生なんだ、とタイチは続けた。

 何故か偶然にも三年間担任が総持だったのでよく知っている。

 日頃はちゃらんぽらんとした数学教師だが、言葉の裏はなかなか奥が深い。

 下手な熱血教師よりきっと熱血してる言葉を持ってる。


「射場君、なんだか急に力入ったね」

「高塚が真面目に取り組んでるのに、こっちも気合い入れないと失礼だろ」

「じゃあ、昨日までは失礼だったんだ」

「ん、そりゃそうだな。ごめんな」


 タイチが頭を下げるとクミはクスクスと笑った。


「なんだよ?」

「すごく自然に頭を下げたからビックリして。射場君、別に悪くないのに」

「悪かったんだよ、昨日までは」


 タイチは、頭を上げてクミを見る。

 クミは、まだ笑っていた。

 タイチは恥ずかしくなって頬を紅潮させた。


「射場君って、変に頑固だよね」


 クミの笑いは止まらなかった。

 クミが笑うならそれはそれで良かったが、段々と恥ずかしくなってきた。

 タイチは、恥ずかしさを誤魔化すように床に置いていた鞄を持ち上げた。

 今日は、自分のクラスから持ってきていた。

 中から何枚かCDを取り出す。


「もう、音響の話に戻るぞ」

「うん、わかった」


 クミは笑うのを一生懸命噛み殺して、タイチが取り出したCDを何枚か手に取った。


「映画のサントラ?」

「俺、あんまし最近の曲とか聴かないからさ。使えそうなのってサントラしか思いつかなくて」


 ふーん、と言ってクミは手に取ったCDをじっくり見る。

 クミの知っている映画は半分ぐらいだった。

 クミもよく映画を観ている方だと思っていたので驚いた。

 中にはクミ達が生まれる以前のかなり古い映画も混ざっていた。


 

「結構古い作品もあるんだね」

「DVDと違ってCDは昔っからあるからな」

「そうじゃなくて射場君、昔の作品も観るんだね」

「ああ、父親の影響ってやつかな。というか忘れ物」


 顔も憶えていない父親が我が家に忘れていった物。

 映画コレクション。

 結局、母親が捨てきれずに押し入れの中にしまっていた。

 それをタイチが取り出して観たのは、小学生の時が最初だった。


 見つけた時は、エッチな物だと変な期待感があったのを思い出す。

 母親と姉にバレないように観たものだ。

 残念ながらエッチな物ではなかったが、小学生ながらショッキングな内容の作品だった。

 それから父親のコレクションをハマるように観ていった。


「邦画も洋画もあるけど、全部時と砂のように劇に近いテーマ性のヤツを選んでみたんだ」


 中にはフランスの映画や中国の映画などもある。


「テーマ性は近いけどそれでもそれぞれ受ける印象が違うんだよ。映像の撮り方とか役者の演技とかもちろんあるけど、音楽も影響してるかなって」


 タイチは、数枚のCDから一枚手に取った。

 ある洋画のサウンドトラックだ。


「例えばこの映画なんかは、時と砂よりかは少し大人びた印象を受ける」


 手に取った一枚を机に置き、他の一枚を取った。

 ある邦画のサウンドトラックだ。


「これなんかは、ラストと対称的になるように日常の音楽はコミカルな感じ」


 前半のコメディに騙されたのをよく憶えている。

 ギャップのある後半の暗い展開に暫く気分が沈んだ程だ。


「色々と組み合わせていったら、高塚の思い通りの作品にできるんじゃないかな?」

「俺たちの、でしょ。それじゃ私一人ワガママ言ってるみたいじゃない」

「あ、そうか。ごめん、そんなつもりで言ったんじゃなくて」


 慌てるタイチを見て、クミはクスクスと笑う。

 何か同じ流れを繰り返してるな、タイチはそう思って頬を紅潮させる。


「でも、だんだん楽しくなってきた」

「え?」

「私ね、音響係を学校の行事だから真面目にやろうとは思ってたんだけど、それだけだったの」

「それだけって、高塚は真面目に取り組んでるんだから偉いよ」


 はなから真面目にやろうと思ってもいない奴らは大勢いる。

 学校の行事だからやるんじゃなくて、学校の行事だからやらされてる。

 他の奴らはそういう考えばかりだ。

 タイチも学校の行事だから嫌々やっている。

 クミがいなければタイチもテキトーに決めてほっぽり出しただろう。

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