8
「ううん。そうじゃないなって思うの」
クミは首を横に振る。
「そうじゃないって?」
「真面目にやるだけなんだよ、真面目にやるだけ」
クミは机の上に置いてあるCDに視線を落とす。
知っている映画のテーマ曲は、自然と頭の中で再生される。
「ただ考えもなく音をつけて、事もなく終わるつもりだった」
きっと台本に納得がいかなくても消化不良のまま、自分の中で抑えたまま終わるはずだった。
「でも今からは違うよね。私たちは私たちの目標ができた」
より自分たちのイメージに近い形。
より自分たちの納得いく形。
そんな形に仕上げる目標。
「これはすごく楽しい事だと思う。中学最後なんだもん、しっかり楽しまなきゃ」
クミはそう言って微笑み、タイチに視線を向ける。
タイチは目が合って緊張したが、今は目を逸らしてはいけないとクミの瞳をしっかりと見ていた。
中学最後という言葉が胸に刺さる。
三年間もこんな胸の高鳴りを無視してきた事、無駄にしてきた事を後悔していた。
「そう言われると俺も楽しくなってきたよ」
冷静に、冷静に。
タイチは、一生懸命念じる。
胸の高鳴りに乗じて、好きだと一言言えば何かと解決したりするんじゃないか。
そうだとしても、必ずしもいい結果になるとは限らない。
第一、今突然告白はおかしすぎるだろう。
「どうしたの、急に黙って?」
「好きだ!」
「え?」
タイチの言葉にクミは驚く。
タイチの頭の中の会議はまだ途中だった。
「え!?」
自分の言葉にタイチも驚く。
「え?」
驚いたタイチにもう一度クミは驚く。
「いや、えっと……俺こういう頑張っていこうとかそういうの好きなんだよ」
自分の中でも、苦い誤魔化しをしているなぁと、タイチは焦った。
少しも誤魔化せていない気がする。
「あ、うん。私も好きだよ」
一瞬首を横に振ってからクミは頷いた。
「え?」
「頑張っていこうね、音響係」
「あ、ああ。うん」
タイチも頷き返した。
その後は何事も無かったかのように打ち合わせは進んでいった。
下校時間のチャイムが鳴り、昨日と同じようにクミは足早に帰っていった。
教室から出ていく際に、クミは振り返りタイチに手を振った。
タイチは手を振りながら、今一歩勇気の無い自分に後悔していた。
タイチも帰る準備をする。
といっても、鞄は持ってきてるので立ち上がり教室から出ていくだけだ。
時間をずらしたのは、クミと一緒に帰る勇気が無かっただけだ。
「タ~イチっ」
下駄箱室でアツシと出会った。
クミにはアツシと帰る約束があると嘘をついたのだが、まさか本当に会うとは思わなかったのでタイチは驚いた。
それにしても。
「気持ち悪い呼び方すんなよ」
と、タイチは思いをそのまま口にした。
「何だよお前、今日ぐらい一緒に帰るかと思ってたのに」
「……誰と?」
「高塚に決まってるだろ。他にいるのか? 気が多いなお前」
「違うよ、いないよ」
慌てて手を横に振るタイチをアツシは笑う。
クミとは違い、アツシは人を馬鹿にした感じを隠そうともしない。
「真面目すぎ。からかいやす過ぎだよ、お前は」
「うるさい、笑うな」
タイチは顔を真っ赤にする。
頬だけではなく顔全体が真っ赤になる。
恥ずかしさと怒りが顔に満ちていく。
アツシはそれを見てまた笑った。
「でも、何で一緒に帰らないんだよ? すぐ近所なんだろ?」
「ああ、二棟隣だよ」
「帰るぐらいで恥ずかしがるなよ。ラストチャンスって言ったろ?」
「わかってるけど……」
タイチは言葉に詰まった。
アツシの言ってる事はよく頭に残ってる。
胸にも刺さるように残ってる。
ラストチャンスという単語が耳について離れない。
だが、今一歩勇気が出なかった。
僅か数分の自宅までを同じ道歩くだけなのに。
二人で話すという事は音響係の打ち合わせと何ら変わりは無いのに。
今一歩、その勇気が出なかった。
「まぁいいや。焦ることはない、地道に行こう」
アツシはタイチの肩を叩く。
「まだ時間はあるもんな。せっかく二人の時間が増えてるんだ、焦ってパァにしたらそっちの方が馬鹿らしい」
タイチは肩を叩くアツシの手に温もりを感じる気がした。
頼りになる親友だ。
「焦ったら俺みたいになるぞ」
頼りない親友だった。
「もうセツコと二週間会話してない」
可哀想な親友だった。
「どうしたらいい、俺?」
不甲斐ない親友だった。
「電話は?」
「出ない」
「メールは?」
「返信無し」
「何したの?」
「ちょっとした口喧嘩」
性格の似ている二人なので、ちょっとした口喧嘩などありもしないだろう。
かなりヒートアップした二人を、タイチは容易に想像できた。
「謝った?」
「俺は悪くねぇ」
アツシは強めの口調でそう言った。
言い切ってはいるものの、多分アツシは原因がどちらかなのかは憶えていないだろう。
林セツコの方もきっとそうだ。
この二人は自分が原因だとは思わないみたいだ。
夏休み中にも何度か同じ事があった。
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