漆黒の闇の中の恋人

ぶるすぷ

漆黒の闇の中の彼女

 ある日突然、世界に崩壊の因子が降ってきた。触れた生命体は一瞬のうちに紫色に汚染されて、細胞レベルで死滅する。感染力の強い、まさに世界を崩壊させる物質。


 ただ、その因子に触れた人の中から、稀に生き残る人がいた。何十万人に一人だ。

 そしてその人達は、一人の例外なく特殊能力を授かった。何も無いところから火を噴き出したり、素手で岩を砕いたり。

 更には、彼らは全員崩壊因子に対する完全な耐性を得ていた。


 世界は、そういう人たちのことを特殊因子遺伝者、通称「遺伝者」と呼んで、世界を救う無敵のヒーローとして崇め、祭り上げた。



 僕も遺伝者の一人だ。

 僕は闇の力を持っている。闇は万能で最強の力だ。傷口を覆い隠せば癒やせる。危険を覆い隠せば防御できる。

 闇と聞くとネガティブなイメージを持つ人は多いかもしれないけど、使い方さえ間違えなければとても便利な力だ。


 崩壊因子がこの世界に蔓延してから、みんな毎日暗い顔ばかりするようになった。希望が見えないみたいだった。

 でも僕は諦めていない。


 自分の力を認識してから、僕はボランティア活動をたくさんやった。海で人命救助もした。災害現場でがれきの撤去もした。

 くだらないと思うことでも、誰かのために、世界のために、やれることはなんでもやった。

 こんな世界でもきっと明るくできると信じている。世界を救うことができると信じている。

 だからなんでもやるんだ。



 今日も、崩壊因子の影響で魔物が増えていたので、駆除してきた。

 魔物は、崩壊因子の濃度の濃い場所から発生した、危険なヤツらだ。体が崩壊因子でできていて、凶暴で、生物に対してとても攻撃的なのが特徴。こいつらを駆除できるのは遺伝者だけだ。

 遺伝者は、当番制で、この魔物の駆除をしなきゃならない。じゃないと魔物が増えるばかりで減らないからだ。


 今日は、僕の当番ってわけじゃないけど駆除してきた。

 その方が世界にとって良いと思うからだ。

 と思ったら、女の子が声をかけてきた。同じ遺伝者の仲間だ。どうやら今日の当番らしい。


 おつかれ!と言われたので、お疲れ様、と返事をする。

 そういえば、ここの当番なんですか?と聞かれたので、自主的に駆除している旨を伝えると大げさに驚かれた。


 すごい!こんな誰もやりたくないことを率先してやるなんて!

 まるでテレビで初めてヒーローをみた子供のように、きゃぴきゃぴと喜ばれた。首のうらがこそばゆいような、恥ずかしい感覚に包まれた。


 そんなすごくないですよ、と言ってみるも、謙遜しないでください!と反論された。


 遺伝者の力もすごいですよね!私、ちょっと見てたんですけど、闇の力でバーって!

 楽しそうだ。まるで自分のことのように嬉しそうに話す彼女の横顔。この陰鬱とした世の中で、彼女の周りだけが太陽の光に照らされてるみたいだ。


 こうして彼女と話すのは初めてじゃない。もう何回も、ここでこうして話している。

 ああ、もしかして僕は、世界を救うためじゃなくて、彼女の横顔を見るためだけにここに駆除しに来ているのかもな。

 なんて心の中で思った時だ。


 一緒にお昼ごはん食べませんか?

 彼女がそう誘ってくれたと気づいて、僕は、今までにないくらい声が出なくなった後で、はい。と一言だけ答えた。


 彼女の感性豊かな表情に気を取られて、その後のお昼ごはんの味なんてちっとも覚えてやしなかった。


 それから、彼女とは毎日お昼を一緒するようになった。



 彼女はおしゃべりが大好きだった。僕が喋っていない時間はずっと、彼女が楽しそうに話していた。僕はそんなに喋るのが得意じゃないし、何より彼女が楽しそうにしているのを見るのが好きなので、時々相槌をうつだけで、ほとんど話はしなかった。

 それが良かった。そんな時間が幸せだった。

 

 僕は彼女が好きなんだな。


 なんともない日常の中で、自然とそう思うようになっていた。



 ある日の駆除で、彼女が怪我をした。

 大怪我だった。

 彼女は右腕を失っていた。

 僕は僕の世界が崩壊するような錯覚を覚えた。


 すぐに闇の力で彼女を直した。

 彼女は痛そうにしていたけれど、治った後はケロッと平気そうな顔で笑っていた。

 僕は涙が止まらなかった。なんで君が泣くの、と優しい笑顔で彼女に言われた。

 その時、僕の気持ちは固まった。


 好きです。

 ずっと一緒にいたい。

 君を守らせて欲しい。


 たった一瞬で、彼女の表情は驚きに染まり、真っ赤な羞恥に染まり、大きなひまわりのような笑顔に変わった。


 もちろん!




 ある日彼女がお昼ごはんを作ってきてくれた。

 お弁当箱に一生懸命作ってきたのであろう料理が入っている。

 料理は苦手みたいで、お世辞にも美味しそうには見えなかったけど、泣きそうな表情の彼女を見て、僕は思わず抱きしめた。

 かわいい。

 一口食べて、あ、おいしい、と思った。

 見た目はともかく、味は僕好みだ。

 でも正直に美味しいって言うのも癪なので、ひどい味だね、って意地悪を言ってみた。

 彼女は笑いながら、ひどい、って言ってきた。

 嘘だよ美味しいよって言うと、彼女は、知ってる!って抱きついてきた。

 バカップルだなあ、と思いながら、お昼ごはんを食べた。

 もちろん、お弁当箱の中身は残さず食べた。



 崩壊因子に対して、世界は少しずつ押し返してきていた。

 遺伝者の努力の賜物だ。

 一時は世界の4分の1まで押し込まれた人類は、もう少しで半分の陸地を取り戻そうとしている。


 いける。

 そう思った矢先に、魔物が急に異変を起こした。


 ある日、彼女と一緒に駆除に出かけていた。

 バッタバッタと倒していく中、一匹の犬の魔物が、目にも留まらぬ速さで彼女を攻撃した。

 油断してなかった。

 彼女も冷静に対処した。

 けど、攻撃を受けた。

 僕は慌てて魔物を倒したけど、遅かった。


 彼女の皮膚はただれて、緑色に変色を始めていた。


 変異種だ。

 変異した魔物は遺伝者をも殺す毒を持つ。


 一度攻撃されたら、助かる方法は無い。


 僕が駆け寄った時、彼女は既に瀕死だった。

 お腹周りまで緑が広がって、明らかに助かる感じではなかった。


 もはや喋りもしない彼女を前に、僕は全ての力を使って治療を開始した。


 彼女を闇で包む。

 今までにないほどの、漆黒の闇を生み出して彼女の包み込んだ。

 治れ。

 治ってくれ。

 黒く、黒く黒い闇の中で、かすかに彼女が動くような気配を感じて、僕は闇の中をそっと除いた。


 ――死にたくない。


 かすかにそう聞こえた。

 その後は、何も聞こえなくなった。


 言葉も、息も、心音も、何も聞こえなくなった。


 僕の腕の中で、僕の闇の中で。

 もう帰ってこない。暗い死の世界から、漆黒の闇の中の世界から、僕の恋人が帰ってくることはもう二度と無い。


 漆黒の闇の中の恋人。


 気付けば、僕にも緑色が付着していた。

 崩壊因子の変異種だ。

 でも、僕はなんともない。

 苦しくもないし、体中に広がることもない。


 そういえば、稀に変異種の毒でも死なない遺伝者がいるらしい。

 そしてその人たちは、特別に強力な力を得る、とも。


 気付けば、僕の闇の力が強くなっている。

 どんな強烈な光でも通さない、漆黒の闇と化している。


 でももう意味なんてない。

 彼女が行ってしまった場所より暗い闇なんて、存在するんだろうか。



 僕は立ち上がる。

 そして駆除を放棄する。

 彼女と安全な場所に行くんだ。

 例えそのせいで何千、何万の人が死んだとしても。


 この暗闇に包まれた世界を照らすのは、彼女しかいないのだから。

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