第4話 帰還
「なんだこれは……ひどいな」
内蔵を焼かれた二つの死体を見た瞬間、マイクは顔を顰め口許を手で覆った。
「いったい誰がやった?」
「わかりません。わたしが意識を失っている間に、襲撃されたみたいです」
「こいつはプラズマライフルでやられたんだな。……軍の連中でもそうは持っていない武器だ」
マイクの言葉に、わたしの中の何かがぴくりと反応した。そう言えば意識を失う直前、誰かがわたしに「逃げろ」と呼びかけた。あの声の主がこいつらを殺したのだろうか。
「こんなことをする奴がこの辺にいるとしたら、敵意がなくても安心はできないな。急いでここから離れないと」
マイクが目に初めて怯えの色を浮かべた、その直後だった。がさりと音がして少し離れた草むらが動くのが見えた。
「――ホウ!」
草むらを掻き分けて姿を現したのは、ホウだった。
「無事だったのか、良かった」
マイクは信じられないと言うように両手を広げてみせると、ホウに歩み寄っていった。
ホウはあれだけの攻撃を受けたにもかかわらず、ほぼ無傷のように見えた。だが、ホウのまなざしに一切の怯えがない事に気づいた瞬間、わたしの中で何かのスイッチが入った。
――ホウ、だめ。
「運がいいな、ホウ。……どうやってあの爆風の中を生き延びた?」
マイクがホウを抱きあげ、興奮気味に声をかけたその時だった。
突然、ホウが口を大きく開け、中から機関銃の銃身がマイクに向かって伸びた。
「ホウ、なっ……」
マイクが顔を逸らすより一瞬早く、ホウの口から伸びた銃が立て続けに火を噴いた。
「がああああっ」
頭部をずたずたに撃ち抜かれたマイクはホウを手放すと、声もなくその場に崩れた。
「ホウ……強襲モードが発動したのね」
ホウは銃身を口の中に収めると、何事もなかったかのように無邪気な表情に戻った。
わたしは焦った。このままではマイクの消息を追って国際人権団体とやらがやってくるに違いない。
――証拠を残してはいけない。
わたしが三つの死体を見てそう思った瞬間、体の中で何かが動き始めるのがわかった。
『緊急モード発動。情報収集後、速やかに証拠を始末せよ』
わたしは頷くと、あどけない顔でわたしの方を見ているホウに歩み寄った。
「ホウ、あなたの任務は終わったわ。可哀想だけど、あなたの存在も『証拠』になってしまうの」
わたしはホウの首に両手をかけると、ゆっくりと力を込めた。ホウの動きを完全に停止させるには、首の中にある小さな樹脂シャフトをぼきりと折ればいい。
「シャオ……」
ホオの口がわたしの名前を呟いた瞬間、指の力がわずかに緩んだ。だが、わたしがさらに力を込めると指先に何かが折れる感触が伝わり、ホウの頭ががくりと前に垂れた。
――ごめんなさい、ホウ。
わたしはホウのぐったりとなった小さな体を地面に横たえると、傍らで死んでいるマイクの方に目を遣った。マイクのぼろぼろになった頭部の中に、脳や骨に混じって精密機械とケーブルらしいものが見えた。
「マイク……サイボーグだったのね」
わたしが道を変更しようと提案した時マイクが何かを呟いたのは、多分、予定していた行動が変更になったことを『上』に伝えようとしたのだろう。あのまま行っていれば何がかわたしたちを待ち伏せしていたのに違いない。やはりこの先になにかがあるという直感は、わたしの中のセンサーが感じ取った本物の「危機」だったのだ。
おそらくジャーナリストという肩書は嘘ではないだろう。でも彼には彼なりの秘密があり、それを隠したままわたしたちを助けようとしていたのだ。
わたしはワンピースの裾をまくりあげると、お腹のあたりにあるハッチを開いた。ここには小型の火炎放射器が収められているのだ。
わたしは火炎放射器のノズルを引っ張りだすと、わたしとホウを『造った』組織にとって不都合な『証拠』たちを一気に焼き払った。
――『消去』完了。任務遂行後、直ちに最終プログラムを起動せよ。
あたり一面を焼け野原にしたわたしはワンピースを脱ぎ捨て、その場にへたり込んだ。
わたしとホウは元々、ある組織によって造られた兵器型AI――ウェポノイドなのだ。
あの男たちを殺害したのも、おそらくわたしだ。組織がわたしの意識を失わせ、わたしの身体に内蔵されているプラズマライフルを起動させて遠隔操作で男たちを撃ったのだ。
わたしたちは組織にとって不都合な者を除去するために造られ、子供として何年もの間、一般市民に紛れていたのだ。
――あらゆる不都合な『証拠』は、すべて消去されなければならない。
「ホウ、ごめんね。……でも、わたしの任務ももうすぐ終わるわ」
わたしは露わになった胸元に指先をあてると、わたし自身の自爆スイッチを強く押した。
〈了〉
まやかし 五速 梁 @run_doc
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