第3話 暗転
――どうだ、生きてるか?
――ああ、大丈夫だ。吹き飛ばされた時にできた擦り傷以外は、どこも怪我していない。
――一応、外して打ったつもりだが予想以上の威力だったな。
――まったく冷や冷やさせやがる。同じ始末するにしても本部に送る『生前』の映像がなきゃ駄目なんだって言っただろうが。
耳元で聞こえる会話で意識を取り戻したわたしは、声の主に悟られぬよう、うっすらと目を開けた。
わたしは地面の上に転がされており、両手足をベルトのような物で拘束されていた。会話をかわしているのはどうやら、わたしたちを撃った二人組のようだ。
――そうだ、ホウは?どこにいるの?無事なの?
わたしは見える範囲にホウの姿がない事に、少なからぬ焦りを覚えた。マイクのことも気になるが、より心配なのはホウだ。襲撃した男は「外した」と言っているが、ロケットランチャーの爆風に吹き飛ばされて無傷ということは考えにくい。
わたしは意を決すると、目を見開いて体を起こした。
「おっ、どうやら気がついたようだぜ」
弟分と思しき大柄な男がわたしに気づいて声を上げた。
「こいつの下手な射撃に巻きこまれて擦り傷で済むとは幸運だったな、お嬢さん」
兄貴分は細い目に下卑た薄笑いを浮かべると、嘲るように言い放った。
「ホウは……弟はどこ?」
わたしが問い質すと、兄貴分は「さあな。一応、探したんだが見つからなかったよ。おそらく攻撃でばらばらになったか、吹き飛ばされて用水路に落ちたか、そんなところだろう」と平然と言い放った。
ああ、とわたしは両手で顔を覆った。これではいったい、何のために逃げ延びてきたのかわからない。
「どうしてわたしたちを襲うの?なにもしてないのに」
「わかってるさ。おまえさんたちがゲリラじゃないただの餓鬼だってこともな」
わたしはぞっとした。この男はわたしとホウが村を脱出した難民と知った上で、わざと襲撃してきたのだ。
「困るのは、生き残ったお前たちが襲撃当時の事をあちこちで喋るってことなんだ」
わたしははっとした。襲撃を知られて困る――ということはつまり、この連中はデマを信じて村を焼いた奴らの仲間か、そいつらに雇われた殺し屋だということだ。
わたしたちが生き延びて、村を焼き払ったのが軍の勇み足であることがばれたら、あちこちに散らばっているゲリラたちを勢いづかせることになる。こいつらを雇った奴はそれを怖れているのだ。
「おまえさんたちに恨みはないが、生き残ってあちこちで当時のことを喋られると困る人間がいるんだよ」
「卑怯者」
「その通りだ。……だが卑怯だの正義だのってのは、世の中が平和な時に使う言葉だ。おれたちだって何も好き好んでこんなことをしてるわけじゃないんだぜ。……おい、カメラだ」
兄貴分がそう言うと、弟分の大男がわたしにカメラのレンズを向けた。
「悪く思うなよ。ちゃんと本人を始末したっていう記録を残さないと、報酬がもらえないんだ」
兄貴分が冷酷なプロの目になり、銃口をわたしの方に向けたその時だった。
ふいの頭の中で「逃げろ」と言う声がしたかと思うと、ふっと意識が遠のく感覚があった。
※
「これはいったい……なに?」
束の間のブラックアウトから現実に戻ったわたしが最初に見た物は、胴体を大きく撃ち抜かれて地面に転がっている二つの死体だった。
たんに撃たれただけではなく死体は全身が黒く焼け焦げ、ライフルや機関銃といった普通の武器で襲われたのではないことがうかがえた。
「誰かが助けてくれたの?……マイク?」
わたしが立ちあがると、なにかがぼろぼろと崩れて足元に落ちた。手足を拘束していたベルトの残骸らしかった。
――とにかく逃げなきゃ。……それに、ホウが生きているなら何としてでも探さなくてはならない。
わたしは男たちの死体をその場に残し、ふらふらと歩き始めた。それにしてもいったい、誰がどんな武器で男たちを一掃したのだろう。はぐれ者とはいえ、軍人かそれに匹敵する戦いのプロのはずだ。そうやすやすと殺されるとは思えない。
わたしが足元の焦げた草を奇妙に思いつつ木立の外に出ようとした、その時だった。
「――シャオ?」
ふいに農道の方から声がして、見覚えのある人物が姿を現した。
「……マイク!生きていたの?」
わたしは近寄ってきたマイクの姿を見て、思わず安堵の声を上げた。見たところ大きな怪我もしていないようだ。どうやらあの攻撃から紙一重で逃れたらしい。
「無事だったのか、良かった。……ホウは?」
マイクの問いにわたしは目を伏せ、首を横に振った。
「……どこにいるかわからないの」
「そうか。残念だがこうなった以上、捜索隊に任せるしかないだろう。とにかく君だけでも安全な場所に連れて行かなければならない。……歩けるかい?」
「ええ。ついさっきまでわたしたちを襲ってきた連中に捕まってたけど……もう大丈夫」
「えっ、あいつらに?……大丈夫ってどういうことだい?諦めて引き返していったのか?」
わたしは再び首を横に振ると、木立の奥を指で示した。
「なにかあったんだね?いやかもしれないけど案内してくれないか」
わたしは頷くと体の向きを変え、マイクを伴って元来た方向へと引き返し始めた。
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