第2話 逃亡


「なるほど、反政府ゲリラの拠点と間違われて……か。それは気の毒だったね」


「わたしの知っている人に、そんな活動をしてる人はいないわ。誰かのデマよ」


 わたしはやりきれない思いを噛みしめながら、部外者である外国人に愚痴をぶちまけた。


 実際、わたしたちの村に反政府ゲリラがいたのかどうかは知らない。だが仮にいなかったとしても、誰かがデマを流せば恐怖でパニックに陥った軍は必ず動くだろう。


 わたしたちの一族は人数が多く、あちこちの村に散らばっている。過去になんらかの所業でわたしたちの村を追われた者が、腹いせにデマを流したとしたら――


 そこまで考えてしまうとわたしはたちまち、泥沼にはまってゆくような救いのない気分に陥ってしまうのだ。


「こうなった以上、ジャーナリストとしての仕事は一時中断だ。取材は君たちを人権団体のところまで無事に連れて行った後で再開することにしよう」


 マイクは力強く言うと、わたしと弟を交互に見て「人権団体の拠点はここから四、五キロの場所だ。ぐずぐずせず一刻も早くここを発った方がいい」とつけ加えた。


 わたしは頷くと、マイクから距離を置いてうずくまっているホウに「もうすぐここを離れるけど、いい?その方が危険が少なくなるの」と語りかけた。ホウはしばしの沈黙の後、怯えたような表情のまま「うん」と頷いた。


                ※


 ホウと一緒に身を隠していた廃村から一キロほど進んだところで、わたしはふと嫌な予感を覚えて足を止めた。


「こっちに……行かない方がいい」


 わたしがただならぬ不穏さを感じてそう言うと、マイクが「こんなにのどかな風景なのに?」と眉を顰めた。


「僕はこっちの方からやってきたんだぜ。少なくとも僕が知る限り、ここからめざす拠点までの間に物騒な地域はないはずだ」


 マイクはわたしの直感に異を唱えながらも「いいよ、それじゃあ別のルートで行こう。ただし、道はよくないぞ」と言った。


「ごめんなさい」


 わたしが詫びると、マイクは口の中で小さく何かを呟いた。おそらく「まあいいさ」とか「困ったもんだ」とかわたしに聞こえぬよう、ぼやきを漏らしたのに違いない。


 遠回りだという別ルートは、どこまでものどかな風景が続く農村地帯だった。わたしたちが荒れた道を足元に気をつけながら進んでいくと、突然、どこからかぶうんという音が聞こえ、遠くの空に黒い影が見えた。


「……軍用ホバーバイクだな。軍規を無視したごろつきが乗っていると厄介だ、逃げよう」


 マイクはそう言うとわたしたちにいったん引き返すよう促した。マイクは用水路脇にある農機具倉庫を見つけると「ここに隠れてやり過ごそう」と言った。


 わたしたちがさびれた倉庫に身を隠した直後、タタタという機銃の音と共に先ほどのぶうんという音が倉庫のすぐ傍を通り過ぎた。


「くそっ、勘付かれたか。僕らが外に出てくるのを待って、捕まえようって魂胆らしい」


 わたしたちが倉庫の中で息を潜めていると、やがて諦めたのか乗り物の立てる音が小さくなった。


「――行ったか?」


 マイクが倉庫の窓に近づき、外が気になったわたしもおそるおそる顔を覗かせた、その時だった。バイクに回転する羽根をつけたような乗り物の傍らでこちらを指さしている男と、地面に膝をついてロケットランチャーを構えている男の姿が目に飛び込んできた。


「――逃げろ、狙われてる!」


 マイクが大声で警告を発し、わたしたちは一斉に倉庫の外へ飛びだした。次の瞬間、凄まじい爆音と爆風がわたしたちを襲い、吹き飛ばされて地面に叩きつけられたわたしは、そのまま底なしの闇へと呑みこまれていった。


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