続編のようなもの~ 夏、溶けるかき氷

 夏休みになる直前、浩二から久しぶりにメッセージがあった。

「元気してるか?せっかくだから一回帰って来いよ。うちで泊まっても良いよ。」

「みんなで海に行く予定なんだよ。一緒に行こう。」


 特段趣味も特技も無いので転校先で部活に入っていない僕は、夏休みになっても高校から与えられた課題をやるだけ。来年大学受験を控えるので、今から勉強を始めたいところだけれど、やる気は出ない。せっかくだし、一旦帰ることにした。


 父親にその旨を伝えると、「ご家族に迷惑をかけるなよ」と簡単に許可をもらった。むしろ仕事も忙しいので、出かけるのは大歓迎らしい。


 何度かのやりとりの結果、7月末に1週間の日程で浩二の家にお邪魔することにした。

 久々に、未来を楽しみにしている自分がいた。




 高校時代の最寄り駅が集合場所だった。

 浩二は僕とは違い、自転車通学で、家はこの駅からすぐ近くらしい。




 海に行くのは4日後。それまで、正直言って暇だった。海に行くことが最大かつ唯一の目的だったので、それ以外の発想は持ち合わせてなかった。

 浩二も浩二で帰宅部だから、夏休みは暇しているはずなのに、無理にどこかへ連れて行こうとはしなかった。


 互いの課題を見合ったり、休憩と称して何時間も大乱闘ゲームをしたり、夜遅くまでアニメを観たり。


 出かけないのか?と聞くと、「今度出かける前に外出して、体力を削りたくない。そして、暑いからめんどくさい。」と即答された。

 休み時間は他の友達とずっと喋っていたり、3月のカラオケ送別会も幹事をやったりと、陽キャのように飛び回っているイメージだったが、僕とあまり考えが変わらないようだ。だから馬が合うのかもしれない。いや、2年生になってから変わったのかもしれない。

「それにさ、受験勉強はもう今から始めないとじゃん。早ければ早いほど良いし。」

 とも言った。自分よりも勉強ができる優等生でもある浩二らしいといえば、浩二らしい。

 でも、さっきまでゲームしてたでしょ?と突っこむと、「明日、いや、8月から受験勉強ちゃんとやるもん。今はまだいいでしょ。」と笑いながらごまかした

 やはり浩二だ。浩二は浩二だった。





 そんなこんなで、もう海に行く日になった。


 自分の持っている水着は、高校の授業で使うような競泳用のものしか無かったことを昨日浩二から指摘され、午後から急遽、近くのショッピングセンターに買いに行った。


 競泳用でも良いじゃないかと反論したが、「蘭花ちゃんとか、女子も来るんだから、ちゃんとした水着にせい!」となかなかの勢いで言い返されたので、しょうがない。

 男性用の水着だから、あまり迷わない。いたって普通の、紺色の海パン。

 浩二はふざけて派手な柄の水着を手に取ったが、必死に拒否した。



 今回のメンバーは男子3人、女子4人で、合計7人。

 女子には蘭花ちゃんや優奈ちゃんも含まれている。もう1人の男子は送別会にも来てくれた、イケメンの雄介くん。

 よく考えたら謎のメンツだが、2年でも浩二と同じクラスの蘭花ちゃんの友だち3人がくっついてきた感じだ。このイケメン目当てなのだろうか。ちくしょー。


 そこから20分。最寄り駅からはバスで10分。

 その間、話題の中心は当然のごとく僕だった。


 西のほうのイントネーションがこっちと比べるとどうしてもきつく感じてしまうとか、向こうの高校の授業スピードが早くてついていけないとか、相変わらず帰宅部で、帰宅RTAをしているとか。

 本当はみんなの話もたくさん聞きたかったけれど、みんなの雰囲気が心地よくて、どんどん話が進む。


 向こうでは人と上手く話せないなんては言えない。だから、この感覚が嬉しくて仕方なかった。


 海水浴場はシーズンに入ったにもかかわらず、人はまばらだ。

 この辺りに海水浴場が多いというわけではないが、過疎な田舎ならではかもしれない。今日は親子連れが多い印象だ。


 それぞれで着替えて、再び集合。

 男子の着替えは圧倒的に早い。着るものが少ないのと、脱いだ服を丁寧に畳まないからだ。女子の着替えを待つ間、3人でどういった水着なのかという話で盛り上がる。

 ちなみに僕らはみんな地味な色をした無地の海パンだった。雄介も例外なく。

 陰キャ(クラスメイト比)な僕らからすれば、「女子と海に行く」という行為自体が精一杯の背伸びだ。そこから先は何も考えていない。ビーチボールなんて誰も持ってきていない。ボールは誰かが持ってきてくれるだろう、と全員が同じ思考に陥っていたようだ。


 そんな話をしていたら、女子たちが揃って出てきた。

 蘭花ちゃんは桃色のひらひらとしたワンピース型の水着。

 そして優奈ちゃんは、まさかのビキニだった。水色ギンガムチェックのビキニ。

 あまりにも想定外だ。蘭花ちゃんの友だちに触発されたのだろうか。それとも、誰か好きな人ができたからアピールする為に買ったのか。

「優奈ちゃんはおとなしい子」と勝手に思っていたが、この数ヶ月、いや、全然話さなくなった1年前から、だいぶ垢抜けたのかもしれない。

 当の本人もちょっとそわそわしているように見えたが、僕にとってはさすがに刺激が強すぎた。

「せっかく海に来たんだし、みんなで海に向かって走ろうよ!なんか青春っぽいじゃん。」

 みんなが落ち着いたところで、このメンバーのまとめ役的ポジションを担っている蘭花ちゃんがみんなにそう呼び掛けた。

 然を装った僕は、みんなとともに海へ走った。




 夢中で遊んでいると時間が経つのは早い。太陽はもうすぐ南中を迎える頃だ。

 お昼時。焼きそばやフランクフルトなど、思い思いに食べている。

 浩二だけがまだ焼きとうもろこしを器用に食べている中、みんなでかき氷を食べよう、という話になった。

 いちご、レモン、グレープ、メロン、ブルーハワイ。それから練乳のトッピング。

 この選択。僕はいつも決まっている。

 いちごのシロップに練乳。これが至高の組み合わせだ。小さい頃に優奈ちゃんと「一番おいしいかき氷の味」を2人で探求した結果導き出された、自分の中での結論だ。ちなみに優奈ちゃんはメロンに練乳というまさかの組み合わせを導いていた。

 以降、2人でかき氷を食べるときはいつも同じシロップである。もちろん、1人のときも。


 しかし、みんながわいわい話しながら悩んでいるところに水を差すわけにはいかない僕は、その場の空気に合わせていた。

 浩二が口の中でもぐもぐしながら「俺はブルーハワイで」と言ったのを皮切りに次々とみんなが決めていく。自分も言おうとしたそのとき。

「いつも通り、いちごに練乳のトッピングで良いでしょ?」

 と優奈ちゃんが僕のほうを向いて確認してくれた。

 今でもちゃんと覚えてくれていたんだ。最後に一緒にかき氷を食べたのはいつだったっけ。ちょっと嬉しくなる。

 みんなからかき氷の代金200円を受け取った優奈ちゃん、1粒も残さずとうもろこしを食べ切った浩二からお金を半ば奪い取る形になった蘭花ちゃんが、その屋台へと向かっていく。


 7人分を2人で持ってくるのはリスキーということなので、残りの女子2人が応援に駆けていった。

 4人は商品を落とさぬよう慎重になりながら、僕らの待つところに持ってきた。


 持ってきてくれたのは、てっきり僕の注文を取ってくれた優奈ちゃんだと思っていたが、蘭花ちゃんが持ってきてくれた。

 蘭花ちゃんも僕と同じ、いちごのシロップに練乳のトッピング。さすが秀才。分かる人には分かるんだ。

 席で食べようとしたら、蘭花ちゃんから「せっかくだからここじゃなくて、砂浜で食べない?」との提案。

 みんなからは「名案じゃん」「さすが蘭花ちゃん、あったまいいー!」という声が飛び交い、そのまま席を立って浜辺へ歩き出した。


 海に向かって1列に弧を描くように並んだ。左には優奈ちゃんが腰を下ろした。

 そのの手元には、メロンのシロップにたっぷりの練乳がかかっている。

「やっぱり、これでなくっちゃね。」

 優奈ちゃんは僕のほうを見ながら、そう言って笑った。


 しかし、そのあとの話は続かない。話したいことは山ほどあるのに。

 そして、座った場所が悪かった。僕は右端、その隣に優奈ちゃん。さらに左にメンバー5人がそろっている。必然的に左側を向いてしまうので、

 楽しそうに雄介くんたちとおしゃべりしているのが気になってしょうがない。


 みんなの輪に入ってニコニコしているのは自然なことだけれど、今の自分が笑顔なのかはわからない。様子を伺っているのはあまりにも不自然な行為だと思う。

 それをごまかすために、僕は海のほうを見た。

 水平線がくっきりと見える。上側はどこまでも眩しくて明るいスカイブルー。水平線の下は、波が少なくて穏やかでも、底の見えない紺色の海。

 その美しさに、僕は見とれてしまった。


「おーい、手が止まってるぞ」

 浩二の呼びかける声がした。意識をこっちに引っ張ってくる。

「確かに、海きれいだよな。」と雄介が話を合わせる。

「海なんてなかなか来ないからさ。向こうはこっちと違って内陸だし。」


「じゃあそんな貴重な海に、僕らはお先に入ってくるわ」

 と僕に声をかけると、そのまま男子たちは海に駆け出してしまった。

「あっ、お前たち!ゴミくらい片づけていきなさーい!!」

 と、女子たちが食べたゴミを片付けながら、男子たちのもとへ向かった。


 そして、優奈ちゃんとまだかき氷を食べ終えていない僕だけが残った。



「溶けたの飲むの、好きだったもんね。」

 手元のほうを見ると、もうかき氷が半分以上溶けている。

 飲む前にできるだけ、まだ氷の部分を食べる。ギリギリまで粘るのが楽しみなのだ。


「言いにくいんだけどさ」

 僕が黙々と食べていると、優奈ちゃんは改まったように体の正面をこちらに向けた。

 その手を止めて、続く言葉を待つ。

「あまり元気がないようだけど、向こうで何かあったの?」

 ドキッとした。

 図星だ。

 本当は友達もできず、授業にもついていけない。いじめられているわけではないが、誰にも声をかけられずに1人でいる。父も多忙で、学校のことに何も口を出さない。

 苦しかった。苦しみでパンパンになっていた心の弁を開けば、どれだけ楽になるだろうかと思う。


「いや、特に何もないよ。」

 でも咄嗟に嘘をついた。みんなには、特に優奈ちゃんだけには、心配をかけたくなかった。こんな弱い自分に構っていたら、人生が壊れてしまう。優奈ちゃんの人生は、まっとうなものであってほしい。


「……そっか。」

 優奈ちゃんは何かを察したのだろうか。それ以降、何も聞いてこなかった。

 話したいことがあるような雰囲気はありながらも、黙って海にいる友達を見つめていた。時折僕のほうをチラチラと見て、何かを気にしている素振りだけが気になる。


 最後に、溶け残ったかき氷をぐいっと飲む。

 いつもは甘くておいしいはずの液体が、すこしだけ苦く感じた。


「ほら、行こうよ。みんなに置いてかれちゃうよ。」

 優奈ちゃんが僕に手を差し伸べてきたとき、ふと一瞬、過去の記憶がよみがえる。

 今の優奈ちゃんは随分と大人びている。そして、身長は大きく変わらないはずなのに、とても大きく感じたし、今手を伸ばせばすぐ届くはずのその手が、なぜか何メートルも遠くにある存在に感じる。


 僕は、その手を掴むことなく立ち上がると、容器をすぐ近くのゴミ箱に捨て、海へと走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

想いは雪の如し 大谷 @ohtani_10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ